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階下の庭は青く輝く  作者: 森の 緑


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2/10

ママ友たちとの微妙な関係

 毎日、毎日、わがままな幼稚園児の相手、モンスターと言われる保護者の対応。

 本当に、幼稚園の先生には頭が下がる。

 以前、園内で女の子が男の子に突き飛ばされ、右の人差し指を突き指した事故があった。

 これを、事故と呼ぶのかは、甚だ疑問に思うのだが。

 問題は、その後だ。

 園から男の子の保護者へ、女の子の保護者に謝って欲しいと連絡を入れた。

 その日、用事があったのか、電話が夜になってしまったらしい。

 すると、女の子のママは劣化のごとく怒り狂い、「娘のケガを軽く扱っていませんか?指でも、ピアニストを目指していたら、どう責任を取ったの?お宅の乱暴な男の子は今後登園させないでいただきたい」と言ったそうだ。

 そして、訴訟の話までちらつかされたのだとか。

 さすがに、そこは園が入って、どうにか丸く収めたものの、それ以降、入園時に誓約書を書かされるようになった。

 『私は、園内におけるあらゆることに対して一切異議申し立てをいたしません』と書いた書類に保護者がサインをする。

 しないと入園許可が下りない。

 やはり、園側としても、訴訟にまで発展するのは避けたいのだろう。

 しかし、それで訴訟が防げるものだろうか。

 無いよりまし・・程度の効果しかないだろう。 

 そもそも、そんなに自分の子がかわいいのだろうか?と、舞子は疑問に思う。

 たとえ、爽太郎や蓮がケガをさせられたとしても、そこまで怒り狂えるだろうか?

 怒り狂える親だけが、愛情たっぷりだとでもいうのだろうか?

 そもそも子供というものは、自分のテリトリーを主張しながら、それが自分の思う通りにいかないことを、いろいろな場面で体験し、これが社会だというものを学んで成長するものではないのか。

