第27話 異世界最強決戦!ドラゴンローチをブッ殺せ!
マキシマムは、手にした魔銀の長剣を正眼に構え、ペッと床に唾を吐き捨てた。
「ドラゴンの威を借るゴキブリ野郎が……。そのツラ、俺が直々《じきじき》に整形してやるぜ!」
マキシマムの全身の筋肉が、怒りと闘志で異様に膨れ上がる。パワードスーツという文明の殻を失い、原生的な魔獣の甲殻を纏った今の彼は、この地獄の環境に最も適応した、飢えた野獣そのものだった。
ヴィクターはレミントンのスコープを覗き込み、目の前の巨大なモンスターを入念に調べ始めた。
「マッド、あいつの装甲は今までのローチとは違うぜ。体全体が鱗状になっていやがる。関節の弱い可動部を狙うなんて小細工は無理そうだ。クソッタレが」
「ヴィクター様! かつてこの国の勇者がドラゴンに挑んだ時、首の下に剣を突き立てたという伝承が残っておりますわ。唯一の弱点として語り継がれている場所です!」
インディの必死の助言を受け、ヴィクターは再びドラゴンローチの首元へとスコープを向けた。
「……ああ、いいアドバイスだお嬢ちゃん。確かにそこだけ、鱗の形が違う場所があるぜ」
ヴィクターが狙撃を開始しようとした、その直後だった。
「……ヴィクター、待て」
マッドが、ショットガンの銃身を無造作にドラゴンローチへと向けたまま、低く、濁った声で呟いた。
「お前の腕でも、あんなバケモノを一撃で仕留められる保証はねえぞ。……それより、マキシマムの『アレ』はねえのか?」
「……あァ?」
ヴィクターが、一瞬だけマッドの方を振り返る。その視線の意味を理解した瞬間、百戦錬磨のスナイパーの口元が、信じられないものを見るように歪んだ。
「……ハッ、正気かよ、リーダー。……パワードスーツなしでアレをぶっ放したら、マキシマムの自慢の筋肉、骨ごと消し飛ぶぞ」
ドラゴンローチとの膠着状態が続く。しかし、戦いの火蓋が切られるのは時間の問題だった。怪物が太い四肢を踏み鳴らし、地響きを立てて突進の構えを見せ始める。
「……マキシマム!!」
ヴィクターが、スコープ越しにドラゴンローチの複眼を狙いながら、喉が裂けんばかりに叫んだ。
「……お前の空間収納の中に、まだデカイのを眠らせてんだろ! ……M134ミニガンだよ、コノ野郎ッ!!」
「……あァ!? バカ言うな! アレはパワードスーツのハードポイントに固定して撃つもんだ! ……生身の俺が手持ちで撃ったら、最初の数秒で腕が千切れて、残りの時間で俺自身がミンチになるわッ!!」
「……その自慢の筋肉は、飾りか、コノ野郎ッ!! 出し惜しみするなら、俺がきっかけを作ってやるぜ!」
ヴィクターが、冷徹に引き金を引いた。
放たれた徹甲弾がドラゴンローチの複眼の一つに命中し、緑色の体液が派手に弾け飛ぶ。
突然の痛撃に不快感を現した怪物は、怯むどころかさらに狂乱し、喉の奥から超高熱のドラゴンブレスを吐き散らした。
高熱の炎と強酸の奔流が、インディの『ウィンド・シールド』を直撃する。
「キャァァァァァッ!!」
「なにメチャクチャやるのよ!!」
インディの悲鳴。そして怒りを露わにするララ。
風の魔法壁がシュウシュウと嫌な音を立てて溶け始め、防ぎきれなかった酸の飛沫が、ララの魔導衣の裾を焼き、彼女の白い肌を赤く焦がしていく。
「……ぐ、ウォォォォォォッ!! インディ!! ララ!!」
仲間が傷つけられる様を見たマキシマムの瞳が、血のように赤く染まり、ついに覚悟を決めた。
「……ケッ、仕方ねえ……! 俺が甘ちゃんだったぜ。腕の一本や二本、あいつのクソ面を拝むための授業料にしてやるわッ!!」
マキシマムが咆哮し、手にしたミスリル・ソードをマッドへと乱暴に投げ渡した。
「俺にはやっぱりこれだ。その剣はマッド、お前に預けるぜ!」
