お正月のゆううつ
次の日、いつも通りに起き、家事をこなし、夫と子供たちを送り出して出勤した。
パートも残すところ、あと2日だ。
それが終われば、またいつもの日常が戻って来る。
桜木との接点は何もなくなる。
正確には、家の下にはいつもいるのだが、生身の気配を感じることはできない。
あと2日だが、支社会議の予定は無い。
桜木が前橋支社に来ることはない。
来たからといって、あからさまに舞子に話しかけるわけもないはずだが。
落ち着かなかった。
いつも通り仕事をこなし、平静を装っているのだが、心の中は大きくかき乱されていた。
「一色さん、昨日はお疲れ様。ちゃんと帰れた?結構酔っぱらってたみたいで、バーの記憶があまり無いのよねー。桜木さんがタクシー拾って乗せてくれたのは、なんとなく覚えてるんだけど」
突然、田中に話しかけれら、現実に引き戻された。
「そうそう、結構いい感じに出来上がってたよ。歩いて帰るって言ってたけど、危ないからタクシーに乗せようって話になって。無事に帰れた?」
「うん。意外と自分の家って酔ってても説明できるものよね。ちゃんと着いてた。というか、家に着くまでの記憶はしっかりしてると思うの。でも、家に着いたらすっかり忘れちゃうのよねー。お金払ったっけ?とか」
「わかる、わかる。私も酔っぱらうと記憶飛ぶもん」
そう言って、群馬魅力度ランキングの話しで再度盛り上がった。
すると、
「そう言えば、昨日は3人が電車組だったよね。桜木さんと同じ方向なの?」
不意をつかれて、ドキリとした。
周りの誰にも、桜木と同じマンションだということは言っていない。
敢えて桜木の話は避けていたのかもしれないし、人気のある桜木と同じマンションだという優越感を味わっていたのかもしれない。
「そう、同じ前橋駅。3人いたから、駅を乗り過ごすことなかったわ。お酒入ると、よく乗り過ごすのよねー」
なぜか、3人とも前橋駅で降りたように装ってしまった。
下手にこれ以上聞かれるのはごめんだ。
絶対にぼろが出る。
目を閉じると、まだ鮮明に昨日の光景が蘇ってくるのだから。
「そうよね。確かに、電車は危険だわ。私なんて、絶対無理ー」
それ以上、昨日の話をすることはなかった。
あと2日、気合を入れて仕事をしなければ。
気持ちを仕事モードに切り替え、ひたすらパソコンと向き合い、キーボードを打ち続けた。
例年、年末年始は亮介の広島の実家で過ごすことになっている。
夏休みは1か月近く福岡の実家に帰省するので、年末年始は亮介の実家でというのが暗黙のルールだ。
亮介は、12月28日の納会を終えてお正月休みに入る。
次の日の29日から1月2日までが広島だ。
4泊5日はさすがにきつい。
自分の実家には1か月近く滞在するので、文句を言えないが、勝手の違う家に滞在するというのは、とにかく疲れる。
食事は、ほとんど義母の珠美が作る。
料理が得意な珠美に、舞子は全く歯が立たない。
「作って」と言われたとしても、何を作っていいかわからない。
ひと様の家にやってくると、自分はいつも何を作っていたのだろうか・・と、妙な錯覚に陥る。
これなら自信を持って作れるという料理が見当たらない。
毎日、ただ何となく仕事をこなすように食事を作っているということだろう。
そもそも、爽太郎も蓮もあまり食べない。
しかも、蓮に至っては、好き嫌いが激しく、魚料理と緑黄色野菜は絶対に食べない。
となると、どうしても肉料理とそれに野菜を混ぜ込めるメニューに偏ってしまう。
子供に合わせると、ハンバーグ、ミートソース、唐揚げ、カレーなどを月に1~2回の割合で出すことになる。
子供が食べたい物ではなく、親が食べさせたい物を食べさせろと教育本に書いてあったが、そうしたら、嫌がって牛乳とご飯だけを食べる生活になってしまった。
幼稚園の給食でも、白米とお気に入りのかずのみを食べているだという。
先生が手を替え、品を替えてやってみても、頑として食べないらしい。
プロである先生が食べさせられないものを、素人である母親が食べさせられるわけがない・・と、はなっからあきらめてしまった。
結果、食事のレパートリーが増えることはなく、蓮の好き嫌いが解消されることもなかった。
なので、お正月のおせち料理は特に肩身が狭い。
子供たちが食べられる物がほとんど無いからだ。
しかも、ちょっと目先が変わると食べようとしない。
卵焼きなら食べられるのだが、だて巻きは無理。
唐揚げは大丈夫だが、照り焼きは嫌がる。
ハンバーグに似ている、のし鶏はどうかと与えるも、似て非なるものらしい。
そして、珠美から、
「蓮くんはいつも何を食べてるの?」
と言われる始末だ。
『舞子さんの育て方が悪いのね』と言われているようで、非常につらい。
亮介も、
「蓮は好き嫌いが激しいんだよ。いろいろがんばってみたけど、無理に食べさせようとすると、ご飯と牛乳しか食べなくなってさ。ほんと、手がかかるんだよ」
助け船を出してくれるが、そんな説明で納得いくわけがない。
やはり、舞子の育て方が悪いのだ。
亮介には弟がいて、結婚し広島市内に住んでいる。
そこにも同じ年頃の子供がいるのだが、それはそれは、よく食べる。
出されたものは、きちんと残さず、おかわりまで要求するほどの食べっぷりだ。
珠美はそれが殊の外うれしいらしい。
自分が腕によりとかけて作った料理を、「おいしい、おいしい」と言って食べてくれれば、誰でもうれしいだろう。
それに比べて、爽太郎と蓮は、残さず食べきることが、まずない。
年の近い従妹たちと比べられると思うと、心穏やかではいられない。
そんな毎年の恒例行事が、今年は無くなりそうだ。
亮介が、ニューイヤー駅伝を見ようと言い出したのだ。
元旦の日に、群馬県庁前からスタートし、県内をぐるっと回って、ゴールも県庁前だ。
舞子たちの住むマンションからも徒歩圏内で、その様子を観戦することができる。
沿道に旗を持った人たちが並び、選手に声援を送る。
テレビでは見ていたが、実際に見るのは初めてだ。
そもそも駅伝には全く興味はないのだが、広島帰省が無くなると思えば、万々歳だ。
長い休みを家族4人でのんびりと過ごすことができる。
帰省しなくてよければ、帰省旅費も浮くではなないか。
ただ、引っ掛かるのは、夏の福岡帰省がどうなるかだ。
さすがに丸っと福岡に1か月滞在するわけにもいくまい。
最後の1週間は広島へ・・という可能性もある。
まあ、考えても仕方ない。
今は、目先の喜びをかみしめておこう。




