第30話 ファイナルバトル!ゴミ虫女王よ、地獄の底まで吹っ飛びやがれ!
「……マッド、マキシマム! どけッ!!」
アーサーの叫びとともに、過負荷でオレンジ色の火花を散らしていたパワードスーツが、耳を貫くような高周波の駆動音を上げた。
「……野郎ども、バックアップは任せたぜ。……たまには、俺にも戦士らしいところを見せさせろッ!!」
アーサーが背面のブースターを無理やり点火させ、地面を激しく削りながら弾丸のように突進した。目指すは、巨大な肉の山――クイーンの足元で、無数の触手に絡め取られたリリーの元だ。
「……アーサー! 無茶だ、シールドがもたねえぞッ!!」
マッドがプレトリアン級の首をへし折りながら叫ぶ。
だが、アーサーは止まらない。パワードスーツの全エネルギーを、機体前方のエネルギーシールドへと一極集中させた。蒼白い光の壁が、空気中の湿気を焼き、バチバチと放電しながら突き進む。
「ギ、ギギギギギギィィィッ!!」
クイーンが、自らの聖域を侵す不届きな鉄の塊に向け、数十本の触手を一斉に解き放った。一本一本が丸太のような太さを持ち、その先端からは石材をも瞬時に沸騰させる強酸が、毒々《どくどく》しい飛沫となって降り注ぐ。
「……オラァッ! アメリカの科学を舐めんじゃねえぞ、このクソ虫がッ!!」
アーサーは叫びながら、リリーに絡みついていた極太の触手へと掴みかかった。シールドが強酸の直撃を受け、激しい白煙を上げて削り取られていく。「警告:シールド残量ゼロ」「警告:装甲腐食開始」――バイザー内に赤色のエラーログが滝のように流れ落ちる。
「……ヌ、ヌゥゥゥリャァァァッ!!」
アーサーがパワードスーツのリミッターを完全にカットし、限界突破させた。アクチュエーターが悲鳴を上げ、金属が軋む嫌な音が広間に響く。彼は自身の腕が千切れるのも厭わず、リリーを拘束していた粘り気のある触手を、その根元から力任せに引き剥がした。
「……ガ、アアアアアッ!!」
引きちぎられた触手の断面から、高圧の強酸が噴水のようにアーサーへと浴びせられた。
シールドは霧散し、パワードスーツの装甲がシュウシュウと音を立てて溶け始める。酸は隙間から内部へと浸入し、アーサーの肉体を無慈悲に焼き尽くしていく。
「……アーサー!!」
ララとインディが絶叫する。
「……ハッ……ハァ……ッ。……捕まえたぜ、お嬢ちゃん……」
アーサーは、自身の激痛を押し殺し、腕の中に抱き込んだリリーを、背後に控えるマッドたちの元へと全力で放り投げた。マキシマムが飛び上がり、空中で少女をがっしりと受け止める。
「……リリーは……無事か? ……。……クソ、……身体が……動かねえ……」
アーサーの膝が、ガクリと折れた。
パワードスーツの主要回路は強酸で焼き切れ、内部の生身もまた、再起不能なダメージを負っていた。彼は地面に倒れ伏し、激しい白煙を上げながら完全に沈黙する。
「……アーサー! おい、アーサーッ!!」
ヴィクターが駆け寄ろうとするが、激昂したクイーンの触手が行く手を阻む。
「……ハッ、笑わせんなよ……。……私はもう……ダメだ……。……あとの掃除は……マッドに……任せたぜ……」
アーサーのバイザーの光が、ふっと消えた。
最先端を自負していた情報端末は、最後に仲間の命を繋ぎ、戦場にその静寂を刻んだのである。
「……あァ、分かってるよ、アーサー」
マッドが、血と硝煙に汚れた拳を握りしめ、ゆっくりと顔を上げた。その瞳には、もはや人間としての理性は残っていない。そこにあるのは、獲物の息の根を止めるためだけに研ぎ澄まされた、死神の冷徹さだけだった。
「……おい、野郎ども。……たっぷりとお返しをしてやろうじゃねえか」
地獄のどん底で、最後の「掃除」が始まろうとしていた。
「……アーサー、てめぇ……かっこつけやがって……ッ!」
マッドの絶叫が、酸の霧が立ち込める大広間に木霊した。マキシマムの腕の中のリリーは、銀蝕の毒に侵され青ざめてはいるが、確かに呼吸を繋いでいる。アーサーが文字通り命を削って作り出した、奇跡のような「生」の温もりだ。