代わって、空間の歪みから彼の両腕に現れたのは、悍ましいほどの重量感と冷たさを湛えた、六本の砲身を持つ鋼鉄の怪物――M134ミニガンであった。
「……インディッ!! 泣いてる暇があったら、俺にありったけの強化魔法をかけやがれッ!! ……筋肉が千切れる前に、あいつを肉片に変えてやるッ!!」
マキシマムの怒号が、強酸の飛沫が弾ける湿った洞窟内に反響する。
彼の両腕には、もはや人間の筋力で扱う範疇を超えた鋼鉄の塊が、鈍い銀色の光を放ちながら鎮座していた。給弾ベルトが空間の裂け目から大蛇のように這い出し、背後に背負った巨大な弾薬バックパックへと繋がっている。
「マキシマム様……ッ、は、はいっ! 『大地の剛力』! 『鋼の肉体』! 『狂乱の脈動』!!」
インディが涙目で杖を激しく振り回す。蒼白い光の帯が幾重にも重なり、マキシマムの巨体を完全に包み込んだ。
ミリミリと、不気味な音が鳴る。それは高位魔法によって無理やり限界を超えて膨張し、鋼鉄のごとき硬度へと変質していく、マキシマムの筋肉が上げる悲鳴だった。
「……ぐ、あああああッ! 熱いぜ、血管が焼き切れそうだッ!!」
マキシマムの太い首筋に、どす黒い血管がミミズのように浮き上がる。
パワードスーツの補助なしで、毎分三〇〇〇発の猛烈な反動を受け止めるための「生身の固定台」へと、彼は自らの肉体を強引に造り変えていた。
「……マキシマム、準備はいいか。……あいつの首筋に、地獄をたっぷりとお裾分けしてやれ」
マッドがショットガンを腰に構え直し、冷徹な視線でドラゴンローチの巨体を見据える。
「……ケッ、準備もクソもあるかよ、隊長殿。……俺の腕が千切れるのが先か、あいつがミンチになるのが先か、賭けようじゃねえか!」
ドラゴンローチが、損傷した複眼をグチャグチャと音を立てて再生させながら、巨体を震わせて咆哮した。
「ギ、ギギギギィィィィィッ!!」
その口蓋の奥、ドラゴンの喉を模倣した気管が不気味に発光し、今度は広範囲に拡散する強酸ブレスが、一行を完全に飲み込もうと解き放たれる。
「……インディ、ララ! 私の背中に隠れろッ!!」
アーサーが残った全電力をシールド発生器に回し、一歩前に出る。
「……マキシマム、撃てッ!! 物理法則なんてクソ食らえだッ!!」
「……全くだッ!! 徹底的な大掃除の時間だぜ、このクソ虫野郎がぁぁぁぁぁッ!!」
マキシマムの太い指が、ミニガンのトリガーを限界まで引き絞った。
ヴ、ヴゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッ!!
ヴァーーーーーーーーーーーーーァァァァァァァーーーーーーーーーーーッ!!
瞬間、洞窟内のすべての音が消失し、代わりに雷鳴のような重低音の連なりが空間を完全に支配した。
六本の銃身が、肉眼では捉えられない速度で回転を始める。
マキシマムの腕を、トラックに撥ねられたかのような凄まじいリコイル(反動)が襲う。魔法で極限まで強化された上腕二頭筋が激しく波打ち、足元の石畳が反動に耐えかねて、クモの巣状に砕け散った。
「……オラァッ! 死ね! 死ね! 死ねぇぇぇッ!!」
銃口から伸びたのは、一筋のマズルフラッシュなどではない。
それは秒間五十発もの7.62ミリ弾が織りなす、極太の「死のレーザー」であった。
ドラゴンローチが放った強酸のブレスを、徹甲弾の嵐が物理的な質量で強引に押し戻し、その巨大な首筋へと無慈悲に叩きつけられる。
「ギ、ギャァァァァッ!?」
ドラゴンの鱗とローチの甲殻を掛け合わせた「最強の装甲」が、激しい火花を上げて徹甲弾を跳ね返し、跳弾が広間に凄まじい勢いで飛び散った。
