第18話 炎上オーク村!豚の丸焼き作戦!
V8エンジンの暴力的な重低音が、静寂に包まれていた異世界の街道を激しく震わせた直後のことだ。
「ギギィィィッ! ギガァァァッ!!」
村の入り口に陣取っていたコボルトたちが、鼓膜を劈くような裂ける声を張り上げた。
犬の頭部を持つ醜悪な魔物たちは、錆びついた剣を乱暴に振り回しながら、一斉にこちらを指差したのである。
「チッ、野良犬どもが。……マキシマム、吠えさせてやれ!」
マッドの鋭い号令とともに、ピックアップトラックの荷台から、網膜を焼くような強烈なマズルフラッシュが閃いた。
「おうよ! 鉛の雨で、どいつもこいつもミンチにしてやるぜッ!!」
マキシマムが、車載されたM60機関銃のトリガーを容赦なく引き絞った。
ダダダダダダダッ!! という、空気を切り裂く激しい連続発射音。
七・六二ミリ弾の豪雨が、突撃しようとしたコボルトたちの群れを正面から無慈悲に切り裂き、ただの肉塊へと変えていったのだ。
高度な魔法の防具など持たぬ下級の魔物にとって、近代兵器の圧倒的な掃射は、抗うことすら許されない天災そのものだった。
頭部が柘榴のように弾け、四肢が文字通り「もぎ取られ」、平和だったはずの街道は一瞬にして赤黒い血の海と化したのである。
「……信じられませんわ……。魔法の詠唱も、触媒の気配すらなく、あんな……あんなデタラメな破壊が……」
助手席に座るインディが、窓の外で繰り広げられる凄惨な地獄絵図に青ざめた顔で絶句した。
彼女の知る「遠距離攻撃」の常識と長年の経験が、マキシマムの放つ圧倒的な硝煙の暴力によって根底から塗り潰されていったのである。
「感心してる暇なんてないわよ、インディ! 前を見なさい!」
ララが荷台の上で、激しく揺れる車体を片手で必死に支えながら叫んだ。
街道の先、村を囲む巨大な木製の防壁が、その威容を現し始めていた。
太い丸太を幾重にも組み合わせた頑強な門は、オークたちの桁外れの怪力によって、今まさに閉じられようとしていたのだ。
「マッド! あの門、このまま突っ込んだらトラックがバラバラになるわよ!」
「分かってる! ……マキシマム、門のかんぬきを狙え!」
「無理だ、マッド! 厚みが違いすぎる。弾丸じゃあ、あの丸太を粉砕する前に車体が激突しちまうぜ!」
マキシマムが機関銃の咆哮に負けじと叫び返すが、マッドはトラックの速度を一切落とさなかった。
むしろマッドはアクセルをさらに床まで踏み込み、時速百キロという常軌を逸した速度を維持したまま、巨大な木壁へとぐんぐんと近づいていったのである。
「……おい、そこの爆発女!」
マッドが、バックミラー越しに鋭い視線でララを睨みつけた。
「お前のそのデカい杖は、飾りか? 門ごと吹き飛ばせるか!」
「はぁ!? 誰が爆発女よ! ……いいわよ、やってやろうじゃない!」
ララが不敵な笑みを浮かべ、はち切れんばかりの豊かな胸を大きく逸らして、自慢の魔導杖を天高く掲げたのだ。
「ただし、射程まで近づきなさい! 私の『エクスプロージョン』は、至近距離ほど火力が跳ね上がるんだから!」
「……ヴィクター、ララの援護だ。敵の矢を一本も通すな!」
マッドの冷徹な指示が飛ぶと同時に、荷台の隅に身を潜めていたヴィクターが、音もなくスナイパーライフルを水平に構えたのである。
城壁の上では、醜悪なオークの射手たちが、どす黒い矢を番え、今まさに引き絞ろうとしていた。
だが、その汚れた指が弦を放つよりも早く、ヴィクターの放った弾丸がオークの眉間を次々と正確に射抜いていったのだ。
重い肉塊となったオークたちは、悲鳴を上げる間もなく、奈落の底へと突き落とされていったのである。
「……行きますわよ、皆様! 『ウィンド・ベール(風の加護)』!」
助手席でインディが、お嬢様らしく優雅に、かつ迅速に魔導杖を振るった。
疾走するトラックの周囲に、淡い緑色の光の渦が瞬時に巻き起こったのである。
空気抵抗が魔法的に消失し、城壁から降り注ぐオークの矢は、不可視の風の魔法壁によって無力に弾き飛ばされていったのだ。
