第17話 豚面オーク? あいつに生きる価値はない!!
アーサーが携行していた未来の装備用リペアキットを使い、ピックアップトラックの「蘇生」は驚くほど順調に進んでいたのである。
この八〇年代製のピックアップトラックは、鉄と油だけで作られた、現代の軟弱な車とは一線を画す頑強な魂の塊だったのである。
「マッド、今だ、繋げろッ!」
マッドの鋭い号令とともに、アーサーがパワードスーツの高出力エネルギーセルを、トラックの剥き出しになった配線へと力任せに叩きつけたのである。
バヂィッ! と、青白い激しい火花が散り、長らく死んでいたはずの重厚なセルモーターが「ギュルルルッ!」と苦悶の声を上げたのだった。
「マキシマム、燃料だ! 喉元まで一気にぶち込めッ!」
「おうよ、死ぬほどたっぷり飲ませてやるぜッ!」
マキシマムが、火炎放射器のノズルをキャブレターへと直接差し込み、軍用の高熱燃料を勢いよく噴射したのである。
一瞬、時が止まったかのような静寂が戦場を支配した。
直後――。
ゴフ・ゴフ・ドゴォォォォンッ!!
爆発的なバックファイアとともに、八気筒《V8》エンジンが数十年の眠りを破って、暴力的な咆哮を上げたのである。
マフラーから吐き出された真っ黒な煙が、エルドリアの美しい石造りの街並みを容赦なく汚していくが、それは文明の逆襲を告げる狼煙のようでもあった。
「現代の車なら、基板が一つ焼ければただの箱だ。だが、この時代のアメリカ製は違う。電子部品なんて軟弱なもんに頼らねえ、単純な物理法則だけで動くんだ。最高にクールだろ?」
アーサーが、汚れにまみれた顔で、だが誇らしげにバイザーを上げたのである。
腹に響く凄まじい重低音の振動に、見守っていたララが「ひゃあッ!?」と短い悲鳴を上げて飛び上がったのである。
「な、なによこの音! 地震!? それとも地底から龍でも目覚めたの!?」
「……まあ、何とも野蛮で、けれど生命力に満ちた力強い響きですわね」
ララが、はち切れんばかりの豊かな胸を激しく揺らして驚く傍らで、インディは眼鏡の奥の瞳を輝かせ、風に舞うガソリンの芳香にすら、知的好奇心を隠さず鼻を動かしていたのである。
「へへっ、アメリカ製のタフさを舐めるなよ。……おい、姉ちゃんたち、ぐずぐずするな! 振り落とされたくなきゃ、さっさとその見事なケツを荷台に放り込みな!」
マキシマムが笑いながら、荷台にガチリと据え付けた重機関銃のボルトを引き、戦闘準備を完了させたのである。
ヴィクターはと言えば、助手席側のドアをスマートに開き、「お嬢様、どうぞ」とインディを優雅にエスコートする……ふりをしながら、彼女が車内に乗り込む際の、タイトなローブが強調する見事なヒップラインを、背後から冷静に、かつ執拗にスキャンしていたのだった。
「……ヴィクター、お前あとで殴るぞ」
マッドはそう低く呟くと、アクセルペダルを床まで深く踏み込んだのである。
タコメーターの針が跳ね上がり、車体全体が獲物を狙う凶暴な獣のように震えたのだった。
ララは文句を言いながらも、自慢の長い脚線美を翻して、荒っぽく荷台に飛び乗った。
「ちょっと! 私を乱暴に扱ったら、承知しないんだからね! 私の魔力、こいつの燃焼室に直接流し込んでブーストしてあげようか?」
「余計な真似はするな。この馬が熱狂しすぎて爆発するぜ」
マッドはギヤをローに叩き込み、クラッチを一気に繋いだのである。
ギュルルルルッ! と、ミシュランの古タイヤが石畳を激しく削り、凄まじい白煙を上げた。
「うわわっ!? ちょっと、急に動かないでよ!」
荷台でバランスを崩したララが、マキシマムの岩のように太い腕に、図らずも抱きつく形になったのである。
「おっと、危ねえぜお嬢ちゃん。……こいつはそこらの駄馬よりずっと気性が荒いんだ」
「……アンタ、腕が太すぎよ……生き物じゃなくて岩でも触ってるみたいじゃない」
