第22話 突入龍の穴!宇宙外生命体の恐怖!?
宿場町ドラグノフを後にしたピックアップトラックは、アーサーによる修理最適化と精緻なエンジンの再調整を経て、昨日までとは比較にならないほど軽快で、かつ暴力的なまでに力強い排気音を連峰に響かせていた。
乾いた砂埃を猛烈に巻き上げ、四輪の重厚なタイヤが山岳の荒れた土を力強く蹴り上げる。
車体は唸りを上げ、まるで生気を取り戻した飢えた獣のように、険しい斜面を突き進んでいったのである。
「マッド、次の分岐を北西よ! その先に、この辺りの冒険者が忌み嫌う『空白の領域』への入り口があるわ!」
助手席に座るインディが、膝の上に広げた手垢に汚れた古い地図と、窓外を流れる険しい岩肌を交互に見やりながら、鋭い声でナビゲーションを行う。
彼女が展開する『ウィンド・サーチ』の不可視の触手は、前方の空間に漂う、生理的な嫌悪感を伴うほどの異常な魔力の歪みを敏感に察知していたのである。
一方、荷台ではララが身を低くし、強風に髪をなびかせながら、鋭い眼光で周囲の原生林を警戒していた。
彼女の指先はいつでも得物を抜けるよう最適化されており、木々の隙間から何者が飛び出してきても即座に仕留めるだけの、静かな闘気を纏っていたのである。
そして、切り立った崖を回り込んだ先の、わずかに開けた林の広場に「それ」は鎮座していた。
――龍の穴。
それは、自然の摂理を根底から否定するような、悍ましい姿を晒していた。
周囲の岩肌は、まるで巨大な魔獣の爪によって無理やり抉り取られたかのように、不自然なほど滑らかに剥き出しになっている。
その先には、太陽の光を拒絶するような深淵へと続く、天然の洞窟を模した「異界への産道」が、冷たい湿気を吐き出しながら口を開けていたのだ。
アーサーは車が完全に停止するよりも早く、パワードスーツのバイザーを起動し、地形データのリアルタイム照合を開始した。
「……信じられん。バイザーに表示される地形データが、あの日……地球側のゲート周辺の形状と、九割以上一致している」
アーサーの声が、気密ヘルメットのスピーカー越しに、隠しきれない戦慄を伴って震えていた。
「本来、異次元ゲートの入り口はここにあったということか。この抉られたような地形は、次元の衝突による物理的な消滅跡だ。領主たちが魔法で封印しようとして失敗した原因はこれだ……ここは単なる洞窟ではない。二つの世界が無理やり縫い合わされた、次元の結節点そのものなんだよ」
アーサーの言葉に、車内の空気は一瞬にして氷点下まで凍りついた。
一行は慎重に車を降り、戦士としての本能を研ぎ澄ませながら、その不気味な「口」へと一歩ずつ足を踏み入れていったのである。
・・・・・
「龍の穴」の巨大な口が、赤茶けた岩肌にぽっかりと開いたその境界線。
原生林の濃密な緑と、無機質な遺跡の石材が残酷に交差するその場所で、ヴィクターが鋭い制止の声を上げた。
「……止まれ」
彼は愛銃レミントンM700を低く構え、スコープを通さず、肉眼で周囲の原生林を凝視した。
その瞳は、獲物の気配を察知した山猫のように、一分の隙もなく周囲の空間をスキャンしている。
「……どうした、ヴィクター。なにか見えたのか?」
マッドがピックアップトラックのドアを音もなく閉め、ナックルガードを握り直して問いかける。
ヴィクターは答えず、一分近い濃密な沈黙の後、ゆっくりと頭を振った。
「……いや、気のせいかもしれない。だが今、あそこの太い幹のあたり……空間が、陽炎みたいに不自然に歪んだ気がしたんだ」
その言葉に、荷台でM60を抱えていたマキシマムが、弾帯をジャラリと不気味な音を立てて鳴らした。
「幽霊でも出たか? 湿気たジャングルにゃ、よくある幻覚だぜ。俺だってさっきから、木の上が妙に騒がしいのが気になってるがな……」
マキシマムは冗談めかして言ったが、その指は既に重機関銃のトリガーガードに深く添えられている。
ベテラン兵士たちが本能的に感じ取っている「何かに見られている」という、背筋を凍らせるような不快な視線。
それは、もはや気のせいで済ませられる次元を超えていた。
だが、一行の中で唯一、その視線の「正体」を正確に把握している者がいた。
(……バイザーに熱源反応あり。距離一五〇、樹上。……数は三。……いや、五だ。完全に背景と同化してやがる。正確な場所までは特定できん……!)
