第15話 スカした貴族野郎! 金なんぞいらねぇ!情報だ!
マッドたちは、ようやく異世界の都市エルドリアの巨大な城門へと到達した。
だが、度重なるワイバーンの襲撃を警戒してか、本来は旅人を迎え入れるはずの重厚な石造りの門は、不気味なほど固く閉ざされていたのだった。
『(止まれッ! それ以上近づけば、不浄の者として即刻処刑する!)』
見上げるほどに巨大な石造りの門。
その直前で、数十人の衛兵たちが、青白く神秘的な光を放つ魔導槍の先を一斉にマッドたちへと向けたのである。
彼らが纏う銀色の鎧は、魔法の加護を全身に受けて朝日に美しく輝いていたのだった。
対するマッドたちの姿は、どうだったか。
ローチの放つ強酸を防ぐために塗りたくった「ソルジャー級の脳漿」が全身に分厚くこびりつき、乾燥してどす黒く光る醜悪な膜となって、鼻を突くおぞましい異臭を周囲に撒き散らしていたのである。
「……言葉は良くわからねぇが野蛮人どころか、魔獣の出来損ないだと思われてやがるな」
「ヴィクター、昨夜からバルドス老人との会話を元にエリア55のコンピューターを駆使しこの世界の言語パターンを解析した。今後は通信装置を通して自動翻訳が行われる」
アーサーはバイザーを操作し通信装置の自動翻訳を有効にすると一行に兵士達の会話が翻訳される。
「やっぱり、ろくな事言ってねぇな」
ヴィクターが、スナイパーライフルの長い銃身を肩に無造作に担ぎ直し、冷めきった声で低く呟いたのだった。
「おい、そこのキラキラしたお兄さんよぉ。俺たちは別に怪しいもんじゃねえ、ただの通りすがりの善良な『掃除屋』だぜ」
マキシマムが、巨大なM60機関銃を一度地面に置いて両手を高く上げたが、衛兵たちは見たこともない奇妙な形状の「鉄の塊」を不気味な魔導兵器と見なし、さらに槍を突き出したのである。
「黙れ! 貴様らのその不浄な臭い、そして見たこともない奇妙な武装……。地下の奈落から湧き出た呪われし種族か! 領主様の命により、身元の不明な者は一歩たりともこの神聖な門を通さん!」
マッドは、静かに一歩前へ出たのである。
その瞳には、既に限界に近い怒りと苛立ちが激しく渦巻いていたのだった。
「……人間の子供を連れた、片目のゴブリンがここを通ったはずだ。そいつの行き先を吐け。言えば、大人しくここから消えてやる」
「……子供? ゴブリンだと?」
衛兵の隊長が、不審げに眉をひそめたのである。
「……もしや、あの忌々《いまいま》しいゴブリンのことか。……だが、それを知ってどうする。貴様らのような下賤な野蛮人に話すことなど何一つない!」
その時、再び空が引き裂かれるような音で鳴いたのである。
「――グギャァァァァッ!!」
城壁の死角となっていた影から、先ほど遭遇した個体よりもさらに巨大な、二体のワイバーンが死の急降下を開始したのである。
「クソッ、また来たか! 全員、防御陣形を死守せよ! 魔法障壁、詠唱開始ッ!!」
隊長の叫びと共に、後方に控えていた魔術師たちが一斉に杖を掲げ、光の糸を複雑に編み始めたのである。
だが、ワイバーンの殺戮速度の方が遥かに速かったのだった。
鋭利な鉤爪が、無防備な衛兵の頭上へと振り下ろされようとした、その刹那――。
パァァァンッ!!
乾いた、そして鋭い一撃が戦場を支配したのである。
ヴィクターが構えたライフルから、超音速の弾丸が放たれたのだった。
弾丸は一体目のワイバーンの口蓋を粉々に突き破り、後頭部から脳漿を撒き散らしながら、一瞬で反対側へと突き抜けたのである。
続けて、流れるような動作でもう一撃。
パァァァンッ!!
