第1話 俺の拳は徹甲弾!最強のパパは拳で語る!!
モンタナの広大な大地を貫く、のどかな田舎道。
唸りを上げるV8エンジンの心地よい鼓動は、車内のカセットデッキから流れるAC/DCのハイボルテージなロックナンバーと激しく混ざり合う。
リリーは助手席で、エンジンのリズムに合わせて楽しそうに鼻歌を歌っていた。
「ねえパパ、プレゼントは大きなテディベアがいいな。私の背中よりずっと、うんと大きいくらいのやつ!」
「ああ、任せておけ。トラックの荷台から溢れ出して、バックミラーが見えなくなるくらいのやつを見つけてやるさ」
一時間ほど走り、街の巨大なショッピングモールに到着すると、そこは週末の休日を謳歌する家族連れで溢れかえっていた。
マッドはリリーの小さな手をしっかりと握り、人混みを割り進む。
ヘビー級のプロボクサーを彷彿とさせる巨大な体躯、剃り上げた側頭部が目を引くモヒカン頭、そして威圧的なゴールドチェーン。
節くれ立った太い指には金色のリングが光っている。
その異様な風体に、通り過ぎる市民たちが驚愕の色を浮かべて道を譲ったが、マッドはそんな視線を気にする様子もなかった。
彼にとって重要なのは、隣を歩く娘の安全と幸福、ただそれだけだったからである。
リリーとの楽しいショッピングを終え、両手に抱えきれないほどの買い物袋を提げて駐車場に戻ってきた、その瞬間。
世界の均衡が、音を立てて崩壊した。
「……なんだ、ありゃあ?」
マッドの歩みが止まった。
その視線の先、駐車場のど真ん中。
熱を帯びたアスファルトのすぐ上の空間が、まるで巨大なガラスが粉砕されるような、身の毛もよだつ音を立てて「裂けた」のだ。
「パパ、あれなに……? 怖いよ、変な音がする」
空間が震え、奇怪な振動が空気を通じて肌を刺す。
リリーは恐怖に顔を強張らせ、マッドの分厚い足にしがみつきながら、震える指でその「異形」を指し示した。
空間の裂け目からは、どす黒く禍々《まがまが》しい紫色の渦が出現していた。
そこから漂い出してきたのは、ドブネズミの死骸と、数日間放置されて腐敗した生ゴミを煮詰めたような、強烈な吐き気を催す異臭だった。
次の瞬間、渦の中心から奇声を上げて飛び出してきたのは、薄汚れた緑色の肌を持つ小柄な怪物の群れだった。
「なんだありゃ……B級映画の特撮じゃねぇよな、おい」
「パパ、私これ、絵本や映画で見たことあるよ……あれはきっと、ゴブリンだよ!」
リリーは父親のシャツの袖を、ちぎれんばかりの力で握りしめた。
目の前に現れた非現実的な光景に、彼女の小さな体はガタガタと震えている。
「ギィィィィッ! ギャハハッ!」
獣のような耳障りな声を上げる奴らは、錆びついたナイフや不格好な木の棍棒を手に、逃げ惑う人々へ容赦なく襲いかかった。
「助けて! 誰か、警察を呼んで!」
色とりどりの買い物袋を提げていた老婆が、背後から迫ったゴブリンに白髪をわしづかみにされる。
彼女が絶叫を上げる間もなく、怪物は無慈悲な力で彼女を不気味なゲートの向こう側へと引きずり込んでいった。
「パパ! あの人たちが連れて行かれちゃう!」
「リリー、車に隠れていろ! ドアをロックして、俺が呼ぶまで絶対に開けるな!」
マッドはリリーを素早く抱き上げると、シボレーの助手席に放り込んだ。
リリーが震える手でロックをかけるのを確認すると同時に、マッドの右手が腰のホルスターへと、稲妻のような速さで伸びた。
そこに収まっていたのは、現役時代から彼の右腕として、数々の死線を共にしてきた護身用拳銃、ベレッタ92Fだ。
米軍制式採用の名を冠する、信頼性の高い9ミリ口径オートマチックピストル。
「来いよ、緑のクソ野郎ども。モンタナの歓迎を受けさせてやる……」
マッドがベレッタを構え、サイトを合わせた瞬間。
三体のゴブリンが、飢えた獣のごとき咆哮を上げながら、彼を標的に跳躍してきた。
パン、パン、パン!