アーサーはパワードスーツのバイザーに表示される、微弱な空間の乱れを凝視し、気密ヘルメットの中で冷や汗を流していた。
光学迷彩。
それも、現代地球の科学技術を遥かに凌駕するレベルの「不可視」だ。
(ここで口にすれば、マキシマムたちがパニックで乱射し始める。そうなれば、この包囲網から生きて脱出するのは不可能だ。奴らはまだ、俺たちを獲物と定めていない……今は、進むしかないんだ)
「……マッド、先を急ごう。リリーの魔力反応がこの奥の深層から出ている。入り口で時間を食うのは得策じゃない」
アーサーの、努めて冷静を装った進言に、マッドは短く「……行くぞ」と応じた。
一行は背後に張り付く「見えない死神」の気配を肌で感じながら、死地への入り口である「龍の穴」の内部へ。
慎重に岩肌が続く洞窟を進むと、ある所で世界が変貌した。
「龍の穴」の入り口を通過した一行を待ち受けていたのは、湿った土と岩肌が続く天然の洞窟ではなく、物理法則をあざ笑うかのような人工的な回廊であった。
「……っ、何ですの、これは……!? 龍の穴の内部は、ただの入り組んだ岩穴のはずではありませんの!?」
助手席から降りたインディが、自身の知識と眼前の光景とのあまりの乖離に、眼鏡の奥の瞳を大きく見開いた。
彼女の指が、恐る恐る壁面に触れる。
そこにはゴツゴツとした突起など微塵も存在せず、鏡面のように滑らかに切り出された巨大な石材が、隙間一つなく敷き詰められていた。
「信じられないわ……。私、何度もこの近くまで調査に来たことがあるけれど、こんな巨大な建造物がこの中に隠されているなんて、一度も聞いたことがないわよ!」
荷台から飛び降りたララも、得物を握る手を震わせ、困惑を露わにした。
現地ガイドとして、そして熟練の冒険者として培ってきた彼女たちの「常識」が、音を立てて崩れ去っていく。
入り口から数十メートル。
日の光が差し込まなくなる距離までは確かにただの岩穴であったはずだ。
しかし、ある一点を境に、天井まで届く重厚な石柱と、幾何学的な紋様が刻まれた壁面に支配された「超古代遺跡」が姿を現したのである。
「……驚くのも無理はない。インディ、ララ。ここは通常の手段では決して見つけることのできない場所だ」
アーサーがパワードスーツの足音を石床に響かせながら、壁面に刻まれた精密な彫刻をスキャンした。
「ゲートの転移……つまり、俺たちの世界《地球》が繋がった際の莫大なエネルギーの余波が、周囲の時空を歪めてしまったんだ。本来なら数階層下に存在するはずの遺跡の一部が、空間の折り畳み現象によって、地表近くの入り口へと無理やり接続されている」
アーサーはバイザーに表示される不安定な空間座標の数値を凝視し、冷徹な声で補足した。
「一種の認識阻害だ。時空の歪みがレンズのような役割を果たし、外部からの視線や魔力探査を屈折させていたんだろう。……今の俺たちには、それが『開かれた』状態で見えているに過ぎない」
アーサーの語る理論は、インディたちにとっては魔法以上に難解で、かつ恐ろしい現実を突きつけていた。
ここはただの遺跡ではない。
次元の裂け目と、失われた超技術が混ざり合った、この世ならぬ「異界」そのものなのだ。
一行を包み込む遺跡の空気は、肺の奥まで凍りつかせるような死の静寂を伴い、見る者の理性を静かに侵食していくような圧倒的な威圧感を放っていたのである。
遺跡のさらに深部へと歩を進めるにつれ、空気の密度は増し、肺腑を突き刺すような乾いた冷気が一行を包み込んでいった。
ララが灯した魔法の光が、壁面に刻まれた夥しい数の彫刻を妖しく浮かび上がらせる。
そこには、翼を持つ蛇や、多腕の巨人が矮小な人間を蹂躙する地獄絵図が、気の遠くなるような密度で刻まれていたのである。
「……おい、ヴィクター。お前、これに見覚えはねえか?」
マキシマムがM60の銃口を向けた先――巨大な石柱の基部に刻まれた、三角形を複雑に組み合わせた奇妙な紋様を指差した。
ヴィクターがその紋様に触れようとして、寸前で指を止めた。
手袋越しですら、その石材が発する異常な冷気が伝わってきたからだ。
「……ああ。ある。でも実物なのかよ……」
ヴィクターの瞳が、スコープを覗き込むスナイパーのそれへと鋭く変貌する。
「一九八七年だ。中米のジャングルで、行方不明になった友軍のヘリを捜索しに行った時……現地の古い遺跡の地下層に、これと全く同じ紋様があった。その直後、俺のチームは『見えない死神』に襲われたって《《物語》》だった」
「……『映画プレデター』だな」
マキシマムが、場違いなほど乾いた、冷え切った声で呟いた。
「昔、ベースの映画観賞会で観たシュワルツェネッガーの映画だよ。……あの映画に出てきた、生贄の儀式を行うアステカやマヤの紋様に、気味が悪いほど似てやがる。ただの偶然にしちゃあ、できすぎだぜ」
その言葉が、単なる兵士の軽口ではないことを、マッドの直感が激しく肯定していた。
遺跡内部の空気は、物理的な重圧を伴って一行の皮膚を撫で、どこか遠くで響く水滴の音すらも、侵入者を拒絶する警告のように聞こえる。
そして、その「音」は静寂を切り裂いて聞こえてきた。
カチ、カチ、カチ……。
それは、生物の鳴き声にしてはあまりに無機質で、機械の作動音にしてはあまりに生理的な嫌悪感を伴う「喉鳴らし」の音だった。
音は頭上の暗闇から、あるいは滑らかな石材の壁の向こう側から、反響しながら着実に近づいてくる。
獲物をじっくりと品定めし、喉の奥で舌を鳴らすようなそのクリック音は、一行を嘲笑うかのように遺跡全体に響き渡ったのである。
「……来るぞ。銃のセーフティを外しておけ」
マッドの低い、地を這うような号令が、不気味な音の波を切り裂いた。
ナックルガードを嵌めた彼の拳が、静かに、しかし力強く握り込まれる。
この古代の静寂の裏側に、あの映画と同じ殺戮者が潜んでいることを、彼は確信していたのである。




