佐伯真理子
あれからしばらくは、何となく気持ちがすっきりせず、亮介への態度もぎこちなかったが、時間と共に頭の隅に追いやられて思い出すことも少なくなった。
「お待たせー」
そう言って、赤いRV車から颯爽と下りてきたのは、佐伯真理子だ。
彼女は、舞子が本音を話せる数少ないママ友の1人だ。
夫が会社の社長をしていて、お金には困らないらしく、身に着けているものは、ハイブランド品だと一目でわかる。
爽太郎が幼稚園の年中クラスの時、クラス役員で一緒になり、仲良くなったのだ。
そして、今は彼女の次女が蓮と同じクラスだ。
「私もさっき、来たとこ。駐車場いっぱいで入らないかと思ったけど、ぎりぎり間に合ったね」
2人でランチを食べるために、郊外にできたピザとパスタの食べ放題の店に来たのだ。
平日は、時間制限が無いところも人気の理由だろう。
スタンダードなものから甘いデザート系のピザまでそろう。
焼きたてのピザを各テーブルまで持って来てくれる。
食べたければもらって、お腹いっぱいで食べたくなければ断る。
ここに来ると、長居できるので、ついつい食べ過ぎてしまう。
パスタも食べ放題なのだが、パスタはそれほど美味しくない。
お店の人に案内され、席についた。
「それで?」
真理子が、席につくなり、早く話を聞きたい・・といった様子で、前のめりになって舞子の顔を覗き込む。
「いや、特に何も進展ない。お互い、もうなかったことになってるよ」
もちろん、亮介の浮気疑惑の一件だ。
こんな事も真理子にだけは話せる。
悶々としていた舞子の背中を押してくれたのも真理子だ。
「悩んでても、自分で解決できる問題じゃないよ。正面きって聞いてみなよ。『私、見ちゃったんだけど~』って言えばいいんじゃないの?」
と、さも聞くのが当然でしょう?と言わんばかりだった。
多分、彼女の性格ならば、次の日の朝には、「これ何?」って聞くのだろう。
つくづく、自分の意気地のない性格がイヤになった。
その時、真理子には、亮介の弁明内容についても伝えていた。
そして、きっと舞子がすっきりしない気持ちを抱えているだろうからとランチに誘ってくれたのだ。
「あのね。うちの旦那に、舞子ちゃんの家の話をしたの。私の知り合いで・・って言ってるから、そこは大丈夫」
確かに、自分もそんな話を聞いたならば、亮介に話すだろう。
男の人の反応が気になるところだ。
「まず、一言。7歳年上の40後半はありえんわーって。黒木瞳くらいの美魔女に迫られたら舞い上がるけど、それ以外は不可らしい。その人、美女?」
そんな事聞かれても・・と思ったが、真理子らしい切り返しだ。
「だからね、そんな美魔女なんて転がってないのよ。それと、取引先の女子から食事や飲みの誘いがあったら、普通に行くって言ってたよ。まあ、舞子ちゃんのところは、それで年増のおばさんが、グイグイ来ちゃったのかもしれないけどねー」
そう言うと、目の前の水を一気に飲み干して、笑顔を見せた。
多分、舞子に会ったら、このことを伝えようと思っていたのだろう。
少しでも不安材料を取り除いてあげようと。
いい友人に巡り合えて本当によかったと思った。
「ありがとう。私も、時間が経つと落ち着いてきたよ。つくづく、時間の経過って大事なんだなーって思う。イヤな事も忘れられるもん」
人間の脳は、毎日、毎日、パソコンのメモリのように、新しい出来事を上書きしていくという。
なので、ほとんとの内容が消去されていく。
1日1日と過ぎ去る度に、大きな割合を占めていた記憶が小さく追いやられていき、やがて頭の奥底の小さな引き出しにしまわれるのだ。
きっと、数か月、数年後には、笑い話になっているのだろう。
そう思いたい。
「そうそう、今度、幼稚園の園舎、建て替えになるんだって。かなり古いからねー。この前大きな地震があったばかりだし、壊れたら怖いよね。それに、新しくできた幼稚園に、園児をかなり取られてるらしくて、園長先生も焦ってるんだって」
真理子は情報網が広い。
そのおかげで、舞子は浦島太郎状態にならずにすんでいる。
「そうなんだー。でも、建て替えってことは、場所移転するの?園児が通ってるのに同じ場所に建てられないよね?」
「それが、同じ場所に建てるんだって。だから、今の建物を使いつつ、園庭に新しい園舎を建てていく計画なんだって」
園舎が新しくなるのはいいが、園庭が使えなくなるのは、かわいそうだと思った。
それにしても、一体、真理子はどこからそんな話を聞いてくるのだろう。
ひとしきり、幼稚園の建て替え話をし、今年のモンスターペアレントの話をし、小学校の宿題の話をしたりしていると、あっという間に幼稚園バスが到着する時間になった。
あいさつもそこそこ、急いで車に乗り込みマンションへと向かった。
飛ばせば、間にあうはずだ。