静寂を切り裂く、乾いた銃声が三回。
マッドの射撃技術は、退役した今もなお衰えてはいない。
吸い込まれるような精密さで、弾丸は一体目のゴブリンの眉間を正確に撃ち抜いた。
衝撃により怪物の頭部が激しく後ろに跳ね上がり、緑色の汚れた肉体がアスファルトに転がる。
だが、信じがたい光景がマッドの眼前に広がった。
致命傷を負ったはずのその怪物は、死ぬどころか赤緑色の粘着質な血を垂らしながら、よろよろと立ち上がったのだ。
奴は顔面の中心に穴を開けたまま、狂気に満ちた笑みを浮かべて再びこちらを睨みつけてきた。
「……嘘だろ? 頭の中にヘルメットでも仕込んでるのかよ。まだ動きやがるのか」
マッドは忌々しげに眉をひそめ、さらなる弾丸を送り込むべく、迷うことなく引き金を引き続けた。
パン! パン! パン! パン!
胸部に二発、腹部に一発、そして喉を食い破る一発。
次々と高初速の弾丸を叩き込み、一体を完全に沈黙させるまでに、実に六発以上もの九ミリ弾を消費せねばならなかった。
それは通常の人間であれば、優に数人を殺傷できる分量である。
「ぎゃあああ!」
離れた場所では、非番だったのか地元の警官が必死に応戦していたが、すぐに絶望的な悲鳴が上がった。
「銃が効かない! 助け……うわあああ!」
警官が弾切れを起こし、虚しくスライドが後退した隙を見逃さず、十数匹のゴブリンが津波のように群がった。
警官の体は瞬く間に緑色の波に飲み込まれ、そのまま紫色のゲートの向こう側へと連れ去られていく。
カチッ。
マッドの握るベレッタもまた、無慈悲な音を立ててその機能を停止した。
ホールドオープン。全十五発の弾丸を、たった二匹のゴブリンを屠るためだけに使い切ってしまったのだ。
「チッ、十五発もブチ込んで、たったの二匹か。九ミリパラベラム弾じゃ、あいつらの耳掃除にもなりゃしねぇ」
マッドは空になったベレッタのグリップを握り直すと、襲いかかってきた三体目のゴブリンの顔面に向けて、鉄の塊と化した銃本体を全力で投げつけた。
九百グラムを超えるスチールとアルミ合金の質量が、ゴブリンの顔面に直撃する。
右眼球が潰れ、顔面を粉砕されたゴブリンが、奇怪な悲鳴を上げてのけぞり後退した。
そのわずかな隙を、戦場のベテランは見逃さない。
マッドは素早くトラックの荷台へ手を伸ばした。
そこには、先ほどまで山小屋の整備に使っていた作業用のスチール製パスコップが転がっていた。
「道具に頼るのは性分じゃねぇが、背に腹は代えられねぇ」
マッドはコップをひったくるように掴み、横一文字に全力で薙ぎ払った。
バギィィィン!!
駐車場に激しい金属音が響き渡り、ゴブリンの側頭部が異様な形に陥没する。
だが、手に伝わってきた感触に、マッドは即座に舌打ちした。
怪物の骨は異常なまでの硬度を誇り、頑丈なはずのスチール製スコップが、たった一撃で「くの字」に曲がってしまったからだ。
「石頭ってやつかよ、クソが!!」
二撃目、三撃目と、親の仇を討つかのような勢いで叩きつけるたびに、スコップは見るも無惨にボロボロになっていく。
そして最後には、耐えきれなくなった金属の柄がポッキリと二つに折れた。
「どいつもこいつも、肝心な時にヘマをしやがる。……スコップの方が先に根を上げるとはな」
マッドは役立たずとなった折れたスコップをゴミのように投げ捨てた。
手元に武器はない。
目の前では、さらなる増援のゴブリンたちが、マッドの太い首筋を狙って一斉に跳躍してくる。
「パパ!」
防弾仕様でもないトラックの車内から、リリーの引き裂かれるような悲鳴が聞こえた。
その瞬間、マッドの中で何かが、決定的な音を立てて弾けた。
彼の脳内にある、かつて戦場で幾万の敵を葬ってきた「死神」のスイッチが、強制的にオンへと切り替わったのだ。
「……俺の娘を、怖がらせるんじゃねぇよ」
マッドは逃げなかった。
むしろ、死の恐怖など微塵も感じさせぬ足取りで一歩前へと踏み込み、襲いかかるゴブリンを正面から迎え撃った。
彼は銃も、鉄の棒も捨てた。
己の肉体、鋼のごとき密度を誇る「拳」を固く握りしめる。
突っ込んできたゴブリンの顎の下から、岩石のようなアッパーカットを突き上げた。
グシャッ!!
