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昼間からビールを飲み、夜もおせちの残りを食べながら酒を飲んだ。
さすがに自分でも飲み過ぎだとは思ったが、正月三が日くらいは大目に見てもいいだろう。
舞子が後片付けをしていると、爽太郎がくすくすと笑っていた。
「どうしたの?」
そう聞くと、
「しーっ」
と、口の前に人差し指を立てて、静かにして・・と合図をしてきた。
静かにして耳を澄ましてみると、『ごわっ』とも『ぐわっ』ともつかないアヒルの鳴き声のような音が聞こえた。
「お父さんイビキかいて寝てるよ」
そう言って、貴重な発見をしたように喜んでいる。
亮介は酒を飲むと必ずイビキをかいて寝る。
それが寝ている舞子にはうるさくて仕方ないのだが、子供たちはもう寝ている時間なので、それを聞いたことがないのだろう。
こんな風に、ソファでうたた寝をしながらイビキをかいて寝ることなど、そう滅多にあることではない。
「お父さん、お酒飲んだし、駅伝見て疲れたんだね。起こして寝るように言って。もう、爽太郎も寝る時間だよ」
食器を洗っている手を止めて起こすのも面倒で、その役は爽太郎に任せた。
亮介を爽太郎がゆさゆさと揺さぶってみたが、なかなか起きない。
どれだけ熟睡しているというのだ。
こんな深い眠りに落ちる亮介がうらやましくさえある。
舞子は眠りが浅い。浅くなったと言った方がいいだろう。
爽太郎が生まれて、夜中の授乳が始まると、少しの鳴き声で起きるようになってしまい、朝まで熟睡することがなくなった。
蓮に至っては、アトピー性の皮膚炎があり、夜中、掻きむしっている気配を感じたら飛び起きるようになった。
アトピーの子を持つ親は大変だと聞いたが、まさか自分がそうなるとは思ってもみなかった。
最初は、小児科にかかっていたのだが、弱い抗アレルギーの薬とワセリンを処方されただけだった。
ステロイドは極力使わない方針の先生だった。
だが、全くといっていいくらい効き目が無かった。
お風呂上りにワセリンを塗って保湿しても、夜中にかゆがって泣き叫ぶ我が子。
放っておくと、掻きむしって血だらけになるので、舞子が代わりにやさしくさすってやる。
更に、保冷剤で患部を冷やすと少しはやわらぐのか、しばらくすると寝てくれた。
こんな毎日の繰り返しで、舞子の精神も疲弊していった。
何よりも、体中、ガザガザでいつも、かゆがっている蓮がかわいそうだった。
そんなある日、友人の佐伯真理子から、評判のいい皮膚科を紹介してもらった。
1ケ月前の朝9時からの電話予約のみなのだが、ものの15分で、その枠は埋まってしまう。
固定電話とスマホを駆使して、やっと希望の日を取ることができた。
車で1時間ほどかかる皮膚科だったが、蓮がこの苦しみから解放されるのなら、全く苦にもならなかった。
予約制のためか、待合室にはそれほど人はいなかった。
ただ、予約できなかったけれども、どうしても診てほしい人が、当日のキャンセル枠を期待して、何時間も待っていることはよくあった。
予約できた舞子はラッキーだった。
先生は年配の女性医師で、優しいまなざしで蓮に、
「かゆかったね~。お薬塗ったらよくなるから、もう大丈夫だよ」
と言った。
そして、舞子に向かっては、
「お母さん、大変でしたね。もうこうなっては、弱いアレルギーの薬では収まりません。ワセリンにステロイドを入れた軟膏を出すので塗って下さい。あとは、かゆみを止める飲み薬も出しておきますね」
そう言って、ステロイド剤の副作用などを丁寧に説明してくれた。
ただ副作用を恐れることよりも、毎日ぐっすり眠ることが、親も子も大切だと語ってくれた。
世間的にステロイドが悪のよう言われているが、使わない弊害の方が大きいとも。
おばあちゃんの話を聞いているように、舞子の胸にストンと落ちて来た。
そうか、眠れればいいんだ。
餅は餅屋。皮膚は皮膚科だ。
目からウロコが取れたように、すっきりした。
毎日毎日に精一杯で、小児科以外、他の選択肢を全く考えていなかった自分に呆れた。
その薬は恐ろしく効いた。
蓮が起きることなく朝までぐっすり寝たのはいつぶりだったろう。
余りの効き具合に、恐ろしくもあったが、それ以上に、ぐっすりと蓮が眠れた事の方がうれしかった。 少し目先を変えるだけで、人は楽になれるのだ。
幼稚園に入園してからも、季節が変わる度に悪化したりもしたが、小康状態が続いている。
しかし、夜、少しの物音で起きる癖はなかなか治らず、舞子は未だに朝まで熟睡することがない。
本当に、亮介は・・。
夜中、あれだけ子供が泣き叫んでも起きないんだから、火事になっても起きずに逃げ遅れる人かもしれないな・・と苦笑する。
でも、今考えると、あの当時、泣き叫んで気づかなかったわけではなく、寝たふりを決め込んでいたのではないだろうか。
いや、今、これだけ爽太郎が起こしても起きない様子を見ると、前者だろう。そう願いたい。
亮介と子供たちは9時過ぎには寝てしまった。
舞子も酒が回っていたはずだが、目が冴えて寝る気になれなかった。
ソファに座ってテレビの画面を見ていたが、全く内容が頭に入ってこない。
ぼんやりと昼間会った桜木を思い出していた。
瑞樹くんを肩車した桜木。
家庭人としての彼を見たのは初めてだった。
階下から見下ろしたことはあったが、顔までは判別できなかった。
もしかして、違う人だったのかもしれない。
敢えて、今まではそのように思考をすり替えていた。
しかし、今日見た桜木は、残念ながら父であり夫であった。
あんなに近くにいたにも関わらず、自分の手に届くところにはいなかった。
今まで想像することさえ避けていた光景をまざまざと見せつけられた、そんな気分だった。
自分だって、子供がいて夫がいるのだが、彼に妻がいて子供がいるのは嫌なのだ。
勝手なものだ。
いっそのこと、歌舞伎町のホストに心を奪われた方がマシだと思った。少なくともこんな風に罪悪感に苛まれることはない。
11時を回った頃だろうか。
突然、メールの着信音が鳴った。
開いてみると、知らないアドレスからのものだった。
迷惑メールの類だろう。
そう思って、削除しようと思い、手を止めた。
Subject欄に、『予約確認』と書かれていたからだ。
はて?何か予約をしただろうか?一瞬ためらったが、本文を開けてみた。