だが、それを守り抜いた対価はあまりに重かった。
「……ギ、ギギギギギギィィィィィッ!!」
獲物を奪われたクイーンが、その二十メートルを超える巨躯を波打たせ、狂乱の咆哮を上げる。
クイーンは卵を産むために進化した腹部を自ら切断し、醜悪な血を撒き散らしながらゆっくりと前進を始めた。
怒り狂った数十本の触手が、鞭のようにしなり、大気さえも切り裂く速度で一行へと襲いかかる。
「……来るぞッ! 回避しろ、野郎ども!!」
ヴィクターとマキシマムが叫び、超振動ナイフとミスリル・ソードを構えて一歩前に出る。
だが、クイーンの攻撃は苛烈を極めていた。
一本の触手を叩き斬れば、その断面から煮え滾る強酸が噴き出し、さらなる二本の触手が背後から迫る。近づくことさえ許されない、物理的な絶望の壁。
「……マッド! 手がねえぞ! 弾は尽きた、魔法も底を突いた。……近づけねえんじゃ、あのデカブツを仕留めるどころか、俺たち全員ここで溶かされてお終いだぜッ!!」
マキシマムが、ミスリル・ソードを振るいながら吐き捨てる。
インディは魔力切れで膝をつき、ララもまた、震える手で杖を支えるのが精一杯だった。満身創痍。文字通りのどん詰まりだ。
「……放置するってのは、どうも性に合わねえ」
マッドの低く、濁った声が、戦場の喧騒を沈黙させた。
彼はゆっくりと、腰に下げていた空間収納の奥底へと手を伸ばした。
「……アーサーが命を張って繋いだんだ。……このままケツを捲って帰るのは、最高に胸糞悪いぜ」
マッドが引きずり出したのは、無骨な木箱に入った数個の塊だった。
それは魔法の道具でも、未来の兵器でもない。数々の戦場において、建物を、橋を、そして敵の拠点を跡形もなく消し飛ばしてきた、軍用の高密度プラスチック爆薬――C4だ。
「……おい、マッド……正気かよ! さっきのDボーイズのやつか? 起爆装置はどうした!? アーサーがあのザマじゃ、リモコンもクソもねえぞッ!!」
爆薬はある。だが、それを安全な距離から遠隔で起爆させる手段が、今の彼らには残されていなかった。
「……ねえなら、作るまでだ」
マッドが、爆薬の束をクイーンの触手の隙間、その醜悪な顔面へと向かって全力で投げつけた。
放り出されたC4が、空中で不格好に舞い、クイーンの粘ついた皮膚に吸い込まれるようにして張り付く。
直後、マッドはホルスターに唯一残されていた、重厚な鋼鉄の塊を抜き放った。
パルスライフルのような洗練さも、サブマシンガンのような連射性能もない。だが、マッドが最も信頼し、その一撃で全てを終わらせてきた究極の「鉄槌」。
S&W M29、.44マグナム。
「……あァ、分かってら。……地獄の門番も、この銃には腰を抜かすはずだぜ」
マッドが親指で静かに撃鉄を起こす。カチリという乾いた、重い金属音が、終焉の合図として大広間に響き渡った。
マッドがその巨大な銃身を水平に構える。
世界最強の拳銃と謳われたその鋼鉄は、クイーンが撒き散らす酸の霧を吸って鈍く光っていた。もはや自動小銃の弾丸一発すら残っていない。魔法も、仲間のバックアップもない。
「……ヴィクター、マキシマム。……耳を塞いでろ」
「……ケッ、地獄まで響くような特大のララバイを頼むぜ、リーダー!」
ヴィクターがニヤリと笑い、ララを庇うように盾となる。
マキシマムは巨大な身体で、リリーとインディを抱え込んだ。
「ギ、ギギギギギィィィィィッ!!」
クイーンが致命的な危機を察知したのか、全身の触手を一本に束ね、巨大な槍のようにしてマッドへと突き出した。死の突進が始まる。
だが、その速度はプレトリアンやソルジャー級と比べると、欠伸が出るほど遅かった。極限の集中状態にあるマッドの視界は、驚くほど冷静に静止していた。
クイーンの粘着液に張り付いている、先ほど投げつけたC4の爆薬――その一点だけが、スローモーションのように眼前に迫る。
「……あばよ、クソ女。……地獄の底まで吹っ飛びやがれ」
ドン! ドン! ドン! ドン! ドン!
