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階下の庭は青く輝く  作者: 森の 緑


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ターコイズブルーのニットと白いフレアスカート

 1月31日。

 舞子は朝から憂鬱だった。

 何度もため息がでた。今日で30代とはおさらばだ。

 明日になったからといって、何が変わるわけではない。たかだか1歳年を取るだけだ。

 なのに、この不安は何だというのだろうか。

 得体の知れない不安に押し潰されそうだった。

 プールでゴール手前まで来て、バタバタと水の中をもがいているみたいだ。

 もう少し進めば、手が届くのに、それが嫌で溺れそうになっている。

 それが今の舞子だ。

 人生で動ける時間を80年と考えて、時計の針に置き換えてみる。

 午前零時から午前3時までが生まれてから10歳まで。

 3時から6時までが10代。

 6時から9時までが20代。

 9時からお昼の12時までが30代。

 12時から40代が始まる。

 もう、私は昼の12時まで生きたのだ。

 午前の部が終わってしまった。

 中学生の時、卒業したくなくて、卒業式なんて来なければいいのに・・と式の日が近づくのが怖かった。

 その時の恐怖感と似ているかもしれない。

 でも、卒業式は来てしまったし、過ぎてしまえば、何てことはなかった。

 不安の正体なんて、そもそも誰にもわからないのだ。

 時計の針も、12時を必ず回る。舞子も何ら変わらない。

 変わるのは、呼び方だけ。30代と言えていたものが、40代になるだけだ。

 それが、とても老けた印象を与えてしまうのは事実だ。

 30代の桜木と40代の舞子。

 その間に立つ壁は、低いように見えるが、そびえ立つ山のように思えた。

 桜木に会いたい。

 舞子は無性に桜木に会いたかった。

 会って、ただ抱きしめてほしかった。

 他には何もない。ただ抱きしめて、安心させて欲しかった。

 どうして、亮介ではダメなのだろう。

 もしも、桜木と出会ってなかったら、こんな不安な気持ちにならなかったのかもしれない。

 もう、1か月顔を見ていない。

 マンションですれ違う可能性も期待していたが、全く会うことがなかった。

 そもそも、仕事をしている人と主婦では生活の時間帯が違うのだ。

 同じ主婦同士の美咲とさえ、この1か月、顔を合わせていない。

 舞子は、気持ちを落ち着かせようとデパートへ行くことにした。

 デパートまでは車で5分ほどの距離だが、気分を変えたかったので、歩いて行くことにした。

 店は、冬物の最終バーゲンの真っ最中で、いつもはまばらな婦人服売り場の階でも、多くの人がウロウロしていた。

 店内ですれ違う客は、婦人服のロゴの入った紙袋をいくつも手にぶら下げている。

 きっと、バーゲンでお目当ての物を買ったのであろう。

 桜木と会うのは3日後だ。

 服を買おう、そう決めた。

 舞子の着る服は、黒、紺、グレーなどの無難な色が多い。

 だが、テレビで派手な服を着ると運気が上がると言っていたし、城田の着ていた白い派手なスーツを思い出して、今回は少し挑戦してみようという気が沸き上がった。

 特にお気に入りのショップがあるわけではないので、レディース物が売られている2階フロアをぶらぶらと歩いて見て回った。

 だが、ショップの中にはなかなか入れない。

 ショップの店員の笑顔が、ネギを背負ったカモはまだかまだか、と手ぐすね引いて待っているように思えて仕方ない。

 断ることが苦手な舞子は、店員が近づいてくる気配を察知すると、一目散に逃げてしまう。

 ただのウインドウショッピングを楽しむことなどできないし、どちらかといえばストレスだ。

 だが、今日は服を必ず買うと決めている。

 ショップの前に飾ってあるマネキンを見ながら、自分の好みに近い服を探していった。

 1体のマネキンに目が留まった。

 ターコイズブルーのキレイなニットに白いフレアースカート。

 ふんわりとしたこの感じ、好きだな。

 留まったのは、ほんの数秒だったはずだが、プロは見逃さなかった。

 舞子よりは若いと思われる店員が、にこやかな笑顔で声をかけてきた。

 「このニット、素敵でしょう~。お色もキレイで、なかなかこの色のニットって出ないんですよ~。色違いもあるので、よかったら見てみませんか?」

 いつもなら、「いいえ、結構です」と言って慌てて立ち去る舞子だが、今日は買う意思を持って来ている。

 店員の後について、ショップの中に入った。

 並んでいる服を見る限り、30~40代をターゲットとしているお店のようだ。

 ニットは、紺、ベージュ、ピンクとマネキンが着ているターコイズブルーの4色だった。

 いつもの舞子なら、間違いなく紺を選んでいるだろう。

 店員が、丁寧に一枚一枚、鏡の前で顔に当てて見せてくれた。

 意外にも、派手だと思っていたターコイズブルーがぴったり合った。

 艶めいている肌によく映えた。

 「うわ~、お客様、このブルーが一番お似合いですね~。どうですか?ピンクもいいですけど、やはりブルーの方がしっくりきますね~」

 店員がそう言いながら、一人うなずいている。

 多分、お世辞でも何でもなく本当にそう思って言ってくれているようだ。

 似合うと思ったのは舞子だけではなかった。

 「ニットに合わせて、ボトムスもいかがですか?パンツとスカートどちらがお好きですか?」

 「スカートかな・・」

 普段はジーンズなどのパンツ系が多い。

 だが、桜木には少しでも女性らしく見せたい思いがスカートと言わせた。

 「マネキンの白いフレアースカートもいいですし、このグレーのボックススカートも合うと思いますよ」

 そう言って、試着を勧められた。

 グレーももちろんよかったが、舞子の今の気持ちを反映しているのは、やはり白のフレアースカートだった。

 「これにします」

 と言って、試着室に戻って、スカートを脱いだ。

 ふと、このスカートを脱がすのは桜木なのだろうかと思うと、激しい羞恥心が襲ってきた。

 もう、後戻りできないところにまで行こうとしている自分が恐ろしかった。

 でも、恐怖をも上回る高揚感が確かにあった。

 自分がこんなにも桜木に夢中になるとは・・。

 秘めれば秘めるほど、胸の中ではふつふつと何か熱いものがたぎっていた。

 ニットは春物だったので、定価だったが、スカートはセール品の為半額で買えた。

 それでも、2つ合わせて3万円の出費は痛かった。

 冬のパート収入があってよかった。

 でなければ、きっと買う事をためらったはずだ。

 店員がニットを薄い紙で丁寧につつみ、スカートと共にそっと紙袋に入れた。

 自分が大事に扱ってもらっているようで、買い物をした時にのみ、唯一味わうことのできる心地いい瞬間だ。

 「ありがとうございました~」

 店員の声を後に、ショップを出た。

 これで、着るものには困らない。

 出かける時に服が決まっていると、それだけで気が楽になる。

 デパートの地下をのぞいて、明日誕生日を迎える自分の為に、スモークサーモンのサラダを買った。

 今日は月末最終日だ。

 飲みに行く亮介の夕飯は要らない。


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