第7話 壊滅のセクター9! 害虫駆除は俺達がやる!
マッドたちが到達したその場所は、まさに人類が誇る科学技術の完全なる敗北を象徴するような、絶望的な光景だったのである。
かつては世界最新鋭の機密研究区画であったはずのセクター9は、今や異世界から迷い込んだ魔獣の死骸と、宇宙から飛来した害虫「スター・カスケイダー」の粘液が作り上げた、おぞましき巣窟と化していたのだった。
マッド・ボーンズは、手にしていたスパス12ショットガンのポンプアクションを、ガチャンと重厚な金属音を立てて引き、地獄の最深部へと最初の一歩を踏み出したのである。
厚いラバーソールの軍用ブーツが、床一面にこびりついた正体不明の粘液を踏みつけ、糸を引くような不快な粘り気を伴った音を立てるのだった。
「……おい、アーサー。お前のそのピカピカ光るバイザーには、このゴミ溜めの掃除の仕方も映ってるのか?」
マッドが、低く腹の底に響くような、地響きに似た声で尋ねたのである。
アーサーはパワードスーツの肩部に装備された高輝度ライトを点灯させ、片目のタクティカル・バイザーを鋭く光らせたのだった。
バイザーの内側では、無数の数式と、接近する脅威を示す赤いアラートドットが激しく点滅しているのである。
「皮肉を言っている余裕があるなら、全員セーフティを外しておくことだ。……来るぞ。前方、通路の角から『スター・カスケイダー』の反応。数は……十、二十……いや、五十を超えた。まずは初戦だ、君たちの時代遅れな腕前、お手並みを拝見しようか」
アーサーが冷徹に言い終えるよりも早く、マッドはすでにショットガンの銃口を闇の奥へと向けていたのである。
「……教えられなくても分かってる。クソ害虫どもの足音が、鼓膜に突き刺さってやがるんだよ」
マッドの研ぎ澄まされた「野生の勘」は、アーサーの最新鋭バイザーよりもわずかに早く、敵の接近を察知していたのだった。
暗闇の奥から、無数の硬い節足が金属の床を叩く「カサカサ」という不快な音が、黒い津波となって押し寄せてくるのである。
「ヒャハッ! 待ってましたぜ、ゴキブリ野郎ども!」
M60機関銃を太い腰に溜めたマキシマム・コルトが、野獣のような凶悪な笑みを浮かべてトリガーを引いたのである。
「どいつもこいつも、俺の弾丸の餌食になりな!!」
ドゥォォォォォン!!
耳をつんざくような重低音が狭い通路に響き渡ったのだった。
マキシマムの放つ7.62ミリ機関銃弾の豪雨が、暗闇の中から飛び出してきた漆黒の影を次々と粉砕していくのである。
だが、襲いかかる敵もただの虫ではなかったのだった。
「……チッ、こいつら、殻が硬ぇな!」
マキシマムが毒づいたのである。
通常の歩兵が護身用として使う9ミリパラベラム弾ならば、容易に弾き返されていたであろう。
スター・カスケイダーの強固な外殻を、M60機関銃の暴力的な運動エネルギーが強引にブチ抜いていくのだった。
アーサーが冷静に、バイザーが弾き出したデータを読み上げたのである。
「個体識別完了。出現したのは種別『スター・カスケイダー』、個体レベル1だ。最弱の歩兵種にすぎないが、そのキチン質の硬度は軍用の防弾チョッキ並みだぞ。……マキシマム、弾を無駄にするな。正確に弱点を狙え」
「うるせえプロフェッサー! 弾は腐るほどあるんだよ!」
マキシマムはさらにトリガーを絞り込み、通路全体を断続的な火線の雨で完全に埋め尽くしたのだった。
その横からは、ヴィクターが影のように音もなく飛び出したのである。
彼は近接戦闘用のH&K・MP5サブマシンガンを片手で掃射しながら、すぐに別の戦術へと切り替えたのだった。
「9ミリパラじゃ足止めにしかならねぇか……」
彼はそう低く呟くと、もう片方の手に握られた超硬ナイフを、ローチの殻の僅かな隙間へと正確に突き刺していったのである。
「……おい、アーサー。こいつら、中身から変な汁を出しやがるぞ」
ヴィクターが仕留めたローチの体液が、彼のコンバットブーツの先端に僅かに飛び散ったのだった。
すると、ジュウッという不気味な小さな音と共に、白い煙が立ち上がったのである。
「……ふむ。ヴィクター、異変に気づいたか」
アーサーがタクティカル・バイザーの表示数値を瞬時に調整し、冷徹な分析を口にしたのである。
「レベル1の個体でも、その体液には金属をも侵食する微弱な酸が含まれている。今のパワードスーツの装甲なら、表面が少し焦げる程度で済むが……気をつけろ。レベル3、いわゆる『ソルジャー級』になれば、その体液は超強酸へと変化する。君たちの使っている骨董品のような旧式武器に触れれば、数秒で銃身が溶け落ちて、ただの鉄クズに変わるだろう。そうなれば、文字通り素手で地獄を戦うことになるぞ」
マッドはその不吉な警告を聞き流しながら、スパス12ショットガンで一匹のローチの頭部を至近距離から粉砕したのである。
飛び散る緑色の火花のような火薬の光の中で、彼は吐き捨てるように言い放ったのだった。
「うるせえバカ野郎。銃が溶けたら拳で殴る。拳が溶けたら根性で殴る。それだけのことだ。……いちいち能書きを垂れてんじゃねえ、アーサー!」
マッドは「次元格納装置」から、先ほどサラから手渡された未知のオーパーツ、ナックルガードを思考の速度で取り出したのである。
眼前に牙を剥いて飛びかかってきた一匹のローチを、マッドはそのおぞましい身体を左手で強引に掴み、右拳のナックルをその腹部へと深く叩き込んだのだった。
「オラァッ!!」
ズシャッ!!
