第29話 最終害虫駆除!ゴミクソ虫どもを抹殺処分せよ!
一行が辿り着いたのは、洞窟の最奥――『女王』が鎮座する、悍ましいほどに巨大な天然の大広間だった。
天井が見えないほど高いその空間は、銀蝕虫たちが吐き出した粘液でヌラヌラと不気味に光り、壁という壁には無数の卵が脈打つように張り付いている。
だが、何より絶望的なのは、その広間にひしめき合う『兵隊』どもの異常な数だった。
「……マッド、数えたくもねえが、ざっと数百はいるぞ。ワーカーにスカウト級の雑魚どもがな」
ヴィクターが、残弾の尽きかけたレミントンを杖代りにしながら、冷徹な視線で闇を舐める。
「それに、あのデカブツ……。プレトリアン級が十数体。女王様の親衛隊ってわけか。クソッタレ、どっかの国の独裁者のパレードより豪華じゃねえか」
「……あ、あぁ……なんて数なの……。お父様、お母様、ごめんなさい……。わたくしたち、ここで銀蝕虫の餌になるのですわ……」
インディがガチガチと歯を鳴らし、魔法薬の空瓶を握りしめて震えている。ララもまた、顔を真っ青にしながら、杖を必死に支えていた。二人の体力はもはや限界に近く、立っているのが奇跡に近い状態だった。
そして、その広間の最奥。
体長二十メートルを超える巨大な肉の塊が、不気味に脈動していた。
『クイーン』。
ドラゴンの死体すら糧にし、銀蝕の呪いを撒き散らす全ての元凶。
その醜悪な巨体からは、周囲の空気を腐らせるほどの強酸の霧が溢れ出しており、その足元には、無数の触手に絡み取られ、供物のように固定されたリリーの姿があった。
アーサーは、次元収納装置から、未来兵器であるパルスライフルを取り出す。
「……君たちがお気に召さないパルスライフルだ。弾薬はさっきまでの戦闘でほとんど使ってしまったが、無いよりマシだろう……。最終戦だ、これを使うか?」
マッドがその銃を手に取り、重さを確かめるように弄んだ。本物の兵士にとって、プラスチックと電子部品で構成されたその武器は、ひどく頼りなく見えた。
「……ケッ、映画に出てくるオモチャの銃かよ。……まぁ、指を咥えて見てるよりはマシだな」
「同感だぜ。こんなのであの化け物が倒せるなら、俺の筋肉の苦労は何だったんだって話だ」
マキシマムが、毒づきながらもパルスライフルをひったくるように受け取った。
「……おい、マキシマム。そのオモチャ、意外とご機嫌な音を奏でるかもしれねえぜ。……弾倉を叩き込め。地獄の合唱会の始まりだ」
先ほど未来の同胞から譲り受けた5.56ミリ小銃を背負ったヴィクターが、冷たい笑みを浮かべ、パルスライフルのセレクターをフルオートにセットした。
「……アーサー、リリーの容体は」
マッドの声が、戦場の静寂を切り裂く。
「……生きてる。だが、クイーンの生体サイクルに組み込まれつつある。……ゆっくりしてると、あの子の魂まで銀蝕に飲み込まれるぞ、クソッタレが」
「……そうか」
マッドが、パルスライフルの装填レバーを引いた。乾いた金属音が、広間にひしめく数百のローチたちの耳に届く。
「……よし、野郎ども。……音楽を奏でるぜ。この異世界のクソ穴だろうが、やることは変わらねえ」
マッドが、獰猛な獣の瞳でクイーンを睨みつけた。
「……汚物は消毒だ。一匹残らず、肉片にしてやりやがれッ!!」
「ギ、ギギギギギィィィィィッ!!」
マッドの号令に呼応するように、銀色の海が波打ち、数百のワーカーとスカウト級が一斉に、飢えた牙を剥いて一行へと襲いかかった。
「……ッ、来やがった! 全員、クソを漏らす前に引き金を引けッ!!」
マッドの怒号が響くと同時に、大広間を埋め尽くしていた銀色の波が爆発したように動き出した。数百のストライカー級が、その鎌のような前脚を打ち鳴らし、壁や天井を縦横無尽に走りながら殺到してくる。
「『エクスプロージョン』!! 寄るな、この不浄な虫ケラどもがぁぁぁッ!!」
最前列でララの杖が火を噴いた。
魔力回復薬の過剰摂取で鼻血を流しながらも、彼女が放った火球は密集したスカウト級の真っ只中で炸裂し、轟音とともに数十体の銀色の殻がオレンジ色の爆炎に包まれ、バラバラの肉片となって四散する。
「『タイフーン』!! この世の理を壊す者よ! 吹き飛びなさいッ!!」
続けてインディが、残された魔力のすべてを絞り出すように杖を振り抜く。広間の中央に発生した局地的な竜巻が、炎から逃れたローチたちを巻き込み、壁に叩きつけ、卵の山をグズグズに粉砕していく。
だが、それでも足りない。
ローチの群れは、仲間の死骸すら踏み越えて加速する。魔法で空いた穴を埋めるように、次から次へと銀色の影が闇から湧き出し、その鋭利な爪が一行の喉元へと迫る。
「……ケッ、魔法のお遊びはそこまでだ。ここからは『鉛』の時間だぜ!」
ヴィクターが、両手に手にしたパルスライフルとHK416の銃床を肩に深く押し込んだ。
ダ、ダダダダダダダダッ!!