鈍く、しかし重厚な破壊音が響く。
ゴブリンの頑強な顎が粉々に砕け散り、その衝撃は脳を直接揺さぶった。
マッドの強烈すぎる一撃により、怪物の首の骨は不自然な方向に回転し、その体は真上へと跳ね上がって駐車場の照明灯に無惨に引っかかった。
間髪入れず、二体目の胸ぐらを左手で強引に掴み上げる。
そのまま、もう片方の拳で顔面の真正面から正拳突きを叩き込んだ。
ズゴォォン!
ゴブリンの顔面が、内側に向かって文字通り陥没した。
眼球が外側に飛び出し、マッドの拳から放たれる圧倒的な圧力に耐えきれなくなった緑色の肌が裂け、汚物のような肉片が周囲に飛び散った。
マッドが放つ人外のパワーに、周囲のゴブリンたちが初めて恐怖で顔を歪めた。
逃げようとした一体を、マッドは逃がさない。
その細い首を片手で万力のように掴み上げると、そのまま地面のアスファルトへと全力で叩きつけた。
ブシャッ!
熟れすぎた果実が潰れるような音が響き、アスファルトの上に緑色の脳漿がぶちまけられる。
狡猾な怪物は、わずか数秒で物言わぬ肉の塊へと成り果てたのだ。
仲間たちが次々と蹂躙される光景を目の当たりにし、右目を負傷して生き残っていたゴブリンは、情けない奇怪な鳴き声を上げながら尻尾を巻いて逃げ出した。
・・・・
周囲に、奇妙な静寂が訪れる。
生き残っていた他のゴブリンたちも、この圧倒的な暴力の化身を前にして、本能的な恐怖に縛り付けられていた。
奴らの狡猾な瞳には、今や「獲物」を侮る色など微塵もなく、絶対的な「天敵」を前にした時の怯えだけが浮かんでいる。
怪物たちは、マッドが視線を向けただけで、蜘蛛の子を散らすように次々と闇の中へと逃げ去っていった。
周囲を見回し、当面の脅威が排除されたことを確認したマッドは、両拳にべっとりと付着した不快な緑色の血を、履き古したジーンズで無造作に拭い取った。
「……リリー、家へ帰るぞ。地下室にある『44マグナム』に着替える時間だ」
マッドはトラックの運転席に乗り込み、V8エンジンのキーを力強く回した。
「鉛玉も鉄の棒も信用できねぇ。結局は、この拳が一番だ」
マッドは、今や自身の血よりも濃く緑の返り血に染まった巨大な拳を、満足そうに握りしめた。
だが、助手席ではリリーがまだ震えながら、心配そうにマッドの横顔を見つめている。
「リリー、パパは大丈夫だ。安心しろ。俺の拳はどんな装甲よりも硬い、人間徹甲弾だ。お前を守るためなら、神だろうが怪物だろうが、何でもぶち抜いてやる」
そう静かに告げると、ピックアップトラックのV8エンジンが、飢えた野獣のような咆哮を上げて駐車場を駆け抜けた。
背後では、異世界へと繋がるゲートがさらに不気味に広がり、異世界の軍勢が次々と姿を現し始めていた。
だがマッドは振り返ることなく、アクセルを踏み抜き、唯一の安息の地である山小屋へと向かって荒野を激走していったのである。
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