第25話 片目のゴブリンの最後!地獄に落ちなゴミ野郎!!
「……ヒ、ヒヒ……無駄ダ……全テ無駄ダ……その化け物もシンダ……」
片目のゴブリンが、残された唯一の眼球を血走らせ、マッドたちを見下ろしていた。
その眼には、死を目前にした恐怖ではなく、自分たちをこの地獄へ引きずり込んだことへの歪んだ達成感が宿っている。
マッドが静かに歩み寄り、磔にされたゴブリンの目の前で足を止めた。声のトーンは驚くほど低い。
だが、傍らに立つララとインディには分かっていた。それが、マッドの怒りが臨界点を超えた時の「音」であることを。
「……手遅レだ……と言ッタハズだ……。アノ娘ハ……『女王』に選バれた……」
ゴブリンはゴボリと血を吐きながら、なおも呪いの言葉を続ける。
「今頃ハ……下層デ……あの忌々《いまいま》しい神ノ一部ニ……なッテイル頃ヨ……。オ前タチニ残サレタノハ……絶望ト……死ダケだ……。ヤガテ奴ラに……コノ世界ハ滅ボサレル……ヒヒ……カハッ……人間……オ前タチノ……負ケだ……」
その嘲笑は、静かな祭壇に不気味に響き渡った。
ララはあまりの不吉さに耳を塞ぎ、インディは震える手でマッドの背中を見つめる。
救い出したかった少女が、自分たちの手が届かない深淵で、取り返しのつかない運命に翻弄されているかもしれない。
その事実に、一行の士気が削り取られていく。
だが、マッドは動じなかった。
絶望に染まることも、怒りで我を忘れることもなく、ただ無機質な手つきで腰のショットガンの弾倉を確認した。
「……アーサー。今の話、信じるか?」
「……生理学的な根拠はないが、プレトリアン級が獲物を生きたまま運ぶ理由は一つしかない。……女王への供物、あるいは幼生体の苗床だ。……急がなければ、本当に間に合わなくなる」
アーサーのバイザー越しに、冷徹な生存確率が弾き出される。マッドはその数値を背中で受け止め、ゆっくりとショットガンのスライドを引き絞った。
ガチャン。
金属が噛み合う乾いた音が、ゴブリンの嘲笑を遮った。
「……胸クソが悪いぜ」
マッドが銃口を、ゴブリンの額のど真ん中へと突きつける。
この異世界でも、マッドという男の「裁き」に揺らぎはなかった。
「……待テ、人間……マダ話ハ……」
ゴブリンの唯一の眼が、初めて恐怖に大きく見開かれた。
交渉、懐柔、あるいは最期の命乞い。そのどれもが口から溢れ出す前に、マッドの指が冷徹に引き金へと絞り込まれる。
「地獄へ落ちな、ゴミ野郎」
ドォーーンッ!!
至近距離から放たれた12ゲージの散弾が、炸裂した。
石柱に響き渡る轟音。ゴブリンの醜悪な嘲笑は、その頭部とともに木端微塵に砕け散り、祭壇の壁には赤黒い飛沫が無造作な絵画のようにぶちまけられた。
反動で跳ね上がったショットガンを、マッドは無造作に腰へと戻す。
そこには一切の感慨も、復讐の達成感すらなかった。ただ、目の前の汚物を片付けたという、事務的な手触りだけが残っていた。
「……マッド……」
ララが呆然と呟く。
魔法という神秘を操る彼女たちにとって、マッドの振るう暴力は、あまりに直接的で、あまりに「乾いて」いた。
「行こう。あのゴミクズが何か期待しているってことは、まだリリーは生きてるって証拠だ」
マッドは振り返らず、扉を見据える。
「……マッドの言う通りだ。奴はリリーを『切り札』だと思い込んでいた。なら、まだ生きている可能性が高い」
ヴィクターが顔の血を拭い、レミントンに弾薬を噛み締めるように装填する。
「……フン、待たせたな。シャドウ・クロウの旦那に貰ったこの剣、まずはプレトリアン級の首で試し斬りさせてもらうぜ」
マキシマムが、魔銀の長剣を力強く振り下ろす。青白い光が闇を切り裂き、彼の纏う銀蝕虫の甲殻が、戦士としての凄みをさらに引き立てていた。
アーサーがバイザーを叩き、深層へと続く座標を指し示す。
「……ルート確定。これより最終下層……ドラゴンの謁見の間へ突入する。……諸君、いよいよ最終戦だ」
「……上等だ。地獄の底まで追いかけてやる」
マキシマムは剣をレリーフにセットする。するとレリーフの周辺がミスリルの魔力で光の筋となり、幾何学的な模様を眩しく浮かび上がらせた。
そして、数千年の封印を解かれた重厚な扉が、腹の底を揺らす轟音とともに開いたのである。
一行は、リリーの消えた闇の中へと、真っ向から足を踏み入れていくのだった。