だが、弾かれてもマキシマムはトリガーを緩める気を全く見せない。
そこへアーサーのパルスライフルのエネルギー弾が加わり、マッドとヴィクターが手榴弾を雨あられと投げ込む。
「出し惜しみなしだ!」
弾幕が唯一の弱点である「鱗の隙間」に着弾すると、ドラゴンの甲高い金切り声が遺跡の底に響き渡った。
弱点近くの固い鱗状の甲殻が耐えきれずに弾け飛び、火花と緑色の体液、そして腐肉の塊が、嵐のような銃声と共に四方八方へと飛び散っていく。
「……ハッ、いいザマだ! 鉛玉の味はどうだ、このハイブリッド野郎ッ!!」
ヴィクターが、ミニガンの轟音に負けない声で凶悪に笑い、レミントンのボルトを弾く。
だが、ドラゴンローチもまた、死の淵から這い上がった「異常個体」であった。
首の周辺から顔面にかけて、半分以上の肉を徹甲弾の暴力で削り取られながらも、怪物はその強靭な四肢を震わせ、強引に距離を詰めようと地響きを立てて突進してきたのである。
「……止まらねえ! 弾を惜しむな! 叩き込めッ!!」
マッドの号令と共に、地獄の乱打戦が最終局面へと突入した。
「ガ、ガギギギギギッ!!」
顔面の半分を吹き飛ばされながらも、ドラゴンローチは止まらない。それどころか、傷口から高圧で噴き出した緑色の体液が、周囲の石柱を飴細工のように溶かし、視界を最悪の酸の霧で覆い尽くした。
「信じられませんわ! もう再生が始まっていますわ!」
インディが絶望の声を上げる。脅威の生命力を持つ怪物は、砕けた甲殻の下で肉を蠢かせ、新たな装甲を即座に成形し始めていたのだ。
「……ッ、このしぶといゴキブリ野郎が! 腕が、腕がもげるぞ、クソッタレ!!」
マキシマムの絶叫。
ミニガンの反動が、魔法で鋼鉄化した上腕筋を内側から破壊しようと暴れ狂う。足元の石畳は粉砕され、彼の両足は膝まで瓦礫に埋まっていた。だが、指はトリガーを離さない。離せば自分が肉塊になることを、戦士の本能が理解していた。
「……マキシマム、堪えろ! 奴に鉛玉を浴びせ続けろ!!」
ヴィクターが叫び、目や口など、再生の追いつかない柔らかい部位へ徹甲弾を精密にブチこむ。
「アーサー! エネルギーシールドを維持しろ! 酸の霧で前が見えねえッ!!」
「……言われなくてもやってるッ! 出力限界だ、回路が焼き切れるぞ!」
アーサーのパワードスーツが過負荷で警告光を放つ。
「……みんな! インディが……もうもたないわ!」
ララが悲痛な声を上げる。インディは鼻血を流しながら、必死に魔法壁の維持に魔力を注ぎ込んでいた。極限状態の恐怖と過密な魔力消費により、彼女の意識は混濁しかけている。
だが、ララは硝煙と返り血に汚れながらも、一歩も退かずに怪物を睨みつけた。
「……やらせない……。わたしたちは絶対に、負けない!!!!!」
ララが血の混じった唾を吐き捨て、杖を前方へ突き出す。
「燃えカスも残さず、消えなさいッ!! 『ファイナルエクスプロージョン』!!」
瞬間、ミニガンの掃射線と交差するように、巨大な火球がドラゴンローチの腹部へ直撃した。
ズドォォォォォンッ!!
爆炎が酸の霧を強引に焼き払い、怪物の巨体がわずかに浮き上がる。
「……今だ、畳み込めッ!!」
マッドの怒号が響く。
「……オラァッ!! 全部持ってけ、この出来損ないがぁぁぁ!!」
マキシマムが断裂しかけた筋肉に鞭打ち、ミニガンの銃身をさらに強く押さえ込む。残弾カウンターがゼロに向かって猛烈な勢いでカウントダウンを開始。給弾ベルトが摩擦音を立て、数千発の鉛の奔流がドラゴンローチの胸部装甲を文字通り削り取っていった。
「……ギ、ギェ……アァァ……ッ!!」
断末魔。怪物の巨体が後方へと大きく仰反る。
「クソが、まだ生きているのかよ!!」
ヴ、ヴゥゥゥゥゥゥ……ッ!!
