第4話 エリア55の秘密!? 地球外害虫駆除だ!?
モンタナ州の深く静まり返った森を、再び暴力的なローター音が引き裂いたのである。
平穏な日常を約束して去っていったはずの多用途軍用ヘリコプター、UH-60「ブラックホーク」が、再びマッド・ボーンズの山小屋へと重々しく降り立ったのだった。
だが、機体のハッチが開くよりも先に、窓の外を見たトラウトマン大佐は思わず息を呑んだのである。
眼前に広がる光景は、もはや彼が記憶している「のどかな山小屋」などではなかったのだった。
緑豊かだったはずの庭一面は、異世界の怪物たちが流した赤緑色の不気味な返り血でドロドロに汚れ、足を踏み入れることすらためらわれるほどの泥濘と化しているのである。
その血の泥沼の中には、強烈な散弾でバラバラに引き裂かれ、あるいは極限の腕力で原型を留めぬほどに叩き潰されたゴブリンたちの無惨な死骸が、あちこちに散乱していたのだった。
そして、そのおぞましい地獄の中心に、たった一人の男が仁王立ちになっていたのである。
マッド・ボーンズだった。
かつて戦場で「死神」と恐れられたその男は、頭から爪先まで大量の返り血を浴びているのだった。
剥き出しになった丸太のように太い腕は、怪物の緑色の血でベットリと染まり上がっているのである。
大佐を見つめるその瞳には、もはや父親としての優しい人間の光は一切宿っていなかったのだった。
ただ、最愛の娘を理不尽に奪った者たちに対する、底知れないほど深く、研ぎ澄まされたガラスのように冷たく鋭い殺意だけをギラギラと放っていたのである。
・・・・
「……マッド、君の愛する家をこれほどまでの地獄に変えてしまったのは、すべて我々の不手際だ」
大佐は、マッドの足元に無造作に転がっている、素手で頑丈な顎を粉砕された巨大な魔獣の死骸を見て、歴戦の背筋に冷たい氷柱が走るのを感じたのだった。
軍の最新兵装を身につけ、厳しい訓練を積んだ若きエリート兵士たちが全滅したこの現場である。
この規格外の男は、地下室に眠っていた旧式の銃器と、自らの強靱な「拳」の力だけで、この圧倒的な惨状を作り上げたのだった。
大佐は個人的には認めたくなかったが、目の前に立つ血塗れの男は、ペンタゴンが誇るどんな最新のコンピュータ戦術よりも遥かに効率的で残酷な「戦争マシーン」そのものだったのである。
マッドは大佐の心からの謝罪を鼻で冷たく笑い飛ばし、地獄の底から響いてくるような、低くかすれた声で言い放ったのだった。
「大佐。無駄話をしに来たなら今すぐそのヘリごと叩き落としてやる。……娘がさらわれた。あの紫色の、クソったれなゲートの中にだ」
大佐はマッドの全身から放たれる圧倒的な威圧感に気圧され、歴戦の将校でありながら一瞬言葉を詰まらせてしまったのである。
周囲を警戒していた護衛の若い兵士たちが、異常な殺気に慌ててM4A1カービンの銃口をマッドへ向けるのだった。
だが、マッドが分厚い首に巻いたゴールドチェーンをジャラリと不気味に鳴らしただけで、彼らの指はトリガーの上で完全に凍りついてしまったのである。
兵士たちの生物としての本能が、これに触れれば確実に死ぬと警鐘を激しく鳴らしていたからだった。
「だからこそ、私はここへ来たんだ、マッド」
大佐は努めて冷静な声を出して自身を落ち着かせ、分厚い軍用のタブレット端末を起動させたのである。
「君の規格外の力が必要だ。今すぐ部隊に戻れ。これはもはや一国、一地域だけの問題ではない。大統領からも直接の要請が出ている。世界は今、未知の侵略によって滅亡の危機に……」
「世界の滅亡だと? 笑わせるなッ!!」
マッドの雷鳴のような怒りの叫び声が、森の木々を激しく震わせたのだった。
彼は一切の躊躇なく一歩踏み出し、大佐の胸ぐらを巨大な手で荒々しく掴み上げたのである。
仕立ての良い軍服の襟が、マッドの怪力によってミシミシと悲鳴を上げたのだった。
「国だの世界だの、俺の知ったことか! 俺の任務は、ただ一つだ。リリーを連れ戻す。それだけだ」
マッドは宙に浮いた大佐をゴミのように地面へと放り投げ、地下室から運び出した年代物の銃器や、ひしゃげた鉄の棒の山を乱暴に指差したのである。
「俺を戦わせたいなら、ありったけの火力を寄こせ。戦車でも戦闘機でもいい。あいつらを根こそぎブチ殺して、更地にしてやる。それが俺の出す唯一の条件だ」
大佐は泥だらけになった軍服の土を払いながら、ゆっくりと立ち上がったのである。
その目は、マッドの中に眠る恐るべき「怪物」への恐怖を通り越し、ある種の確信へと変わっていたのだった。
