第3.5話 地獄の死神! 化け物の世界を更地にしてやるぜ!
凡ミスをやらかしてしまいました。
初期投稿時にこのエピソードを投稿していませんでした……
今更ですが、投稿します。
「リリーーーッ!!」
マッドの魂そのものを削り出すかのような痛切な咆哮が、深く静まり返っていた森の木々を激しく震わせたのだった。
緑色の返り血と肉片によって不気味な泥濘と化した山小屋の庭を疾走し、彼は愛車の1985年製シボレー・C-10ピックアップトラックへと飛び乗ったのである。
一秒でも早く、あの忌まわしい怪物どもを追わねばならない。
焦燥に駆られたマッドは狂ったようにイグニッションキーを回し、アクセルペダルを床の鉄板がひしゃげるほど力強く踏み抜いたのだった。
ガガッ……ガガガッ……。
しかし、非情な金属の摩擦音だけが車内に空しく響き渡り、絶対の信頼を置いていたV8エンジンは冷たく沈黙したままだったのである。
紫色のゲートから溢れ出した未知の磁場による影響なのか、あるいは先ほど庭で繰り広げられた大乱戦の流れ弾が、運悪くエンジンブロックを傷つけたのかもしれなかった。
「動け、このポンコツが! 今動かなくて、いつ動くっていうんだ!」
マッドは怒りに任せ、ステアリングホイールを叩き壊さんばかりの勢いで、血まみれの太い拳を何度も殴りつけたのである。
それでも、老兵のようなエンジンが目を覚ます気配は微塵もなかった。
フロントガラス越しの遠く離れた街道では、漆黒の毛並みを持つ巨大な魔獣に跨ったあの右目のゴブリンが、気を失ったリリーを小脇に抱えているのである。
奴はマッドの絶望を嘲笑うかのように下劣な声を上げながら、森の奥に口を開ける紫色のゲートへ向かって容赦なく加速を続けていたのだった。
このままでは、愛する娘に二度と会えなくなってしまうのである。
「……上等だ。機械が寝ぼけてるなら、俺が力ずくで叩き起こしてやる」
マッドは運転席から素早く飛び降りると、トラックの頑丈なリアバンパーにその巨大な両手をかけ、分厚いブーツで地面を深く踏みしめたのだった。
彼の極限の怒りに呼応するように、背中の分厚い筋肉が一本ずつ断裂せんばかりに恐ろしく盛り上がったのである。
「ヌゥゥゥゥン!!」
森の冷たい空気がビリビリと震えるほどの凄絶な気合と共に、二トン近い質量を持つ鉄の塊が、マッドの人間離れした怪力によってズズリと動き出したのだった。
彼はそのまま重い車体を全力で押し続け、庭の先にある急斜面へとトラックを強引に放り出したのである。
重力の法則に従い、巨大なトラックが崖下へと加速しながら激しく滑り落ちていく。
マッドは全力で走りながら、開け放たれたドアから運転席へとサーカスのように飛び込み、下り坂の強烈な加速を利用してクラッチペダルを強引に繋いだのだった。
ドガォォォォォン!!
マフラーから火を噴くような爆発的な咆哮と共に、死に体であったV8エンジンがついに目を覚ましたのである。
マッドは猛然とハンドルを切り、行く手を阻む太い木々を鋼鉄のバンパーでなぎ倒しながら、道なき森を一直線に突き進んでいったのだった。
「パパぁ! 助けてぇ!」
風に乗って、遠くで愛娘のリリーの悲痛な泣き声が聞こえたような気がしたのである。
マッドは片手で激しく暴れるハンドルを強引に固定し、助手席に放り込んでいたM4A1カービンを乱暴に掴み取ったのだった。
そのまま窓から身を大きく乗り出し、逃走するゴブリンの醜い騎馬隊に向けて、光学照準器越しに冷酷な銃口を向けたのである。
ダダダダダダダダッ!!
マズルフラッシュが森の暗闇を断続的に照らし、5.56ミリ弾の豪雨が薄暗い森の空気を切り裂いたのだった。
「ギギャアアアッ!」
群れの殿を務めていた数体のゴブリンたちが、次々と背中から無慈悲にハチの巣にされるのである。
至近距離から浴びせられる高初速の軍用弾に、緑色の汚い肌が風船のように弾け飛び、腐った内臓の肉片が森の美しい地面を汚していくのだった。
その時、一匹の巨大な魔獣馬が、乗り手のゴブリンを失って完全に暴走したまま、マッドのトラックへ真横から猛然と突進してきたのである。
「邪魔だ、この駄馬がぁ!」
マッドは走行中の運転席からさらに深く身を乗り出し、突っ込んできた魔獣の醜い顔面に向けて、岩石のような自身の右拳を真っ正面から叩き込んだのだった。
グシャッ!!