空虚な回転音。ついに残弾がゼロになった。
「……ハァ、ハァ……ッ! 腕が、腕が笑ってやがる……ッ」
マキシマムが膝から崩れ落ち、赤熱した鋼鉄の塊を投げ捨てる。インディが気絶寸前で治癒魔法を流し込んだ。
だが、怪物はまだ「死」を認めていなかった。
巨大な風穴を開けられながらも、狂乱の極致に達したドラゴンローチは、全身の甲殻を異常な高熱に帯びさせ、ひび割れた隙間から煮えたぎる強酸の蒸気を全方位へ噴出させようとしていた。
「やはり、魔核を破壊しないとドラゴンは倒せないわ」
脱力するララの瞳から生気が失われていく。
「おい姉ちゃん、その魔核とやらをぶち壊せば、ゴミクソ虫は殺せるってことだな」
だが、マッドの瞳には、一切の敗北の色はなかった。
「……マッド! 離れろ! 触れただけで骨まで溶けるぞッ!!」
アーサーが叫ぶが、マッドの声は地獄の底から響くような静寂を湛えていた。
「……離れるだと? 誰に口を利いてる、アーサー」
彼は空のショットガンを捨て、代わりに鈍く輝くナックルガードを両拳に握りしめた。
「ヴィクター、援護しろ。……一瞬でいい」
「……ケッ、無茶を言いやがる。……だが、お前の死に顔を拝むのは今日じゃねえはずだ」
ヴィクターが最後の一発を薬室に送り込み、怪物の露出した心臓を狙う。
「……死ね。この出来損ないが」
ドンッ!!
ヴィクターの放った一撃が、強酸の霧を切り裂き、怪物の肉を貫いた。
一瞬の硬直。ドラゴンローチの動きが止まる。
「……オラァッ!!」
その一瞬の隙に、マッドが地を蹴った。
魔法壁の外は、降り注ぐ強酸のシャワー。それらが彼の肩の肉を焼き、衣服を溶かす。だがマッドは眉一つ動かさない。自らの肉が焼ける苦痛さえも、加速のための燃料に変えていた。
「……邪魔する奴は強制退場してもらうぜ」
マッドが怪物の懐へ飛び込み、拳にすべての力を込める。魔力を吸い込んだナックルガードが、白銀色に眩しく輝く。狙うは心臓のさらに奥、魔力を司る『魔核』。
「……くたばれッ!!」
ドゴォォォ――――――ン!!!
白銀に輝く拳が、怪物の胸郭を粉砕し、魔核を木端微塵に砕き散らした。
純粋な魔力と真っ白な閃光が噴き出す。
「ギ、ギャ、アアアアアアアアアアアッ!!!」
ドラゴンローチの巨体が内側から爆発する光に包まれ、のたうち回る。
マッドは弾き飛ばされながらも着地し、汚れたナックルガードを無造作に振って体液を払った。
「……ハッ、派手な花火じゃねえか」
最強の生物を苗床にした最悪の異形は、敗者のように無様に体を叩きつけ、やがてその生命活動を完全に停止したのである。
「……ハァ、ハァ……。クソが、死ぬかと思ったぜ……」
マキシマムがインディに支えられ、よろよろと立ち上がった。
「……マキシマム、生きてるか。その汚ねえツラを拝めるってことは、地獄の門番に追い返されたようだな」
ヴィクターがタバコを吹かす真似をして、ペッと唾を吐く。
「……ケッ、当たり前だろ。あんなゴミ虫野郎と一緒に地獄行きなんて、御免被るぜ……ッ! あ痛てて……」
インディとララも魔力を使い果たし、肩で息をしていた。
「……マッド、無事か」
アーサーが歩み寄る。マッドのスーツはボロボロで生々しい火傷の跡があったが、その瞳は冷徹なままだった。
「……ああ。問題ない」
マッドは次元格納装置からミスリルソードを取り出し、マキシマムに手渡した。
「マキシマム、これはお前の勲章だ。返しておくぜ」
「隊長は結局、殴るからな」
マキシマムが剣を受け取る。
マッドの視線の先。
ドラゴンローチが守るように鎮座していた場所の奥に、幾何学模様のない純粋な岩の洞窟が口を開けていた。そこからは、かつてないほどの不気味な拍動と、死の香りが漂ってきている。
「……リリーはここにはいない。もっと奥だ」
「……あそこが女王の庭か」
ヴィクターが目を細める。「もう特殊弾は尽きた……通常弾が僅かってところだな。次は空砲を鳴らすことになるかもしれねえぜ」
「……だったら、次は俺がこのミスリルソードで、トカゲも虫もまとめて切り刻んでやるよ」
マキシマムが強気な笑みを浮かべた。
「……行くぞ。リリーが待ってる」
マッドが先頭に立ち、再び闇の中へと足を踏み出す。
深淵の底、最後にして最大の戦いへと、一行は静かに進んでいった。