「……マッド。君がどれほど腕が良くても、今この街に現れているような『不規則なゲート』を追いかけるのは不可能だ。あれはいつどこに開き、いつ閉じるか、我々にも制御できない。神の気まぐれのようなものだ。……だが、娘を救うための『確実な道』が、一箇所だけある」
マッドの冷たい瞳に、飢えた獣のような鋭い光が宿ったのである。
「どこだ。言え」
「ネバダの砂漠、地下千メートル。地図には存在しない極秘施設『エリア55』だ」
大佐は周囲の護衛兵士たちを手で制して下がらせ、マッドにだけ聞こえる低い声で語り始めたのだった。
「そこには三十年前の実験で偶然固定化され、巨大な鋼鉄のハッチで厳重に封印された『プライム・ゲート』が存在する。現在世界各地で開いている不安定なゲートは、すべてそこから枝分かれした末端の神経に過ぎん。本流であるプライム・ゲートに潜れば、必ずや娘のいる『源流』へ辿り着けるはずだ」
「なら話は早い。今すぐそこへ連れて行け。俺がその門をくぐって、敵を一人残らずブチ殺してくる」
しかし、大佐の表情は全く晴れなかったのである。
それどころか、歴戦の将校の瞳には深い絶望の色が濃く混じっていたのだった。
「そう簡単にはいかん。エリア55が封印されたのには、ゲートとは別の、より深刻な理由がある。……十年前、宇宙から飛来した未知の生命体、軍の最高機密である通称『スター・カスケイダー』が、その施設を襲撃したのだ」
大佐は手に持っていたタブレットを操作し、録画された軍の機密映像を再生したのである。
暗視カメラが捉えた緑色の映像の中には、分厚い鋼鉄の防壁を紙屑のように容易く噛み切る巨大な顎を持つ化け物が映っていたのだった。
さらには、軍用ライフルの銃弾を軽々と弾き返す漆黒の光沢を持った外殻を備えた、異形の生物が蠢き回っているのである。
それは多足虫に巨大なクモとカマキリを掛け合わせたような、鈍い銀色に不気味に光る醜悪なモンスターの群れだった。
「奴らはゲートから漏れ出る異世界のエネルギーを強靭な肉体の餌にしている。ゲートが存在する最下層の『セクター9』を完全に占領し、自分たちの繁殖のための『巣』に変えてしまったのだ。奴らが門の周辺に巣食っているせいで、我々はゲートを再起動させることも、中に入ることもできずに十年間封印せざるを得なかった。エリア55へ行くということは、異世界の怪物と、宇宙から来たスター・カスケイダーその両方がひしめく地獄の釜底へ飛び込むということだ」
大佐がその「スター・カスケイダー」という仰々《ぎょうぎょう》しい名を口にした瞬間、マッドは鼻で冷たく笑ったのである。
彼は画面の中で蠢く醜い化け物を冷ややかに見下ろすと、汚物でも見るかのように吐き捨てるように言ったのだった。
「スター・カスケイダー? フン、そんなスカした、気取った名前で呼んでやるんじゃねぇよ。……どう見ても、ただの『ローチ(ゴキブリ)』だろうが」
「……ローチだと?」
「ああ。カサカサと汚ねぇエネルギーに群がる、ただのデカい虫ケラだ。大層な名前を付けて、上層部の連中と震えてる暇があるなら、一秒でも早く特大の殺虫剤を用意しろ。俺がその巣を丸ごと、一匹残らず叩き潰してやる」
マッドの吐き捨てた言葉には、微塵の迷いも死への恐怖もなかったのである。
そこにあるのは、リリー奪還という目的遂行への純粋なまでの殺意だけであった。
大佐は呆気に取られたのだった。
ペンタゴンのトップたちが「人類の脅威」として恐れおののき、あらゆる方法で封じ込め、その名前を呼ぶことすら避けてきた絶望的な存在である。
それを、この男はただの「害虫」と断じたのだった。
だが、その狂気じみた絶対的な自信こそが、今の絶望的な世界にはどうしても必要だったのである。
「……いいだろう、マッド・ボーンズ。いや、『ローチ駆除員』と呼ぶべきかな」
大佐は重々しく頷き、待機しているブラックホークへとマッドを促したのだった。
「エリア55の上層階は、まだ誰も手をつけていない最先端兵器の研究区画だ。そこには既存の兵器を超越したパワードアーマーのプロトタイプや、電磁加速砲、さらには異星間航行を想定した未発表の特殊艦……人類の英知を結集した技術がある。重厚なハッチを解錠する権限を君に与えよう。だが、それらの怪物を使いこなせるかどうかは、君の腕次第だぞ」
「道具が俺に合わせるんじゃねぇ。俺が道具を、俺の肉体の一部にしてやるんだ」
マッドは、地面に落ちていたリリーの片方の小さな靴を、血塗れの胸ポケットの奥深くに、大切に押し込んだのである。
モンタナの青い空を、一機の黒い影がネバダの砂漠へと向かって猛烈に加速していくのだった。
それは、最愛の娘を奪われた一人の父親による、異世界の軍勢と宇宙の「ローチ(ゴキブリ)」どもを相手にした、人類史上最大の、そして最も私的な救出作成の序章だったのである。