ナックルから放たれた未知のエネルギーが内部で炸裂し、ローチの巨体が内側から破裂するように凄惨に弾け飛んだのである。
飛び散った青白い体液がマッドの逞しい腕を濡らしたが、彼は眉一つ動かさないのだった。
マッドは、この未知の合金で作られたナックルガードとその周辺が体液で溶けていないかを鋭く視認したのである。
だが、その確認作業は、背後から響いたアーサーの切迫した叫び声によって遮られたのだった。
「……マッド、そのナックルはまだ試験運用中の段階だ! あまり乱暴に扱うな!」
アーサーは叫びながら、自身のパワードスーツの右腕に装備された未来兵器、パルスレーザーを起動させたのである。
アーサーが右腕を天に掲げるように構えると、次の瞬間、視界を焼き尽くすほどの青白い閃光が一閃したのだった。
高エネルギーのレーザーは通路を横一文字に音もなく切り裂き、密集していた十数体のローチを一瞬にして蒸発させたのである。
怪物の切り口は瞬時に焼かれ、鼻を突くおぞましい異臭と共に、炭化した肉の塊が転がったのだった。
その圧倒的な殲滅力を目の当たりにし、ヴィクターが冷やかしの口笛を吹いたのである。
「……ヒュゥ! なかなか強力じゃねえの。アーサー、お前のその光るおもちゃ、案外、害虫駆除には向いてるじゃねえか。……おい、次は俺の背中に張り付いたゴキブリも、丁寧に焼いてくれよな」
「私はクリーニング業者ではない。……だが、効率的な排除という提案には同意するよ」
アーサーはバイザーの向こうでニヤリと不敵に微笑み、次々と正確なレーザー照射で敵を射抜いていくのだった。
戦闘の末、通路には五十体を超えるスター・カスケイダーの残骸が、屍の山となって高く積み上げられていたのである。
マキシマムはM60機関銃の、火傷するほど熱を帯びた銃身に唾を吐きかけ、満足げに豪快に笑ったのだった。
「ヘッ、所詮はゴミ虫だ。レベル1だか何だか知らねえが、俺たちの敵じゃねえな」
だが、マッドだけはショットガンを構え直したまま、通路のさらに奥、闇がより一層濃くなっている場所を鋭く見据えていたのである。
「……喜ぶのはまだ早いぜ、マキシマム。……今のはただの先遣隊だ。本当の『地獄』は、この先にある」
マッドの視線の先には、先ほどマキシマムが蹴飛ばしたオークの死体よりも遥かに巨大なオークの死骸が横たわっていたのだった。
その腹部の亀裂から、レベル1のローチよりも一回り以上大きく、より強固な銀黒光りする外殻を纏ったローチが、ゆっくりと這い出してくるのをマッドの野生の勘は見逃さなかったのである。
アーサーのバイザーが、今までで最も激しい警告音を鳴らしたのだった。
「……全員、最大警戒しろ! データの照合……いや、ありえない。こんな浅い階層で現れるはずが。これはレベル3……『ソルジャー級』の反応だ! まさか、これほど早く現れるとは!」
マッドは手にしたナックルガードを力強く握り直し、愛娘のリリーが捕らわれているとされる「神殿」へと続く、血塗られた道を見つめたのである。
「……まとめてかかってこい。どのみち、一匹残らず殺すつもりだ」
セクター9の閉鎖された通路に、地響きのような、新たなる怪物の不気味な咆哮が長く響き渡ったのだった。




