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階下の庭は青く輝く  作者: 森の 緑


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22/37

ニューイヤー駅伝を見に行くと

 元旦の朝は遅かった。

 正確には、舞子と子供たちだけは起きるのは遅かった。

 亮介は、駅伝のスタートを見るのだと張り切って7時過ぎには起きて県庁まで行ってしまった。

 結局、亮介が戻って来た9時過ぎまで、舞子が起きることはなかった。

 でも、何の心配もいらない。

 お正月のおせち料理は、亮介の会社の取引先から斡旋販売された物を購入済みだ。

 2万円の出費は痛かったが、広島に帰ったと思えば安いものではないか。

 その他には、商店街の魚屋さんで頼んでおいた刺身の盛り合わせもある。

 海の無い群馬県だが、この魚屋さんだけは何を買っても新鮮で美味しい。

 かなりの目利きということだろうか。

 普段スーパーに行くと、陳列棚の約半分が干物、塩サバ、粕漬けなどで占められている。

 福岡でに育った舞子は驚いた。

 魚といえば、刺身や切り身、貝などが主流で干物はといえば、申し訳程度に端っこに追いやられて陳列されている程度だ。

 それがどうだ。ここでは、干物が主役級に陳列されている。

 だが、住んで2ケ月ほど経ったある日気が付いたのだ。

 群馬は海が無かった・・と。

 物流が進んでいるとはいえ、生の魚はあまり需要がないのかもしれない。

 確かに、鮮度も福岡のそれと比べるとおちる。

 そんな中見つけたこの魚屋さんは、非常に重宝している。

 さあ、問題は爽太郎と蓮の食事だ。

 豪華でお正月らしいものが思いつかなかった。

 まだ、二人は寝ている。

 亮介は、家に戻って来ても、テレビの前にかじりついていた。

 実際にスタートを見て、俄然応援モードに入ったらしい。

 かといって、特に応援しているチームがあるわけではない。

 舞子に至っては、駅伝に1ミリも興味がない。

 ただ走っている姿を見て、何が楽しいのだろうかとさえ思ってしまう。

 元旦のニューイヤー駅伝に始まり、2日、3日と続く箱根駅伝など、もう怒りの対象でしかない。

 駅伝が終わるまで、亮介は一歩もテレビの前から離れようとしない。

 外に遊びに行きたい子供たちは、おもしろくない。

 広島に帰省している時は、義父、義母、義弟もそろって駅伝を見ているので、舞子だけは手持無沙汰で、子供たちの相手をするしかなかった。

 爽太郎と蓮が起きて来たのは、もう少しでお昼になろうかという時刻だった。

 昨日は遅くまで起きていたので、好きなだけ寝させてあげようと、敢えて起こさなかったのだ。

 彼らのお正月料理は、オムライスになった。

 ありあわせの材料ですぐに出来た。

 そして、爽太郎にケチャップを渡して、「何か書いて」と言うと、上手に『お正月』と書いた。

 書初めじゃあるまいし・・。

 あまりにも可笑しくて、亮介とお腹を抱えて笑った。

 購入したおせちの重箱を開けた瞬間、蓮は、「うわ~、きれい」と言ったが、見ても自分が食べられそうな物が無いことがわかり、さっさと見切りをつけてオムライスに手を付けた。  

