大晦日の過ごし方
大晦日は、みんなで近所の温泉へ行った。
100%かけ流しのいいお湯だ。
子供たちは、亮介と一緒に男風呂に入る。
舞子は一人のんびりと露天風呂を満喫していた。
ひんやりとした風が頬に心地いい。
温泉県らしく、県内至る所に日帰りの入浴施設がある。
子供たちを連れて月に1度は行っている。
舞子は、温泉に浸かりながら、この1年を振り返っていた。
正確には、桜木を知ってからの半年だ。
そして、つい1週間ほど前に起きた出来事を思い出す。
思い出しながらも、あれは夢だったのでは?と、あの時の光景がぐるぐると頭の中を駆け巡る。
あれ以来、桜木からの連絡は無い。
もちろん、時間帯が違うので、マンションですれ違うことも無い。
いや、マンションで会ったとして、何をどう話せばいいのか。
やはり、あれは夢だったのだと思えば、気持ちが楽になる。
少しだけ、ときめいた瞬間のいい思い出だ。
女湯を出ると、亮介と子供たちは足をぶらぶらさせながら長椅子に腰掛けていた。
「お母さん、遅いよ。何でそんなに長いの?」
と、爽太郎が、さも待ちくたびれたといった様子で言ってくる。
「ほんとだよ。15分は待ったぞ。蓮が早く上がろうってうるさくて。オレも、もう少し入っていたかったんだけどな」
亮介も続けてそう言った。
別にそう長く入っていたつもりはないが、確かに子供がいないと急かされることがないので、時間の感覚が無くなる。
「待たせたね。じゃあ、次は年越しそばを食べるよー」
温泉の隣がお食事処になっている。
年越しそばの上り旗が立っており、大勢の客でにぎわっている。
今日くらい、のんびりと外食をしてもバチは当たらないだろう。
「え?ほんと?食べて行くの?」
いつもは素通りして帰るお食事処へ行くと聞いて、爽太郎は目を輝かせた。
「お母さん、何食べてもいい?ハンバーグでいい?」
蓮は相変わらずだ。
年越しは、そばと決まっているのだが、まあ、彼らには日本の伝統なんて関係ないだろう。
亮介と舞子は、天ざるを頼んだ。
どんなに寒い季節でも、2人ともざるそばしか食べない。
温かくして食べるのはうどん、冷たくして食べるのはそば、となぜか決まっているのだ。
爽太郎はチキン南蛮定食、蓮はハンバーグ定食を頼んだ。
ハンバーグは単品で頼みたかったのだが、定食しかなかったのだ。
結局、付け合わせのサラダとご飯半分は、亮介と舞子が食べる羽目になるのだ。
だからといって、てんぷらを減らす気は毛頭ない。
調子にのって生ビールを2杯も飲んでしまった。
おかげで、お腹が今にもはちきれそうだ。
大晦日というだけあって、街中が静かだ。
まだ8時前だというのに、人影はまばらだった。
すれ違う人もほとんどいない。
みんな、一家そろって食事をしながらテレビの特番でも見ているのだろう。
広島にいれば、今頃、慌ただしくおせちの準備をしていたのだろうか。
家までの道のりを4人で手を繋ぎながら帰った。
すれ違う人もいないので、道路をふさいでも構わない。
いつもと違う夜に、爽太郎も蓮も大はしゃぎだ。
こんなにのんびりと4人で夜の道を歩くのは久しぶりだ。
冬の夜らしく空気が澄んでいて、空を見上げるとたくさんの星が見えた。
「あれがオリオン座だよ」
そう亮介が教えると、爽太郎がすかさず、
「知ってるよ。学校の理科で習ったもん。あれが北斗七星」
と、ひしゃく型の星座を指差して言った。
「へー、よく知ってるなー」
「すごいでしょ?」
感心する亮介に、爽太郎もまんざらではない様子だ。
蓮は、一生懸命、「どれ?どれが?」と聞いている。
オリオン座の説明は割と簡単にできるのだが、北斗七星を教えるのはなかなか難しかった。
この、家までの道のりは、1週間前桜木と帰った道でもあった。
あの日と同じように少し寒くて薄暗い道。
そして、あの場所・・。
「ほんと、この道、危ないよなー。こんな所で襲われても誰も助けなんか来ないよなー」
亮介の突然の言葉に、現実に引き戻された。
舞子の心の中を見透かしたかのような言葉に驚いた。
そう。
ここが薄暗くて人気が無いことなど、この近所に住む人であれば誰でも知っている。
桜木は、知っていて敢えてこの場所を選んだのだ。
すべて計画づくしの行動だったのか。
舞子が好意を寄せていることを薄々感じていて、試したということだろうか。
確かに、「好きだ」と言われたわけではないし、「今度、相手してあげるね」程度の会話だったようにも思う。
自分は、モノ欲しそうにしていたのか?