「風のシールドか。良い仕事だ……全開で行くぞ! 舌を噛むなよ!」
マッドの獰猛な声に応えるようにV8エンジンがレッドゾーンへと突入した。
最高潮に達したエンジンの爆音が、周囲の空間を完全に支配したのである。
爆走するピックアップトラックは、もはや制御不能の暴走機関車となって、真っ直ぐに地獄の門へと突っ込んでいった。
「……ッ、射程まで、あと少しですわ!」
インディが、フロントガラス越しに迫りくる巨大な木門を睨みつけ、悲鳴に近い声を上げたのである。
激しい車体の振動により、彼女のタイトなローブに包まれたグラマラスな肢体は、不作法なほどに扇情的に揺さぶられていた。
知的な眼鏡が僅かにずれ、上気した白い肌には、一筋の汗が妖艶に滲んでいたのだ。
「……マッド、これ以上近づけば、私の魔法壁が保ちませんわ!」
「……根性で保たせろ! ララ、準備はいいか!」
マッドはアクセルを床まで踏み込み、路上を這うコボルトどもを容赦なく跳ね飛ばしながら、狂気の突進を継続した。
「誰に向かって言ってるのよ! ……いつでも行けるわよッ!!」
荷台に立つララが、はち切れんばかりの爆乳を真っ赤な魔道衣から溢れさせ、大きく仰け反ったのである。
彼女の全身からは、見る者の網膜を焼くほどの爆発的な魔力が、紅蓮の渦となって噴き出していた。
逆巻く風に舞う赤い髪、そして飢えた獣のように爛々《らんらん》と輝く瞳だった。
彼女は巨大な魔導杖を、まるで最愛の恋人を抱きしめるように、しなやかで力強い動作で構えたのである。
「……私の火力で、塵一つ残さず飛び散りなさい!!! 『グラビティ・エクスプロージョン』!!」
ララの杖の先端から、極大の炎の塊が解き放たれたのだ。
それは単純な火球などではない。
超高温の純白の炎が、重力魔法によって限界まで圧縮された、純粋な死の凝縮体だった。
ドォォォォォォーーーーン!!
トラックの鼻先、わずか数十メートルの至近距離で、圧縮された爆炎が全方位へと炸裂したのである。
巨大な木門は、爆発の凄まじい衝撃波によって、太い丸太の一本一本までが小枝のように爆散し、木っ端微塵に粉砕された。
続けて荒れ狂う爆炎がオークたちの悲鳴を飲み込み、街道を一瞬にして真っ赤な灼熱の地獄へと変え、障害物を全て焼き尽くしたのである。
「……なんて、なんてデタラメな火力ですの……!」
インディが、爆風に揺れる車内で、唖然として荷台のララを見上げたのだ。
この魔法は、慈悲など一切介さない、純粋な「暴力」として放たれた殺戮の炎だった。
マッドたちの近代兵器と、この極大爆発魔法が引き起こした凄惨な光景に、インディは戦慄を通り越し、背筋を凍らせるような死神への恐怖を肌で感じていたのである。
「ハハハ! 豚の丸焼きの出来上がりだぜッ!!」
マキシマムが、狂ったように重機関銃を掃射し続けながら、赤々と炎上する門の残骸に向かって、鉄の獣を突入させた。
砕け散った門を潜り抜けたその先に待っていたのは、これまでとは次元の違う重圧を放つ、オークたちの「聖域」だったのである。
砕け散った門を潜り抜けたその場所は、もはやただの村ではなく、血と欲望に塗れたオークたちの「聖域」だったのだ。
村の最奥から、全身を鈍く光る魔法銀の鎧で固めた、オークの重装歩兵団が、地響きのような重い足音を立てて出現したのである。
「……マッド、奴らの鎧には高度な魔法の耐性がありますわ! 私が皆様に、身体能力向上の支援魔法を……!」
インディが、お嬢様らしい優雅な動作で魔導杖を高く掲げ、静かに、だが力強く詠唱を始めた。
「……『アギト・ブースト(神速の加護)』。……皆様、少し体がかろやかに……」
淡いひすい色の魔法の光が、疾走する車内の全員を優しく、かつ強力に包み込んだのである。
極上の魔法の強化を受けた瞬間だった。
マッドの冷徹な瞳に、もはや人間のものではない、飢えた獣のような狂気が宿ったのだ。
「……あいつら、俺のトラックを汚しやがったな」
マッドが、猛スピードで走行中のトラックのドアを、蹴り破るような勢いで乱暴に開け放ったのである。