骨が粉砕される鈍い破壊音と共に、魔獣の頑丈な顎が文字通り粉々に砕け散ったのである。
巨大な駄馬は断末魔の悲鳴を上げる暇すら与えられず、強烈な衝撃で激しく横転し、後続のゴブリンたちをボウリングのピンのように巻き込んで転倒していったのだった。
残ったゴブリンたちは、巨大な魔獣の強靱な顎をただの「素手」で粉砕したマッドの異常な暴力を見せつけられ、本能的な死の恐怖に顔を醜く歪めたのである。
「ギィ、ギィッ……!」
奴らの脳裏からはリーダーへの忠誠心や復讐心など一瞬で消し飛び、クモの子を散らすように四方八方へと見境なく逃げ出し始めたのだった。
完全な烏合の衆となったゴブリン達はパニックを起こして混乱し、自らトラックの巨大なタイヤの前に飛び出す愚かな者まで現れたのである。
暴走する二トンのトラックは、飛び出してきたゴブリンを容赦なく轢き飛ばし、原型を留めないミンチ肉の塊へと変えていくのだった。
猛スピードで突き進む重厚なタイヤが、緑色の残骸を次々と無慈悲に踏み越えていく。
「……クソゴミ共が邪魔するんじゃねぇ!」
マッドが血を吐くような声で吼えるが、ステアリングホイールを通して、彼の太い腕に不気味な感触が伝わってきたのである。
猛スピードで回転する分厚いオフロードタイヤの溝に、轢き潰したゴブリンたちのネバつく赤緑色の血肉が大量にこびりついていたのだった。
さらに、粉砕した魔獣の太い腱や砕けた骨の破片が、複雑に車体の下部へと絡みついているのである。
勢いよく回転するプロペラシャフトに、ゴブリンの死体が巻き込まれ、無惨に引きちぎられていくのだった。
過負荷に悲鳴を上げる駆動系から、肉の焦げる異臭を放つ黒い煙が立ち上り、ベアリングが限界を超えた金切り声を上げるのである。
「動け……動けよ!! 俺の言うことを聞け!!」
マッドが必死に叫ぶが、長年連れ添った老兵のようなトラックはすでに限界を迎えていたのだった。
車軸に絡みついたゴミ野郎共の残骸が、精密な機械部品を致命的に蝕んだのである。
ついに駆動系が完全に焼き付き、トラックは激しい摩擦の異臭を放ちながら、重々しい金属音を立てて完全に停止してしまったのだった。
マッドはひしゃげたトラックのドアを力任せに蹴り飛ばし、そのまま全速力で薄暗い森の中へと走り出したのである。
心臓が破裂せんばかりのすさまじい勢いで柔らかい腐葉土の地面を蹴り、最短距離で道なき道を弾丸のように突っ切っていくのだった。
立ちふさがる太い枝や茂みを、鋼鉄のような巨体の体当たりで粉砕しながら、ただ一直線に突き進むのである。
前方、わずか数十メートル先だった。
禍々《まがまが》しい紫色の光を放つゲートの直前で、右目のゴブリンが魔獣の手綱を引いて足を止め、勝ち誇ったような醜い顔で背後を振り返ったのである。
奴はマッドの絶望に染まった顔を見て、底意地の悪い下卑た笑い声を上げたのだった。
そして、気を失っているリリーの金色の髪を乱暴に掴み、戦利品を見せつけるように高く持ち上げたのである。
「パパ! パパァーッ!!」
「リリーーーッ!!」
目を覚ましたリリーの悲痛な叫び声に呼応し、マッドの太い腕が必死に虚空へと伸ばされたのだった。
マッドの血まみれの手が、光り輝くゲートの縁にあと一歩で届こうとした、まさにその瞬間である。
キィィィィィン!!
脳髄を直接刺すような不快な高音が森に響き渡り、視界を埋め尽くしていた紫色の光が一点に収束し、完全に消失したのだった。
マッドの目の前に残されていたのは、元の静かな、しかし残酷なほどに何も残っていない深い森の風景だけであった。
異世界へ通じるゲートは、完全に閉じてしまったのである。
全力で伸ばされたマッドの手は、冷たい夜の空気だけを虚しく掴んでいたのだった。
「……嘘だろ、そんな……」
マッドは糸の切れた操り人形のように、その場に力なく膝をついたのである。
周囲には、彼が先ほど容赦なく粉砕した魔獣とゴブリンの残骸が、ただの不燃ゴミのように転がっていたのだった。
だが、彼にとって何よりも大切な唯一の宝物だけが、冷酷な異世界へと連れ去られてしまったのである。
「あああああああああッ!!」
マッドの深い絶望が、慟哭となって暗い森中に木霊したのだった。
彼の手の中で強く握りしめられた土が、指の隙間から泥となって止めどなく溢れ落ちていくのである。
どれほどの時間が過ぎたのだろうか。
死のように静まり返った暗い森の中で、マッドはゆっくりと立ち上がったのだった。
その瞳からは、先ほどの涙も絶望の色も完全に消え失せているのである。
ただ、研ぎ澄まされたガラスのように冷たく透き通った、純粋な殺意だけが、暗闇の中で妖しく光っていたのだった。
彼は、地面に落ちていたリリーの小さな靴を震える手で拾い上げ、心臓に近い胸のポケットへと大切にしまうのである。
そして、動かなくなった相棒のトラックの方へ、一歩、また一歩と重々しい足取りで歩き出したのだった。
「大佐……。軍に戻ってやる。……だが、条件がある」
マッドは星の見えない誰もいない空を見上げ、地獄の底から響くような怨念のこもった声で呟いたのである。
「この世界にある全火力を俺に貸せ。あのゲートをこじ開けて、化け物の国を根こそぎ更地にしてやる」
かつて戦場の死神と呼ばれた男、マッド・ボーンズの愛娘を救うための救出作戦は、最悪の形で失敗に終わったのだった。
ここから始まるのは、愛娘を奪った理不尽な異世界を恐怖のどん底に叩き落とす、人類史上最大の報復戦争の幕開けなのである。




