第16話 魔法使い!? 爆炎のララ、風光のインディ登場!
「……おい、マッド。見ろよ、こいつを。お宝じゃねえか」
マキシマムが、巨大な手で錆びついたボンネットフードを力任せに跳ね上げ、露わになったエンジンルームを、まるで恋人を見つめるような熱い眼差しで眺めたのである。
そこに横たわっていたのは、一九八〇年代に製造された質実剛健なピックアップトラックだったのである。
「こいつはいけそうだ。……直感で分かるぜ、こいつの心臓はまだ死んじゃいねえ」
「ああ、運転席に座った瞬間に俺も感じた。こいつは必ず息を吹き返す。大丈夫だ、俺を信じろ」
マッドが確信に満ちた声で応じたのである。
塗装は無残に剥げ落ち、全身が異世界の土埃にまみれた古めかしい車体だったが、その直線的で頑強なフレームは、この絶望的な状況下でなお、何らかの強固な魂を宿しているように見えたのだった。
「……プロフェッサー。こいつ、科学の力で動かせるか?」
マッドの問いかけに、アーサーはパワードスーツのタクティカル・バイザーを起動させ、内部構造の精密スキャンを開始したのである。
「冗談だろう、マッド? 数十年前の、もはや骨董品と呼ぶべき代物だぞ。ゴムパッキンはボロボロに硬化し、電気系統も完全に死んでいるはずだ。……だが、待てよ。この時代のエンジンは構造が恐ろしく単純だ。現代の車のような複雑な電子制御もない。最低限のエネルギー供給さえあれば、動く可能性はゼロではないな」
アーサーは意を決したように、次元格納装置からパワードスーツ用の予備エネルギーセルを取り出したのである。
「……俺のスーツの予備バッテリーを、この車の端子に直接バイパスしてみる。激しい火花が飛ぶぞ、全員そこから離れていろ!」
青白い激しい電光が、錆びついたバッテリー端子へと一気に伝わったのである。
バチバチという鼓膜を劈くような激しい放電音と共に、長らく沈黙していたはずの計器類が、弱々しく、だが確かに、熱を帯びた橙色の光を灯したのだった。
「タイヤの状況はどうだ、マキシマム!」
「へへっ、見てな。ミシュランの刻印がまだ生きてるぜ。空気は抜けてるが、この世界のボロい馬車よりはマシなクッションになるはずだ!」
マキシマムが持ち前の怪力で、周囲を埋め尽くしていた瓦礫を紙屑のように弾き飛ばし、即席の整備ピットを作り上げたのである。
クールなヴィクターでさえ、珍しく期待に満ちた熱い眼差しで、その「鉄の馬」を見つめていたのだった。
「……魔法の絨毯なんて得体の知れないものよりは、こいつのガソリン臭い座席の方が、俺の尻には信用できそうだ。行けるぜ、マッド。こいつの馬力なら、三日かかる死の道を、数時間でブチ抜ける」
「……最大の問題は燃料だ。ガソリンなんて、この世界のどこにも落ちてねえからな」
ヴィクターの現実的な指摘に対し、マッドはニヤリと凶悪な笑みを浮かべたのである。
「マキシマム、お前の愛用している火炎放射器……中身は軍用の高熱燃料だったな?」
「ああ、たっぷりあるぜ! ローチをこんがり焼くための特製だ。こいつの喉元に直接流し込めば、心臓が爆発するほど喜ぶんじゃねえか?」
「上等だ。残らずぶち込め。……この馬に、忘れかけていた咆哮を思い出させてやるんだ」
男たちが無骨に、かつ軍隊仕込みの迅速な手つきで「蘇生作業」を進めていると、背後から場違いなほどに華やかで、気の強そうな声が響き渡ったのである。
「ちょっと、あんたたち! そこで怪しい魔法でも使ってるの!」
四人が一斉に振り返れば、そこには二人の、目を疑うような美女が立っていたのである。
振り返れば、そこにはガソリンと鉄錆、そして死臭の漂うゴミ捨て場にはあまりにも場違いなほど、華やかな二人の美女が立っていたのである。
