桜木の笑顔がたまらない
夜、亮介に昼間の一連の話をした。
南川の最後の言葉は伝えなかった。
「ほらな、オレの言った通りだっただろう?」と、さも当然とばかりに言い張る亮介の様子が手に取るように思い浮かんだからだ。
「蓮にも困ったなー。ほんと、頑固だよな。誰に似たんだ?」
などと、亮介はのん気に言いながら、冷蔵庫を開けてビールを取り出しプシュッとあけて美味しそうに飲み始めた。
「おゆうぎ会では、きちんと踊ってもらわないとなー。ウルトラマンで釣ってみるか」
蓮は今、ウルトラマンに夢中だ。
フィギュアでも買ってあげると言えば、たちまちご機嫌になって踊り始めるかもしれない。
次の日の朝、亮介は、出勤前に蓮を呼んだ。
「蓮、聞いたぞー。おまえ、着替えなかったのか?うさぎの衣装、かわいいだろう?」
「お父さん、うさぎ、かっこよくないよ。先生がこれ着てって言ったけど、みんなが着たら、なんだかイヤになっちゃった」
蓮はそう言って、口をへの字に曲げた。
「そうかー。うさぎはかっこよくないかー。やっぱ、男はかっこよくないとなー」
そう言って、蓮に調子を合わせる亮介。
「でもな、お父さんもお母さんも、おゆうぎ会で蓮がうさぎの踊りを踊るところを見たいんだよ。お父さんと約束しないか?」
「何を?」
「もし、蓮がおゆうぎ会でうさぎの衣装を着て、踊りもしっかり踊れたら、蓮の欲しがってたウルトラマンの人形を買ってあげるよ」
「えーーー?ほんとー?ヤッター」
もう、うれしくて仕方ないという様子で、顔をくしゃくしゃにして喜んでいる蓮。
手を挙げたり下げたりして飛び回り、まるで原始人が狩りに成功した時のような踊りを踊り始めた。
「やるやるー。うさぎになるー」
ふん、チョロいな・・という勝ち誇ったような表情の亮介。
「約束だぞ。着替えなかったり、踊らなかったら、この約束は無しだ。いいな」
と、最後に念押しをしてから、舞子に、
「じゃあ、行って来る」
と言って仕事へ出かけて行った。
その日から、蓮はきちんとうさぎの衣装を着て、きちんと踊り始めた。
先生からも、『がんばっていますよ』と電話で連絡を受けていた。
そして、2週間後、おゆうぎ会本番。
だが、蓮のうさぎの衣装も踊りも見ることができなかった。
なぜなら、会場にすら行くことができなかったからだ。
おゆうぎ会の1週間前のこと。
爽太郎の体に赤いぽつぽつが現れた。
水ぼうそうだ。
今は、軽く済む薬があるということで、病院でその薬を処方してもらった。
幸い、あまりブツブツが大きくならず、すぐにかさぶたができた。
その後、蓮には症状が出なかった。
うつらなかったと思われた。
おゆうぎ会にも出られる・・と思って安心していたのだが・・。
無情にも、おゆうぎ会の2日前、ポツンと鼻の頭に赤いものができた。
体にもポツポツとでき始めた。
病院へ行くと、案の定、水ぼうそうであった。
結局、蓮は、おゆうぎ会には出られなかった。
もちろん見に行くことも出来ず、家から出ることもできなかった。
さすがに、かわいそうだと亮介がウルトラマンの人形を買ってあげた。
そのウルトラマンを手に、はしゃぎ回る蓮。
「蓮、おゆうぎ会で踊れなくて残念だったね」
と、舞子が言うと、
「ううん。うれしいよ。だって、踊らなくてウルトラマン買ってもらえたんだもん」
と、明るい返事が返ってきた。
そうだった。
蓮にとっては、おゆうぎ会などどうでもいいのだ。
一番残念だったのは、舞子だ。
晴れ舞台で我が子の踊りを見たかった。
この子は、運がいいのか、悪いのか・・。まったく・・。
手がかかる子ほどかわいいという。
そう、多分、この子はずっと手がかかるのだろう。
かわいくない日がくるのだろうか。
その日が待ち遠しいと思う舞子だった。
10月末から、舞子は再びパートに行き始めた。
以前とほぼ同じ仕事内容だったので、初日から難なくこなすことができた。
自分には、事務的な才能があるのではないか・・と、ちょっとうぬぼれてみたりもした。
自分の仕事のやる気スイッチが入っているのは、もう1つ訳があった。
前橋支社に、2週に1度、桜木が来るのだ。
2週に1度、群馬支社会議があり、高崎、伊勢崎、藤岡の3つの支社長が前橋支社に集まる。
桜木の存在を知らない頃は、支社長会議に何の興味を示さなかったが、今では、お茶出しを頼まれたり、コピーを依頼されると、必要以上に張り切ってしまう。
コーヒーを持って行き、目の前に置くと、桜木が少し首を傾けて笑顔を見せながら、「ありがとう」と言ってくれる。
その笑顔がたまらない。
まだ舞子が20代だった頃、職場に気になる人がいると、その人によく思われたくて張り切っていた。
『私は、桜木さんを意識しているのだろうか?』
意識するも何も、よく考えれば、毎日1つ屋根の下に住んでいるではないか。
広い意味でだが。
しかし、家にいる時には全くといっていいほど、桜木の存在は頭から消えている。
まるで、仕事のONとOFFのスイッチの切り替えのようだ。
多分、意識している・・だけで、好きかと聞かれると、別に・・と答えるだろう。
その程度のことだ。