 それが幼稚園だ。

 子供が最初に放り込まれて学ぶ、小さな社会だ。

 この年頃の男の子は言葉が未熟で、口が達者な女の子に言い負かされ、とっさに手が出る。

 それくらい、考えたらわかるだろうに・・。

 舞子は、過去、同じような思いをしたことがある。加害者側として。


 爽太郎が、幼稚園に入る前のこと。

 仲良しのお友達、いや、単なるママ友と呼んでおこう。

 ママ友4人で拓也くんのお宅にお邪魔して、お昼ご飯を御馳走になった。

 未就園児を持ち、働いていない母親は、子供と二人きりの時間を持て余して、よく持ち回りで自宅ランチ会を開催する。

 公園で知り合ったママ4人と話をするようになり、ママ友となり、自然とそのグループでランチをするようになった。

 最初は新鮮でよかった。

 毎日、毎日、子供と2人きりの生活にうんざりしていたからだ。

 活発だった爽太郎は、家の中より外遊びを好んだ。

 しかし、ランチ会は、それぞれの自宅だ。

 すると、動き回れない爽太郎は我慢できなくなり、友達のおもちゃを取り上げたり、ほっぺをつねったりするようになった。

 爽太郎には、「ごめんなさいって言いなさい」と、あやまらせようとするのだが、なかなか言えない。

 結局、あやまることができず、他のママが「仕方ないよ。恥ずかしくてあやまれないんだよ」と、取りなしてくれてその場は収まった。

 しかし、その後、忘れられない出来事が起きた。

 いつものように、お友達のほっぺたをつねってしまったけれど、やはりあやまれない爽太郎。

 その日は用事があり、みんなより先に帰ることになっていた。

 そして、3階の踊り場からみんなに見送られてマンションの入り口を出ようとしたところ、タオルを忘れた事に気づいた。

 爽太郎のお気に入りなので、無いと面倒だ。

 また、エレベーターに乗り、3階を押した。

 エレベータを降りて301、302と過ぎた303号室が先程までお邪魔していた拓也くんの家。

 すると、開け放たれた玄関扉の内側から話し声が聞こえてきた。

 「爽太郎くん、いつになったらあやまれるのかしらね?あれって、親のしつけが問題じゃないの?」

 「そうそう、甘いよね。叩いてでも言わせるべきじゃない?」

 「つねられたとこ、どうなったの?あらー、赤くなってるねー。ほんと、爽太郎くんって乱暴よね」

 「一緒に遊びたくないけど、今更グループ抜けてもらうこともできないしねー」

 「そうだねー」

 笑い声も聞こえた。

 その日は、ちょっと蒸し暑く、エアコンを入れるにはまだ早く、玄関を窓を開け放って風通しをよくしていたのだ。

 マンガやドラマ出て来るようなシュチュエーションに、舞子はしばらく声も出なかった。

 本当はこんな風に思われていたなんて。

 茫然として手が震え、ただ、さみしかった。

 もちろん忘れ物を取りに行くこともできなかった。

 爽太郎と手をつないで帰りながら、舞子は泣いた。

 泣かずにいようと思ったけれども流れ出る涙を止める術はなかった。

 不安そうに見上げる爽太郎。

 「お母さん、どうしたの?」

 幸い、爽太郎はマンションの入口に待たせていたので、ママたちの会話を聞かずに済んだ。

 まあ、聞いたところで理解できる内容ではないだろうが。

 「なんでもないよ。ちょっと目にまつ毛が入って、取れなくてこすったら、もっと痛くなったの。おうちに帰るまでには取れるから大丈夫よ」

 必死に涙をこらえた。

 しかし、涙というものは、こらえればこらえるほど、どんどんあふれ出てくる不思議な液体だ。

 結局、家に帰り着くまで涙が止まることはなかった。

 家に帰って来てからも、あの言葉が頭から離れず、ずっと考えた。

 爽太郎とお風呂に入っていたも、走馬灯のように、彼女たちの発した言葉がぐるぐる回っていた。

 『私の育て方が悪いの?』『叩いてでもあやまらせればよかったの?』

 陰口というものは、普通、自分のいないところでなされるものだ。

 それを直接聞いたことがある人は、どれくらいいるのだろう。

 舞子は、その貴重な体験をしたことになる。

 この出来事は、殊の外、舞子を打ちのめした。

 公園が怖い。ママ友が怖い。誰も信用できない。

 次回の持ち回りのランチ会は、舞子の家だった。

 会いたくない。断りたい。

 みんなの前で、笑顔なんて見せられない。

 心底、神に祈った。私を助けて・・。


 祈りが通じたのか、その後、都合よく爽太郎はウイルス性の風邪をひいた。

 ウイルス性だった為、「うつす可能性があるから」「まだ咳がでるから」「まだ体調が悪くて」と言って、誘いを断り続けた。

 行く公園も変えた。

 車で行かなけらならなくなったが、心理的負担を考えれば、大したことではなかった。

 そして、極力ママ友を作らないよう努力した。

 公園のママたちは、ママ友を作ろうと目を光らせ、隙を狙って話しかける。

 その後、ライン交換まで持ち込めば、ミッション完了。

 ほどなくして、家を行き来するような間柄になるのだ。

 公園へ行く限り、ママ友を作るのも大変だが、作らないようにするのも大変なのだとわかった。

 努力の甲斐もあり、その後新たにママ友ができることはなく、4人の元ママ友の子供たちとは別の幼稚園へ入園することも決まった。

 少し離れていたが、幼稚園バスが迎えに来てくれるので問題はない。

 入園時の誓約書には閉口してしまったが・・。


 この話には、後日談がある。

 あの時の拓也くんが、同じマンションに住む美和ちゃんの顔をひっかき、みみず腫れになってしまったのだ。

 それを見た美和ちゃんのパパが、拓也くんの家に「娘の顔に傷をつけやがって。どうしてくれる」と、怒鳴り込んできたらしい。

 どうもこうも、ただのみみず腫れではないか。

 女の子の親は、どこの家もこうなのだろうか。

 できれば、今後関わりたくない家族だ。

 だが、同じマンションだと、顔を合わせないようにするのも一苦労だろう。

 マンションに住み続ける限り、おそらく小学校も中学校も一緒のはず。

 ずっと、美和ちゃんのパパの陰におびえ続けて生活しなければいけないのだ。

 舞子には、途方もなく永い時間に思える。

 その一方で、心の声も聞こえた。

 ザマ―ミロ。


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