一人は、燃えるような赤髪をポニーテールにまとめ、頭には大きな三角帽子を被った、気の強そうな眼差しをした美女だった。
彼女は、赤い布面積が極端に少ない、扇情的な魔道衣を身に纏っていたのである。
その衣装は、今にもはち切れんばかりのダイナマイトボディを惜しげもなく晒し、白い肌の上で際立っていた。
彼女は、自分の身の丈ほどもある巨大な杖を、さも当然のように肩に担いでいたのである。
もう一人は、絹のように滑らかで艶やかなブロンドの髪を風になびかせ、知的な眼鏡をかけた、グラマラスな美女だった。
彼女は、体のラインを強調するようなタイトなローブに身を包んでおり、お嬢様風の落ち着いた仕草の中にも、隠しきれない豊かなボリュームを湛えていたのである。
歩くたびに優雅に揺れるその曲線美は、戦場を渡り歩く男たちの視線を釘付けにするには十分すぎる破壊力を秘めていたのだった。
ローチの脳漿を全身に塗りたくり、黒光りする醜悪な姿となったマッドたちと、彼女たちの透き通るような美しさは、あまりにも鮮烈な対比を成していたのである。
「……まあ、何ともおぞましい鉄の塊ですわね。このような場所で、一体何を騒いでおられますの?」
眼鏡の美女が、刺繍の施された扇子で口元を隠しながら、不思議そうに首を傾げたのである。
「……あ? どこの馬の骨ともしれねえ魔法使いか。こっちは遊びじゃねえんだ、さっさと消えろ」
マッドは、その美貌に一切怯むことなく、素っ気なく言い放ったのである。
しかし、赤髪の美女は一歩も引くことなく、担いでいた杖を地面に突き立て、マッドを真っ向から睨み返したのだった。
「遊びじゃないのは、こっちも同じよ! あんたたち、龍の穴に行くんでしょ? 領主の城で、変わり者の野蛮人が来たって噂を聞いたわよ。私たちもそこに連れて行きなさいよ!」
「断る。足手まといだ」
マッドは、相手が誰であろうと自分の優先順位を崩さないのである。
「足手まとい!? 失礼ね! 私の火炎魔法は、そこらの衛兵よりずっと強力なんだから! それに、龍の穴に巣食う『銀蝕虫』を根こそぎ焼くには、あんたたちのその鉄の道具だけじゃ到底足りないわよ!」
ララと呼ばれた赤髪の美女は、はち切れんばかりの胸を逸らせて勝ち気に宣言したのである。
ヴィクターは、普段のクールな表情を崩さないまま、ララの短いスカートから伸びる健康的な太腿と、インディのタイトなローブに強調された肢体を、無意識のうちに戦術的な観点……あるいは、別の観点からスキャンしていたのである。
「……マッド。まあ、いいじゃねえか。現地人の情報を持った魔導士が二人いりゃ、情報の精度も生存率も確実に上がる。それに……これから続く長旅だ、少しは俺たちにも『目の保養』が必要だろ?」
普段は感情を表に出さないヴィクターの意外な援護射撃に、マキシマムが鼻の下を伸ばしながらニヤニヤと下卑た笑いを浮かべたのである。
「おっ、ヴィクターの旦那も隅に置けねえな! 大歓迎だぜ、姉ちゃんたち! 俺の隣のシートなら、いつでも空けておくぜ!」
マッドは重いため息をつき、苛立ち混じりに眼鏡の美女の方を向き直ったのである。
「……あんた、そっちの威勢がいいだけの女とは雰囲気が違うようだが。何か、別の目的があるのか?」
その問いに、インディは眼鏡の奥の瞳を僅かに光らせ、知的で落ち着いた微笑を浮かべたのである。
「私は龍の穴に伝わる古い伝承を調べておりますの。あそこには伝説のドラゴンが、悠久の時を経て眠り続けていると言い伝えられていますわ。……残念ながら、その真の姿を実際に目にした者はおりませんが。かつては一攫千金を狙う命知らずの冒険者たちが、幾度となく調査を試みておりましたが、あの忌々《いまいま》しい銀蝕虫の出現で、龍の穴の状況は一変してしまったとされていますの」