ララが顔を真っ赤にしながら体を離すと、マキシマムは腹の底から豪快に笑い飛ばしたのだった。
トラックは、呆気に取られて立ち尽くすエルドリアの衛兵たちの横を、突風のような猛スピードで駆け抜けたのである。
「……何だ、あの鉄の獣は……魔法の気配が一切しないぞ!」
「あんな速度で疾走する物が、この世に存在したとは……!」
背後で遠ざかる衛兵たちの驚愕の声を、V8エンジンの圧倒的な爆音がかき消していく。
正面に見えるのは、荒野を切り裂くように真っ直ぐに伸びる、「龍の穴」への死の街道。
マッドは、埃まみれのフロントガラス越しに、遥か北に見える険しい連峰を、殺意を込めて睨みつけたのである。
「待ってろよ、リリー。……トカゲ野郎に喰われる前に、その鱗を一枚残らず剥ぎ取ってやる」
異世界の荒れた街道を爆走するピックアップトラック。
魔法の文明に、これまで存在し得なかった「スピード」という名の暴力的な概念が、今、激しい風となって吹き荒れていたのである。
・・・・
砂塵を巻き上げ、異世界の街道を爆走するピックアップトラックの車内には、V8エンジンが吐き出す暴力的な轟音と、軍用燃料が不完全燃焼を起こした独特の刺激臭が充満していた。
だが、前方の視界が急激に開けた瞬間、マッドは迷うことなくブレーキペダルを床まで強く踏み抜いたのだった。
「キャァァッ!!」
急激な減速による強烈な慣性が、車内の美女二人を襲ったのである。
助手席に座っていたインディは、タイトなローブがはち切れんばかりに豊かな胸元を、隣のヴィクターの腕に激しく押し付け、眼鏡を歪ませながら短い悲鳴を上げたのだった。
荷台に乗っていたララもまた、勢いよくマキシマムの岩のように強固な胸板へと衝突し、極端に短い魔道衣の裾から、若々しくも肉感的な太腿を大胆に晒しながら、野性的な吐息を漏らしたのである。
「な、なによ急に止まったりして! 舌を噛みそうになったじゃないの!」
「そうですわ、あまりに乱暴ですわ……心臓が止まるかと思いましたわ」
顔を赤くしてまくし立てるララと、乱れた胸元を整えるインディに対し、マッドは冷徹な瞳を前方へと向けたまま低く応じたのである。
「おい、姉ちゃんたち。文句を言う前に前をよく見ろ。道に『ゴミ』が散らばってやがるぞ」
マッドが指差す先をインディは、ずれた眼鏡を慌てて掛け直し凝視したのである。
街道を完全に塞ぐように、丸太を組み上げた粗末ながらも巨大な城門と、幾重にも重なる汚れた天幕が姿を現していたのだった。
それは、本来存在し得なかったはずの街道を力ずくで完全封鎖した、醜悪な魔物たちの「関所」だったのである。
アーサーがバイザーの望遠機能を起動させ、その詳細を精密にズームした。
「……あれはオークだ。複数の個体を確認。手前で這いずり回っている小さいのはコボルトの群れだな」
「……おかしいですわ、あり得ませんわ」
インディが窓の外を凝視しながら、自らの豊かな胸元を不安げに強く押さえたのである。
「ここは王国の直轄地……。これほど大規模なオークの野営地など、存在するはずがございませんわ」
「銀蝕虫に住処を追われて、山から降りてきたのよ!」
荷台で巨大な杖を構えるララが、忌々《いまいま》しげに唾を吐き捨てたのである。
門の周辺では、オークの配下となり下がった犬頭の魔物「コボルト」たちが、卑屈に鼻を鳴らしながら巡回を繰り返していたのだった。
幸いなことに、V8の爆音は強烈な追い風によって前方へは届いておらず、奴らはまだこの「鉄の獣」の接近に気づいていないようであった。
「……マッド、無益な戦闘は避けるべきですわ」
インディが、その潤んだ瞳に冷静な光を宿して提案したのである。
「これほどの数、正面から突破すれば、いくら貴方たちの鉄の車とて保ちませんわ。ここは一度引き返し、裏道を探すべきかと……」
「はぁ!? 何を弱気なこと言ってるのよインディ!」
ララがグラマラスな肢体を怒りに震わせ、杖を高く振り上げたのである。