乾いた、それでいて耳をつんざくような電子的な発射音が大広間に反響した。Dボーイズから引き継いだ5.56ミリ通常弾と、パルスライフルから発射される特殊弾が、ワーカーやスカウト級の硬質な甲殻を容易く貫通し、その内部で炸裂する。
「……ハッ、意外とご機嫌な銃じゃねえか。反動もねえし、まるでゲームのコントローラーを握ってる気分だぜ!」
ヴィクターが冷たい笑いを浮かべ、迫りくるローチを的確に射貫いていく。狙撃手としての天賦の才が、フルオートの火器を手にしたことで、完全な歩く殺戮機械へと変貌させていた。
「……フン、こんな軽い引き金、撃ってる実感が湧かねえよ。……やっぱり銃ってのは、肩にズシリとくる重みがあってこそだッ!」
マキシマムが、ミニガンの反動で赤黒く腫れ上がった右腕の激痛を無視してパルスライフルを乱射する。
「オラァッ! 戦場じゃ、こんなハイテクな『玩具』なんて拝めなかったぜ! ありがたく地獄へ持っていきやがれッ!!」
マキシマムとマッドの二人にとっては、パルスライフルの滑らかな動作は、どこか不気味で頼りなく感じられた。だが、その殺傷力は本物だった。彼らが銃口を向けるたびに、高速で迫るスカウト級の頭部が完熟したスイカのように弾け飛び、広間は緑色の体液と硝煙の入り混じった、最悪の戦場へと変貌していく。
「……マッド、弾幕を絶やすな! プレトリアン級が動き出したぞッ!!」
アーサーの叫び。
数百の雑魚を盾にするようにして、十数体のプレトリアン級が、クイーンを護衛する位置からゆっくりと前進を開始した。彼らはソルジャー級とは比べ物にならない重厚な装甲を持ち、パルスライフルの特殊弾でさえも、その巨体にダメージが入っている様子はない。
「……ようやく、マシな獲物のお出ましだな」
マッドが空になったマガジンを蹴り落とし、新しい弾倉を叩き込んだ。
「……野郎ども、弾を惜しむな! 女王様に挨拶する前に、まずはこの番犬どもの首を獲るぞ!!」
銀色の死神たちが、一行を包囲するようにしてその巨大な鎌を持ち上げた。
目の前には、同族の死体の山を踏み越えて進み出る十数体のプレトリアン級。その銀色の重甲殻は、炸裂弾を数発受けた程度では火花を散らすだけで、致命傷には至っていない。
「マッド! こいつら、さっきのドラゴンローチに比べりゃ、殻が薄いぜ! 何とかなりそうだ!」
残弾が少ない状況を皮肉るようにヴィクターが叫び、パルスライフルをフルオートで叩き込む。だが、弾丸の嵐の中でも、プレトリアン級は着実に距離を詰め、巨大な鎌を振り上げていた。
「……アーサー。この『玩具』、もう弾切れだぜ。……ここからは俺たちの流儀でいかせてもらう」
マッドが、最後の一連射を撃ち尽くしたパルスライフルを棍棒のように振り回し、迫りくるプレトリアン級の顔面に渾身の力で叩きつけた。
ガシャンッ!!
高価な精密兵器が無残にひしゃげ、電子火花を散らしながら地面に転がる。
「……フン、やっぱり自分の拳に勝る得物はねえな」
マッドは、血の滲んだナックルガードを固め、野獣のような笑みを浮かべた。
「……マッドの言う通りだ! こんなスカスカの銃じゃ、腹の虫も収まらねえッ!!」
マキシマムもまた、弾切れの銃を放り捨て、背中に背負っていた魔銀の長剣を抜き放った。シャドウ・クロウから継承したその青白い刃が、大広間の淀んだ空気の中を鋭く切り裂く。
「……ヴィクター、お前もだ! そのチマチマした狙撃ごっこは終わりだぜ!」
マキシマムの怒号に応えるように、ヴィクターもまた腰から超振動ナイフを抜き放った。パワードスーツの予備バッテリーを直結し、高周波で震える刃が「キィィィィン」と耳を突く金属音を奏でる。
「……ああ、分かってら。……たまには、泥臭いダンスも悪くねえ」
次の瞬間、マッド、ヴィクター、マキシマムは、自らプレトリアン級の群れへと突っ込んだ。
それはもはや近代戦ではない。地獄から這い上がってきた男たちによる、純粋な暴力の爆発だった。
「オラァッ!!」
マッドの鋼のような拳が、銃床でヒビの入ったプレトリアン級の複眼を粉砕する。殻が割れる「グシャリ」という感触が、彼の拳を伝わって脳髄を刺激する。
続けてマキシマムが、ミスリル・ソードを大上段から振り下ろした。
「……細切れになりやがれ、このクソ虫野郎ッ!!」
魔法の刃は、プレトリアン級の重厚な腕を紙細工のように切り落とし、その勢いのまま巨体を縦一文字に両断した。
ヴィクターは、蛇のような身のこなしで怪物の懐に潜り込み、超振動ナイフを関節の隙間へと突き立てる。高周波の刃が肉を焼き切り、中枢神経をズタズタに破壊する。
「……ハッ、案外脆いじゃねえか。……ドラゴンローチの爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいぜ」
十数体の親衛隊が、男たちの異常な闘志に押され、一体、また一体と緑色の体液を撒き散らす肉塊に変えられていく。
だが、その狂乱の戦場の中心、クイーンの足元で、無数の触手に絡め取られたリリーが、今にも銀蝕の毒に飲み込まれようとしていた。
「……リリー!!」
ララの悲鳴が響く。
クイーンの巨大な腹部が激しく脈動し、リリーを固定している触手から、ドロドロとした強酸の粘液が溢れ出し始めていたのである。




