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階下の庭は青く輝く  作者: 森の 緑


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逢引きの日にち

 一色舞子さま


 ご予約の依頼をいただきましたが、今月いっぱいは満席でご予約を承ることができません。

 つきましては、来月以降でのご予約をお願い致します。

 2月第一週の19時以降が比較的空いております。

 ご都合のいい日時を下記アドレスまでお知らせ下さい。

 お待ちしております。

              アトリエ 桜木


 メールにはそう書かれていた。思わず笑ってしまった。

 「桜木」とは、あの桜木に違いない。

 亮介が見てしまう可能性も考えたのだろう。

 『アトリエ』は、美容室もあり、雑貨もあり、カフェにも使う屋号だ。

 まさか、階下のキスした男が次の約束をしようとしているなど、夢にも思うまい。

 あまりにも手の込んだメールに、慣れているな・・と感じずにはいられなかった。

 多分、こんな文面を送るのは、舞子が初めてであるはずがない。

 数多くの女性たちに送ったであろうと思わせるものだった。

 しかし、不思議と冷静だった。

 舞子の桜木のイメージの中にこんな部分も含まれていたからだ。

 遊びだと割り切ってもらった方が落ち込むよりも気が楽だ。

 今現在、意中の女が舞子一人であるならば・・だが。

 その日、敢えて返事はしなかった。

 アドレスだけを「アトリエ桜木」と登録したのみに留めた。

 そして、メールは念のため削除しておいた。

 やはり、予約確認のメールが夜11時に入るのは、どう考えてもおかしい。

 亮介が舞子のメールをチェックしているとは考え難いが、こんな小さなほころびが、大きな穴を開けてしまうこともあるのだ。

 なぜメールアドレスを知っていたのだろうかと驚いたが、すぐに思い出した。

 パートの初日に会社の方針で、登録させられたのだ。

 震災などの大規模災害があった時の、安否確認の連絡をする為だという。

 携帯電話では、なかなか繋がらないし、メールならば要返信としておけば、返信できる時に返信可能だ。

 それが、オンラインの社内掲示板に載っていた。

 電話番号ではないので、掲示板掲載に反対する者はいなかった。

 それを見て、連絡してきたのであろう。

 ただ、なぜ2月という1ケ月も先の日にちを指定してきたのであろうか。

 舞子がすぐには家を空けられないと思い、気を遣ってくれたのだと思いたい。

 日にちを決めるのに、数日かかった。

 夜出かける以上、亮介に子供達を見てもらわなければならない。

 となると、確実に飲み会が入らない日を選ぶ必要がある。

 木、金曜日は飲みに行く回数が多い。

 水曜日は会社の早帰りの日だが、一家団らんをわざわざ減らす必要はあるまい。

 そうなると、月曜か火曜日。

 2月のカレンダーをめくってみた。

 4日火曜日は立春だ。

 子供達と豆まきをして、恵方巻を食べなければならない。

 必然的に2月3日月曜日となった。

 亮介には、PTA役員のメンバーの一人が、ご主人の転勤で急きょ引っ越すことになったので送別会を開くことになったと言った。

 「今頃転勤?変な時期だよな」

 と、亮介は言ったが、実際、爽太郎のクラスの子が昨年2月に引っ越していた。

 4月異動が当たり前だと思っている者からすると変なのだが、銀行は、いきなり異動されられることがよくあるらしい。

 そして、異動前に帳簿の改ざんなどを防ぐために、1週間前に辞令が出されることも多いと聞く。

 さすがに1週間で引っ越しができるわけもなく、ご主人だけが先に異動先へ行き、2週間ほど遅れて家族が引っ越すという。

 お金を扱っている以上、やむを得ないことなのかもしれないが、振り回される子供は気の毒だ。

 「うん。銀行は、突然辞令が出て、突然行かされるらしいよ。その人も、ご主人は1月中旬に先に異動して、家族は2月に入ってから引っ越すんだって。だから、送別会もバタバタなのよ」

 平静を装って、頭の中で考えていたシチュエーションを反復しながら一気にしゃべった。

 少しだけ胸の鼓動が早い。

 「ふーん。大変だなー、銀行は」

 とだけ言って、その日早く帰ってくることを約束してくれた。

 何も知らない亮介に少しだけ後ろめたい気持ちがあったせいか、舞子はいつもより丁寧に接した。

 浮気をした夫が妻にやさしくするのは、後ろめたいからだ。

 そう、紛れもなくやましい気持ちがあるからに他ならない。

 次の日、舞子は桜木にメールを送った。

 念のため、仕事に行っているであろう時間帯にしたが、更に念には念を入れた。


 桜木支社長

 先日ご依頼の件です。2月3日月曜日19時であれば、会食兼打ち合わせ可能です。ご都合はいかがでしょうか。

             一の宮


 事務的なメールを装えたであろうか。

 一色と書かなかったのは、そうそうある苗字ではないからだ。

 一が付いていれば、桜木もわかるであろうと思った。

 すぐに返信がきた。


 一色舞子さま

 ご予約、承りました。当店は、高崎駅の南口から出てすぐの場所にございます。お気をつけてお越しください。

          アトリエ桜木


 読み解くと、2月3日19時に高崎駅前南口で待ち合わせということだろう。

 秘密の暗号ごっこのようで、楽しい。

 電話でのやり取りだと、こんな余韻は残らないかもしれない。

 敢えて番号はお互いに聞かない。

 いや、電話で桜木の声を聞いてしまったら、会いたい気持ちが抑えられなくなってしまいそうだ。

 それに、メールでのやり取りの方が情緒がある気がして気に入っている。

 あと1ケ月後。

 待ち遠しいような、恐ろしいような。


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