「あんな汚らわしい豚ども、私のファイアボールで一匹残らず焼き豚にしてやるわよ! 道を空けさせるのが先決でしょ!」
「落ち着けララ。……アーサー、奴らに知能があるなら、交渉の余地はあるか?」
マッドの問いに、アーサーがバイザー越しにオークたちの行動パターンを分析しようとした、その瞬間だった。
「「絶対に無理です(わ)!!」」
ララとインディの声が、かつてないほど激しく重なったのである。
「いい、あんたたち! オークの恐ろしさを知らないの!?」
ララが血相を変え、震える声でまくしたてたのである。
「あいつらに捕まった女は……死ぬことさえ許されないのよ! 廃人になるまで、性欲の限り犯され続けて、オークの汚い子供を産まされるだけの『苗床』にされるのよ! 男なんて、生きたまま解体されて、その日の晩飯の具材にされるのが関の山よ!」
「左様ですわ。奴らにとって他種族は『苗床』か『食料』、その二択しか存在しませんの!」
インディもまた、その白い滑らかな肌を粟立たせ、おぞましい想像に身を震わせたのである。
「慈悲も、対等な交渉も、あの卑劣な豚の頭には存在しませんの。奴らに心を許した瞬間に、待っているのは地獄以下の絶望だけですわ!」
「「オークに、生きる価値なんて万に一つもないわ!!」」
ララとインディの、魂を削るような怒りと恐怖の叫びを聞きながら、マッドは無造作にショットガンの残弾を確認し、ナックルガードをガチリと威嚇的に鳴らしたのである。
「苗床……食料……。どっかで聞いたような、反吐が出る話だな」
マッドの脳裏に、大切なリリーを連れ去った片目のゴブリンと、寄生を繰り返すあの銀色の虫どもの姿が、鮮明に重なったのである。
「……俺の娘の邪魔をするなら、豚だろうが神だろうが関係ねえ。そこを退かねえなら、全員まとめて挽き肉にするだけだ」
「……マッド様、待ってくださいまし!」
インディが、双眼鏡の代わりに取り出した望遠レンズでオークの砦の最深部を覗き込み、鋭い声を上げた。
「あそこ……オークの族長と思われる個体の首飾りに、異常な魔力の波長を感じますわ。……あれは、まさか『ドラゴンの宝玉』!?」
「ドラゴンの宝玉だと?」
マッドが眉をひそめる。
「ええ! 間違いないわ!」
ララが身を乗り出して叫んだ。
「あの宝玉は、古の龍の力が結晶化したものよ! 身につける者に、底知れない『身体能力の向上』と、あらゆる攻撃を弾く『守りの加護』を与える伝説の魔道具……! オークの分際で、なんであんな強力なアーティファクトを持ってるのよ!」
「なるほどな」
マッドの口角が、凶悪な弧を描いた。
「俺たちの体は、このファンタジー世界じゃただのモヤシだ。敵地に殴り込むなら、少しでもタフな体が欲しかったところなんだよ」
「……マッド様、まさかあれを奪うおつもりですか!?」
インディが驚愕に目を見開く。
「あれだけの数ですわよ! しかも宝玉の加護を持った族長相手に……!」
「奪うじゃねえ。『拾い』に行くんだ。……道端に落ちてる宝玉ごと、あの豚どもの首をな」
マッドは、ギヤを力強くローに叩き込み、アクセルを限界まで踏み抜いたのである。
「アーサー、スーツの出力を最大まで上げろ。マキシマム、掃除の時間だ。一匹も残すな」
「おうよ! 豚肉の特製ミンチを、山ほど作ってやるぜッ!!」
マキシマムが、凶悪な笑みを浮かべてM60機関銃のトリガーに太い指をかけたのである。
「ちょっと、あんた!? 本気なの!? まさか真っ正面から突っ込むの!?」
慌てふためくララを余所に、マッドは冷酷な、死神の瞳で正面の城門を真っ向から見据えたのである。
「理屈はどうでもいい。……とりあえずブッ殺す。あとのことは、そいつらを全員死体にしてから考える」
軍用燃料を飲み込み、狂乱したV8エンジンが、再び火を噴いたのである。
トラックは、驚愕に目を見開くコボルトたちの群れを目掛け、死と破壊の突撃を開始したのだった。