二体目のワイバーンの翼の付け根が、内部から爆発したかのように弾け飛んだのである。
空中でのバランスを完全に失った巨躯が、城壁に激しく激突し、マッドたちの足元に巨大な肉の塊となって転がり落ちたのだった。
「……詠唱なんてのんびり待ってたら、お前ら全員、朝飯の具材になってたぜ」
ヴィクターがライフルの銃口から立ちのぼる硝煙を、フッと冷ややかに吹き消したのである。
戦場に、奇妙な静寂が訪れたのである。
詠唱を途中で止めた魔術師も、槍を構えていた衛兵も、全員が石像のように固まっていたのだった。
「……魔法も、触媒の介在もなしに……。あんな、一瞬で?」
隊長が、震える指先で墜落したワイバーンの死骸を指差したのである。
「……恩を売るつもりはねえ。さっさとその邪魔な門を開けろ」
マッドが、隊長の目の前にナックルガードを嵌めた巨大な拳を突きつけたのである。
隊長は生唾を飲み込み、力なく、だが明確に手を挙げたのだった。
「……通せ。……この者たちは、我々の手に負えるような存在ではない。……だが、野蛮人の戦士よ。貴様が追っている片目のゴブリンの行き先……。それを正確に把握し、追撃の許可を出したのは領主様ただお一人だ。……真実を知りたければ、城へ行くがいい」
マッドは無言で隊長を乱暴に押し退け、エルドリアの門の内側へと、その重厚な一歩を踏み出したのである。
・・・・・
エルドリア城の謁見の間。
高い天井から吊り下げられた巨大な魔力結晶が、冷徹な青白い光を放ち、磨き上げられた大理石の床を鏡のように照らし出していたのである。
マッドたちが重厚な一歩を刻むたび、全身にこびりついた「銀蝕虫」の乾燥した脳漿から、鼻を突くおぞましい異臭が広間に漂ったのだった。
左右に居並ぶ貴族や役人たちは、あからさまに嫌悪を剥き出しにし、高価な刺繍を施したハンカチや扇子で鼻を覆いながら、露骨に顔をしかめたのである。
「……汚らわしい。どこの馬の骨とも知れぬ野蛮人が、よくも神聖なるこの場に足を運べたものだ」
「魔獣の汚物を身に纏っているのか? 獣の臭いが鼻について、吐き気がするな」
「言葉が通じるのか怪しいものだ。猿を二本足で立たせているのと、さして変わらぬのではないか?」
広間の至る所から、隠そうともしない蔑みと嘲笑が漏れ聞こえてきたのである。
マッドはその一切を無視し、玉座の主――領主ゼノスの前に、泰然と立ったのだった。
ゼノスは形式的に口角を微かに上げ、優越感に満ちた仕草でゆったりと手を広げたのである。
「よくぞ参った、蛮族の戦士たちよ。街を襲ったワイバーンを、貴様らのその奇妙な鉄の武具で退けたと聞いた。エルドリアの平穏を救った功績に対し、まずは形式的な感謝を述べよう」
ゼノスが合図を送ると、従者が金貨の詰まった革袋を捧げ持ってきたのである。
領主はそれを、まるで足元の犬に餌を投げ与えるような無造作な動作で、マッドの足元へと放り投げたのだった。
「これは取っておけ。礼だ。貴様らのような流浪の民には、一生遊んで暮らせるほどの額であろう」
「……金なんぞ要らねえ」
マッドが、足元の袋を乱暴に払い除けると、中から溢れ出した金貨が大理石の上で高い音を立てて散らばったのである。
謁見の間を激しい戦慄が走り、周囲の騎士たちが一斉に剣の柄に手をかけたのだった。
「……欲しがることすら知らぬ、無知蒙昧な下等種か」
ゼノスが、嘲笑を込めて目を細めたのである。