「ちょっと、あんた!? 正気なの!?」
荷台から叫ぶララの制止も聞かず、マッドは爆走するトラックから、無造作に荒れ果てた地面へと飛び降りた。
「……これ以上やつらの汚ねぇ血で、大事なトラックを汚したくねえ。……豚野郎ども、まとめて挽き肉にしてやる」
慌ててアーサーが運転席に滑り込み、無人のハンドルを力強く握り直した。
「運転を変わるときは事前に言ってくれたまえ」
マッドの強靭な体が、インディの放った支援魔法によって、装着したパワードスーツの物理的限界すらも超えて異常加速したのだ。
彼は凄まじい砂塵を背後に巻き上げながら、鉄壁を誇るオークの重装歩兵団を目掛けて、たった単身で正面から突っ込んでいったのである。
「……ハッ。リーダーがその気なら、俺たちもやるだけだぜ」
ヴィクターがニヤリと好戦的な笑みを浮かべ、愛用のスナイパーライフルを構え直した。
「……さあ、殺戮の時間だ。豚肉のミンチを、たっぷり作ってやるぜ」
「……アギト・ブースト、フルドライブですわッ!!」
インディが叫び、彼女の杖の先端から放たれた極大のひすい色の魔力が、マッドの背中へと真っ直ぐに突き刺さった。
その決定的な瞬間、マッドの視界から一切の「音」が完全に消え去ったのである。
心臓の激しい鼓動が、一秒間に数回という異常なピッチで跳ね上がった。
血管を流れる熱い血潮が沸騰し、脳内から溢れ出したアドレナリンが、世界の動きを極限のスローモーションへと叩き落としたのだ。
「ガアァァァッ!!」
マッドは文字通り一発の「弾丸」となって、オーク達が陣取る邪悪な祭壇へと一直線に突っ込んで行く。
そこに待ち構えていたのは、体高三メートルを優に超え、魔法銀の分厚い重装甲を纏った絶望の象徴、オークキングだった。
豚の頭部を持つ醜悪な巨躯は、幾多の返り血で赤黒く染まった巨大な戦斧を、天を突く雄叫びとともに大きく振り下ろしたのである。
「ギボォォォォォッ!!」
超重量の戦斧が周囲の空気を引き裂き、そのすさまじい衝撃波だけで周囲の石畳が爆発したかのように激しく飛散した。
だが、限界を超えて加速したマッドにとって、その必殺の一撃は、完全に止まっているも同然だったのだ。
マッドは空中で軽やかに身を捻り、振り下ろされた斧の側面を足場にするようにして一蹴りした。
そのまま慣性を殺さず、オークキングの無防備な懐へと深く潜り込んだのである。
「……汚ねえ顔だな、豚野郎」
マッドの鋼鉄の右拳が、オークキングの分厚い顎を、真下から容赦なく突き上げた。
バコーン!!
硬質なナックルガードが、魔法銀で作られた強固な喉当てを容易く砕き、オークキングの巨躯を強引に宙へと浮かせたのである。
「ガッ……フギッ!?」
絶対的な力を持つオークキングは、一体何が起ったのかも全く理解できず、無様な声を漏らす暇すら与えられなかった。
マッドは着地と同時に、インディの支援魔法がもたらした「超高速の連撃」を無慈悲に開始したのだ。
オークキングは、己の身に降り注ぐ災厄を全く理解できなかった。
ただの人間如きが。
剣も持たずに無謀に突っ込んで来る奴など、最初の一撃でただの肉塊にする予定だったのだ。
だが、現実は残酷なまでに違ったのである。
左、右、左、右。
一秒間に十数発。
極限まで強化された無数の拳が、重戦車の装甲をも易々と歪ませる絶対的な圧力で、オークキングの腹部と胸部を滅多打ちに叩き続けた。
強固なはずの魔法銀の鎧が、マッドの拳の形に次々と無惨に変形し、内側の臓器が次々と破裂する不気味な衝撃音が、連打の爆音に混じって周囲に響き渡ったのである。
「これで……終わりだッ!」
マッドは、オークキングが断末魔と共に吐き出した不浄な血反吐を全身に浴びながら、最後の一撃を放ったのだ。
腰の捻りを極限まで加えた渾身のストレートが、魔法銀のグレートヘルムを真っ向から粉砕した。
鋼鉄の拳はそのまま兜を突き破り、その奥にあるオークキングの眉間へと深々と吸い込まれたのである。
バキィィィィンッ!!