インディは、知的で洗練された物腰を崩さぬまま、静かに、だが確かな情報をマッドたちに提示したのである。
この女たちは、単なる一時の好奇心で動いているわけではない。
それぞれが独自の目的を持ち、危険な状況に陥れば即座に離脱するだけの打算も持ち合わせているはずだと、マッドは彼女たちの瞳の奥にある光から察したのだった。
「……能書きはいい。あんたらの魔法が、この異世界でどれだけ役に立つのかを証明してみせろ」
マッドの突き放すような言葉に、インディはにっこりと、花が綻ぶような優雅な微笑を浮かべたのである。
「疾風よ吹け! 『レッサーウインド』!!」
彼女が短く鋭く詠唱し、しなやかな指先を虚空へ走らせた瞬間だった。
先ほどマキシマムが力任せに投げ捨て、山となっていた巨大な瓦礫が、目に見えぬ空気の刃によって高速回転しながら宙へと舞い上がったのである。
次の刹那、凄まじい衝撃波がその瓦礫を包み込み、巨大な岩塊を跡形もなく、粉々に吹き飛ばしたのだった。
「ただ付いていくだけではございません。魔法を使えば、このような芸当も可能ですわ。……きっと、あなた方のお力になれるはずです」
眼鏡の美女は、自らの魔導の力を鮮やかに示してみせたのである。
その光景を目の当たりにしたマッドは、僅かに驚きの色を瞳に宿したが、即座に表情を押し殺し、彼女たちへと視線を向けたのだった。
「……勝手にしろ。ただし、戦場で足がすくんでも文句を言うなよ。自分の命は、自分の力だけで守れ」
マッドの冷徹な許可が下りると、赤髪の美女は待っていましたとばかりに胸を逸らしたのである。
「私はララよ。赤髪のララとか、爆炎のララなんて呼ばれているわ。火炎魔法なら、誰にも負けないんだから!」
「私はインディ。風と癒やしの使い手。巷では『風光のインディ』なんて呼ばれていますわ」
二人の対照的な美女たちは、それぞれ優雅に、あるいは不遜に自己紹介を済ませたのである。
アーサーは科学者としての好奇心を隠さず、軽く二人に挨拶を交わし、ヴィクターとマキシマムは彼女たちの華やかな加入を歓迎し、握手を求めたのだった。
「よろしくな、姉ちゃんたち! 賑やかになって楽しくなりそうだぜ!」
「こちらこそ、よろしくお願いいたしますわ」
インディが優雅に応じる傍らで、ヴィクターは彼女たちの艶やかな曲線美を、値踏みするように舐め回すような視線で見つめ続けていたのである。
「フン! 変な目で見たら、その目玉ごと焼き殺してやるわよ!」
ララが鋭く毒づき、巨大な杖を威嚇するように構えたのだった。
その賑やか……というよりは、あまりにも騒々《そうぞう》しい様子を見て、マッドとアーサーは揃って深い溜息をついたのである。
「……随分と、厄介な連中を拾っちまったな」
「ああ。だが、魔法の力は捨てがたい。……リリーを助け出すためには、毒を食らわば皿までだ」
男たちの無骨な沈黙の中に、二人の魔道士という異質な色彩が混ざり合い、六人となったチームは、いよいよ地獄の特急便となる「鉄の馬」を囲んだのである。
彼らの背後では、蘇生作業を終えたピックアップトラックが、数十年ぶりの「咆哮」を上げようと、その鋼鉄の心臓を静かに震わせていたのだった。
あとがき。
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ララとインディはマッド達がとても臭かったと思います。
インディの魔法で彼女達の周りだけ風の加護を受けているのかもしれません。