「俺が欲しいのは情報だけだ。……ここを通ったはずだ。片目を潰したゴブリンが、子供を連れてな。……そいつは、どこへ消えた」
その問いが発せられた瞬間、周囲の貴族たちから、我慢しきれないといった風な激しい嘲笑が漏れ出したのである。
「ハハハ! ゴブリンだと? ……あの『異能の怪物』を、単なる下等種だと思っているのか!」
一人の貴族が、腹を抱えて笑いながらマッドを指差したのである。
「あれはアステリアの歴史上、類を見ない『ユニーク種』だ! 奴は我ら誇り高き魔術師団を赤子のように翻弄し、厩舎から最速のワイバーンを奪い去ったのだ。……貴様のような野蛮人が、裸足で追いかけたところで、その足元にも及ぶまいよ!」
「……ユニーク種……だと」
マッドの拳が、みしりと不気味な音を立てて握り込まれたのである。
「奴は北の果て、『龍の穴』へと向かった。……今は向こう側から新たな『銀蝕虫』が現れることはないが、穴の奥には今も奴らが巣食う、呪われた禁忌の地だ」
ゼノスが冷笑を浮かべ、死の宣告を続けたのである。
「奴は、その穴の奥に眠る最強種ドラゴンに、その娘を『最高級の供物』として捧げるつもりなのだろう。今から馬を飛ばしたところで、辿り着くには険しい山道を越えて三日はかかる。……空を飛んだあの怪物には、逆立ちしても追いつけまい」
「……三日、だと?」
マッドの背中を、冷たい汗が伝ったのである。
三日もあれば、リリーがドラゴンの餌食になるには十分すぎる時間だったのである。
「……諦めることだ、野蛮人よ。その子はもはや、この世の者ではない。今頃は腹の中で溶けているだろうよ」
「……黙れッ!!」
ドォォォォォン!!
マッドの巨大な拳が、領主の眼前にあった大理石の会議机を、一撃で粉々に爆砕したのである。
激しい衝撃波が周囲の貴族に襲いかかり、悲鳴が広間に響き渡ったのだった。
「……諦めるだと? 俺の娘を、勝手に死んだことにするんじゃねえ。……道がなけりゃ、力ずくで作るだけだ。それが野蛮人のやり方だ」
マッドは、呆然とする領主や貴族たちを背に、怒りに任せて謁見の間を後にしたのである。
だが、城の門を出たところで、マッドは立ち尽くした。
三日という、絶望的な距離の重みが、初めて彼にのしかかったのである。
「……クソッ、何か、何かねえのか……!」
マッドは苛立ちをぶつけるように、城壁沿いにあるゴミ捨て場の残骸を力任せに蹴り飛ばしたのだった。
その時だった。
崩れ落ちた瓦礫と古い獣皮の山の下から、魔法の都にはあまりにも不釣り合いな、無骨な「鉄の塊」が姿を現したのである。
「……おい。……嘘だろ」
マキシマムが、信じられないものを見る目で足を止めた。
そこにあったのは、異世界の汚れと泥にまみれた、一台のピックアップトラックだった。
「……アーサー。お前のそのパワードスーツの予備バッテリー、こいつの心臓に直結しろ」
マッドは、錆びついたボンネットに歩み寄り、異界の汚れを乱暴に拭い去ったのである。
その瞳には、再び猛々《たけだけ》しい殺意の炎が宿っていたのだった。
「三日かかるって言ったか? ……ガソリンがなけりゃ、ローチの体液でも何でもぶち込んでやる」
マッドは埃まみれのハンドルを、骨が鳴るほど強く握りしめたのである。
「……リリー。待っていろよ。……これに乗って、地獄の果てまでブチ抜いてやる」
都の片隅で、古びた鉄の獣が、その執念の再始動の時を静かに待っていたのである。