 おせちは美しかったし、不味くはなかったのだが、何となく食べる物がない。

 どうにも見掛け倒しなのだ。

 それに比べると、広島の義母の珠美が作るおせちは、みんなの好みの物を少しずつ詰めて作っており、すべてが繊細な味付けで美味しかった。

 離れてみると、珠美が帰省して来る息子たちに美味しい物を食べさせようと、どれだけ頑張ってくれていたのかわかった。

 帰省は気が重いことに変わりはないが、少しだけ珠美の気持ちに寄り添えたような気がした。

 昼間から飲むお酒は幸せな気分にしてくれる。

 2人で500ミリのエビスビールを数本飲んだあとは、刺身に合わせて日本酒を飲んだ。 

 本当に昼間の酒はきく。

 どうして、こうもいい気分になるのだろうか。

 相変わらずテレビに張り付いていた亮介だったが、

 「そろそろ行くぞ」

 と言って立ち上がった。

 テレビを見ていて、もうすぐだとわかったのだろう。

 後15分ほどで、先頭を走っている選手が近くを通るという。

 急いで、爽太郎と蓮に上着を着せ、手袋や帽子などの防寒具も追加した。

 テレビを見る限り、木々が大きく揺れているので、風はかなり強いはずだ。

 マンションを出て、少し歩くと大きな国道に出る。

 沿道には、そろそろだとわかった地元の人たちが大勢いた。

 爽太郎の同級生を何人か見かけた。爽太郎は、なぜか恥ずかしそうにしていた。

 舞子も少々酔っぱらった状態で、学校のママさんたちに会いたくはなかった。

 新聞社の社員らしい人が、旗を配って回っていた。

 選手が走って来たら、この旗を振って応援するのだ。

 蓮は、旗がうれしくて仕方ないようで、まだ選手の姿は見えないが、一生懸命旗を振っている。

 10分ほど待つと、一段と歓声が大きくなった。

 先頭の選手が走ってきたようだ。

 すでに人垣ができていたので、子供たちを少し空いたスペースに割り込ませた。

 旗が振れなくてはかわいそうだ。

 舞子は、人と人の間からチラッと選手の姿を捉えたが、あまりの速さに驚いた。

 一瞬で通り抜けてしまったのだ。

 普通の百メートル走と大差ない走りだ。

 テレビで見るのと、実際に見るのではこうも違うものなのだ。

 それに、目がギラギラした必死な形相の選手の姿も見えた。

 歯を食いしばって最後のラストスパートを駆け抜ける。

 思わず、沿道の人たちと同じように、「がんばれ~、がんばれ~」と、大きな声で必死に叫んだ。

 不思議だった。

 駅伝なんかに興味は無い。

 だが、目の前で繰り広げられている真剣な勝負の世界、これは何なんだろう。

 スポーツが人を感動させるという意味を初めて知った気がした。

 周りに人が居なかったら泣いていたかもしれない。

 ほどなくして、先頭の選手がゴールしたとスマホのテレビが伝えていた。

 次々と目の前を走り去っていく選手たち。

 しかし、かなり離されている選手もいるようで、なかなか来ない。

 最後の選手が来たのは、先頭の選手が走り抜けて15分も経ってからだった。

 最後の選手の後ろに、『最後尾』と書かれた車が着いて来ていたので、それと分かった。

 最後の選手には、沿道の人たちから、ひと際大きな声援が飛んだ。

 舞子も必死に、「がんばれ」を連呼した。

 気がつくと、子供達と亮介とは、はぐれてしまっていた。

 そういえば、亮介が二人を連れて見やすいスポットを探し回っていたな。

 キョロキョロと辺りを見渡して亮介を探した。

 その時、ふと背後から視線を感じた。

 振り返ると桜木が舞子をじっと見ていた。

 「あっ」と声をあげそうになったが、思い留まった。

 桜木は瑞樹くんを肩車しており、横には、相変わらず美しい妻の美咲が立っていた。

 苦情の手紙が投函されて以来、何となく美咲を避けていた。

 しかし、この状況で逃げるわけにはいかなかった。

 「明けましておめでとうございます。見に来てたんですね。今年もよろしくお願いします」

 舞子に気づいた美咲が先に声をかけてきた。

 「明けましておめでとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします」

 そう言って、美咲と横にいる桜木に頭を下げた。

 「主人です。まだ挨拶してなかったですよね」

 一体、いつの事を言っているのだろうか。

 確かに引っ越しの挨拶の時にはいなかった。

 しかし、その後何度も会っている。

 深い関係とまでは言わないが、浅からぬ関係だ。

 この会話の内容から察するに、桜木は、美咲に舞子の事を話していない。

 自分の働いている会社の支社にパートに来ていることを。

 話すはずがない。確信があった。

 「いいえ。管理組合の話し合いの時にお会いしました。あの日は、うちも主人が仕事で居なかったので、私が出席したんですよ。なので、初対面ではありません」

 そう言って、桜木に微笑みかけた。

 桜木もそうだと言わんばかりに、頷いている。

 やはり、美咲は知らない。

 「毎年、駅伝見てるんですか?」

 美咲がそう聞いてきた。

 「いいえ。初めてなんですよ。毎年、お正月は主人の実家の広島に帰省するんですが、今年はニューイヤー駅伝を生で見るんだって言って帰省しなかったんです」

 「あら?ご主人とお子さんは?」

 舞子が一人でいるのを不審に思ったのだろう。

 「はぐれてしまって・・。まあ、家はそこですから、はぐれても問題ないんですけどね」

 そう言って、舞子は笑った。

 そして、美咲の隣にいる桜木に肩車されている瑞樹くんに声をかけた。

 「瑞樹くん、いいねー。パパに肩車されてるんだ。走っている人見えた?応援できた?」

 瑞樹くんは、大きな目をくりくりとさせて、

 「うん。旗振ったよ~」

 と言って、桜木の肩に乗ったまま、旗を振って見せた。

 二人一緒にいるところを見たのは初めてだが、大きな目は、やはり桜木似だ。

 美咲は苦情の手紙の事などなかったかのように、尖ったところが少しもなかった。

 あの手紙は、本当に美咲が書いたものだったのだろうか。

 あの時は、感情的になって書いてしまっただけなのかもしれない。

 舞子は、都合よく考えることにした。

 「舞子、いた」

 亮介が、爽太郎と蓮を連れてやって来た。

 「探したよ。まあ、はぐれても家はそこだけどね」

 亮介がそう言うと、美咲と桜木が吹き出した。

 「一色さんたち、夫婦そろって同じこと言ってるー」

 美咲と亮介は、管理組合の会合で会っているので顔見知りだ。

 だが、桜木とは初対面のはず。

 なんとなく、この2家族の顔合わせは居心地が悪かった。

 先日の出来事が後ろめたいからに他ならないのだが。

 桜木と亮介は、お互いの顔は知っているようだった。

 朝の出勤の時間帯が一緒なのだろう。

 二人とも軽い会釈をするに留まった。

 「お父さん、コンビニでお菓子買ってー」

 爽太郎が、待ちくたびれて亮介の手を引っ張った。

 「そうだった。約束だったな。じゃあ行くか」

 亮介もこれ以上ここに居て、会話の糸口を見つけるのも苦痛だったのだろう。

 渡りに船とばかりに、そそくさと「じゃあ」と言って二人を連れて歩き始めた。

 舞子も続いて、「では、また」と言って、軽く頭を下げて三人の後を追いかけた。

 多分、今、桜木は舞子の背中をじっと見ているだろう。

 見なくてもわかる。

 一刻も早くこの場を立ち去りたかった。



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