強固な金属が粉々に砕け散る高い音が響き渡った。
それと同時に、オークキングの巨大な頭部が、太い首の骨ごと後方へと無残にへし折れたのだ。
山のような巨躯が祭壇の太い柱に激突した。
爆発したかのような激しい土煙を上げて、絶対的な支配者はそのまま永遠に沈黙したのである。
強大な力を持つオークキングが屠られたことで、統率を失った残党のオークたちは、蜘蛛の子を散らすように四方へと逃げ出していったのだ。
しかし、荷台で杖を構えるララが、それを慈悲深く許すはずもなかった。
「逃がさないわよ、この不潔な豚ども! 『ファイアーボール』!!」
彼女が魔導杖を振るうたびに、はち切れんばかりの豊かな胸元が激しく揺れた。
そのしなやかな肢体が描く扇情的な弧を、ヴィクターが冷徹な眼差しでスキャンし続けていたのである。
「あんた、さっきから何を見てるのよ! 無駄口叩いてないで仕事しなさいよ!」
「……フッ、いいもん見せてもらったぜ」
ヴィクターはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
彼は愛用のスナイパーライフルで、逃げるオークの背中を、一輪の花を散らすように的確に射抜いていったのである。
「……あんた、やるじゃない。口だけじゃないのね」
「お前もな、爆発女」
その頃、マッドは粉砕された祭壇の瓦礫の中で、オークキングが身につけていた装飾品の中に、明らかに異質な存在を見つけた。
それは、不気味に、だが神々しく脈動する、深紅の結晶だったのである。
結晶を固定する重厚な台座には、禍々《まがまが》しくも美しいドラゴンの細工が施されていたのだ。
「……これが、『ドラゴンの宝玉』か」
その宝玉にマッドの指先が触れた瞬間だった。
パワードスーツの回路を焼き切るような強烈な電流が走り、全身の細胞が沸騰するように活性化していったのである。
インディの支援魔法とはまた別の、生命の根源を強制的に書き換えるような圧倒的な熱量だった。
未知の力が、マッドの肉体を内側から再構築していったのである。
「……なんだ、この力は。これがこの世界の魔法具というやつなのか。……いいぜ。これだけの力があれば、ドラゴンだろうがローチだろうが、確実にブチのめしてやれる」
マッドの瞳は、宝玉の放つ禍々しい輝きを写し取り、不気味な紅色に染まっていた。
その冷酷な表情は、大切な娘を救い出すためなら、悪魔にさえ魂を売ることを厭わない、修羅そのものだったのである。
ちょうどそこへ、土煙を巻き上げながらピックアップトラックが到着し、アーサーが運転席から転がるように降りてきた。
「頼むよマッド、運転を代わる時は一言言ってくれたまえ。私の繊細な神経が持たないよ」
「結果オーライだ。……気にするな」
マッドは、返り血を拭いもせず、ぶっきらぼうに応じたのだ。
「……皆様、本当にお怪我はありませんか!?」
インディが、全身を真っ赤な返り血で染め、紅い瞳を爛々《らんらん》と輝かせるマッドの横顔を見た。
彼女は恐怖と混乱が入り混じったような表情で、静かに息を呑んだのである。
「インディ、気にするな。俺は掠り傷一つ負っちゃいねえ。……ヴィクター、水をよこせ」
「リーダー、受け取れ」
ヴィクターが次元格納装置から冷えたミネラルウォーターを取り出し、放り投げたのだ。
マッドはそれを一口だけ含むと、残りの全てを、己の頭から豪快にぶっかけたのである。
「ちょっと! いきなりこんなところで、何をなさるんですの! 汚水が飛んできましたわ!」
助手席にいたインディに、血の混じった汚水が僅かに飛び散った。
だがマッドは、それを気にする様子もなかったのである。
「……ゴミ掃除は完了だ。豚の丸焼きが、真っ黒に焦げ臭くなっちまったがな」
マッドは再びアクセルペダルを床まで踏み抜いたのだ。
V8エンジンが、勝利を確信するような猛々《たけだけ》しい唸り声を上げた。
そして一行は、丸焦げになったオークの村を後にしたのである。