抱きしめられてキスされたことに舞い上がってしまい、自分の立ち位置というものを理解していなかったのではないか。
単に、年増女を手玉に取る遊び人の男。
それが桜木という男だ。
そう思えばいい。
そう思うと、少しだけ気が楽になった。
寝入ったのは、年が明けて1時を回った頃だった
いつもは、9時過ぎには寝させられる子供たちにとって、大晦日は別物だ。
大晦日の特番を4人で遅くまで見ていた。
いつまで起きていてもいい、1年で唯一の日だからだ。
そして、初めて除夜の鐘をつきに行った。
マンションからほど近いお寺で、除夜の鐘をつかせてくれるのだ。
テレビの「ゆく年くる年」でしか見たことがない光景だった。
12時少し前だったが、子連れの家族がたくさん並んでいた。
テレビで見るように、住職がつくわけではないので、鐘の音も間隔もバラバラだ。
子供を抱きかかえ、鐘をつかせる。
耳元で鳴る鐘の音に驚いて泣き出す子供もいた。
順番がきた。
階段を5段ほど上がった場所で、住職が待っていた。
社の上から吊り下げられた鐘は、下から見るよりはるかに大きかった。
まず、亮介が爽太郎を抱っこしてつかせた。
「うわっ」
大きな音に驚いたようだ。
次は蓮を抱っこしようとしたが、いつもの怖がり癖がでてしまった。
「いやっ、いやっ」
と言って、逃げ回る。
後ろにも順番待ちの人の列があったので、待たせるわけにはいかない。
あきらめて、亮介、舞子の順でついた。
煩悩の数は108つ。
煩悩は欲望だと解釈しているのだが、「~したい。~ほしい」事を考えると108つくらいで果たして足りるのだろうか。
朝起きただけでも「もう少し寝たい」「新しい炊飯器が欲しい」「顔のシミをなくしたい」「子供にもっとご飯を食べて欲しい」「桜木に会いたい」と、ほら、欲望だらけだ。
煩悩だらけの自分を戒める意味も込めて、力いっぱい叩いた。
思いのほか、大きな音が出た。
そして、いつまでも胸の中に音の余韻が広がった。
階段を降りたところで、飴玉を3つもらった。
飴は108個用意されており、鐘をついた回数だけ飴を渡していけば、いちいち数を数えなくてもいいのだそうだ。
いい考えだ。
住職さんの労力も減るし、つきにきた子供も喜ぶ。
一石二鳥ではないか。
蓮は、飴をもらえなかったことに大層腹を立てたが、後悔しても、もう遅い。
階段を降りた今、また戻ってやり直すことはできないのだから。
その後、機嫌の悪い蓮をなだめるために初詣に行った。
歩いて行ける距離にある神社は小さく、存在さえ知られていないようで、カップルの参拝客が1組いただけだった。
さっきまで拗ねていて蓮も、お金を投げ入れて鈴を鳴らせば、たちまちご機嫌になった。
今度も飴がもらえると思っていたようだ。
「飴は?飴は?」と、聞いてくる。
本当に、子供というものは・・。
飴1個に執着が持てることに感心してしまう。
帰り道、コンビニで飴を買ってあげた。