シリンダー内の五発を、対象に向け全て撃ち込んだ。
広間全体が震え、大気が悲鳴を上げた。
クイーンは触手で自らの体を守ろうとしたが、.44マグナムから放たれた大口径弾は、その程度の肉壁を容易く貫通し、C4の信管代わりの中心部を正確に撃ち抜いたのである。
瞬間、すべてが圧倒的な白光に飲み込まれた。
遺跡の最奥で巻き起こったのは、魔法の火炎などではない。物理法則に従った、純粋な化学爆発だ。C4の凄まじい爆圧が、クイーンの醜悪な巨体を内側から粉砕し、逃げ場のない衝撃波が銀蝕の軍勢を、卵の山を、根こそぎ薙ぎ払っていく。
「……う、うわぁぁぁぁぁぁッ!!」
爆風に煽られ、一行は地面を激しく転がった。
動けなくなっていたアーサーの体も吹き飛ばされ、マッドたちの足元へと転がり戻ってくる。
続けるように遺跡の天井から巨大な鍾乳石が次々と崩落し、クイーンの断末魔さえも、圧倒的な爆音の中へとかき消されていった。
やがて。
激しい耳鳴りと、舞い上がる塵芥の中に、静寂が戻ってきた。
「……ハァ……ハァ……ッ。……生きてるか、野郎ども」
マッドが煙を上げるマグナムをホルスターに戻し、ふらつきながら立ち上がった。
かつてクイーンが鎮座していた場所には、黒焦げの巨大な大穴が開いている。そこには銀色の破片も、粘つく触手も、もう存在しない。あるのは、ただ黒く焦げた虚無だけだった。
「……生きてるぜ。……だが、俺の自慢の筋肉が、今の衝撃で少し縮んじまったかもしれねえ」
マキシマムが瓦礫を跳ね除け、無事なリリーを優しく抱きかかえながら立ち上がる。その横では、ヴィクターがアーサーの体を瓦礫から必死に掘り返していた。
「……アーサー。……おい、アーサー」
ヴィクターが呼びかける。
「……警告……システム、致命的なエラー……。……外部、音声入力、確認……」
パワードスーツのひび割れたスピーカーから、ノイズ混じりの声が漏れた。
「……作戦、完了……か……? ……マッド、……最後の一撃、……最高に、いい音だったぜ……」
「……ああ。お前が用意した玩具よりは、な」
マッドは力なく笑ったアーサーの破壊されたバイザーを、そっと労うように叩いた。
広間の奥から、清浄な風が吹き込んできた。
クイーンという時空の歪みが消滅したことで、遺跡の自浄作用が働き始めたのかもしれない。
マキシマムの腕の中で、リリーがかすかに目を開け、マッドたちの汚れた顔を見つめて、小さく微笑んだ。
「……帰るぞ。アメリカに」
マッドは背後を振り返らず、崩れかけた回廊を歩き出す。
「……冷えたビールと、まともな煙草が、死ぬほど恋しいぜ」




