第13話 異世界人発見!? この世界のローチは銀蝕中と呼ばれていた!!
炎上し、その役目を終えた砦から立ちのぼる熱気が、異世界の夜の冷気と混ざり合い、不気味な霧となって荒野を重苦しく覆っていたのである。
マッドは、血と泥に汚れた地下牢の入り口に深く座り込み、手にしたペンダントのちぎれた鎖を、食い入るように見つめていたのだった。
愛娘のリリーの体温がまだ僅かに残っているかのように、その銀色の鎖は冷たく、そして静かに松明の炎を反射していたのである。
「……マッド。一端、装備を解け。君には休息が必要だ」
アーサーがパワードスーツの外部スピーカーを通じて、疲れ切った、だが切実な声で告げたのである。
「ふざけるな。……リリーはこの先に運ばれたんだ。ここで止まってる暇はねえ」
マッドは強引に立ち上がろうとしたが、その逞しい膝が、ほんの一瞬だけ、誰の目にも明らかなほど小刻みに震えたのだった。
超人的な精神力で徹底的に隠してはいたが、セクター9からの地獄のような連戦、そしてゴブリン・キングとの凄絶な肉弾戦は、確実に彼の屈強な体力を削り取っていたのである。
「アーサーの言う通りだぜ、リーダー」
マキシマムが、過熱した機関銃の銃身を夜風で冷却しながら、地面にどっしりと腰を下ろしたのである。
「俺たちの時計で言えば、もう十時間以上もぶっ続けで、死の淵を歩きながら戦っている。……夜の荒野は、俺たちの知らない『地獄のルール』で動いてやがる。ここで無理をして全滅しちまえば、リリーを探す奴はこの世からいなくなるんだぜ」
マッドはマキシマムを射抜くような鋭い眼光で睨みつけたが、戦友の濁りのない、真っ直ぐな瞳を見て、深く重いため息をついたのである。
「……三時間だ。それ以上は一歩も引かねえ」
「ああ、それで十分だ。……アーサー、お前はあいつらの面倒を見てやれ。……なんだか、様子が変だぜ」
ヴィクターが、地下牢から助け出した人間たちを、顎で静かに指し示したのである。
アーサーは解放された人々――男女合わせて三十名ほどの元へ慎重に歩み寄り、パワードスーツの精密スキャン機能を起動させたのだった。
「……おかしい。個体識別ID、網膜パターン、遺伝子情報の断片……どれも本部のデータベースに該当しない。不法入国者や未登録の浮浪者だとしても、このバイオメトリクスの数値は明らかに異常だ。……マッド、彼らはアメリカ人じゃない。それどころか……」
「……どこから来た」
ヴィクターが、極限まで衰弱した男の一人に歩み寄り、地を這うような低い声で尋ねたのである。
彼は元一流の傭兵として、英語だけでなくロシア語、アラビア語、さらには東南アジアの数々の地方言語までを完璧に使いこなす、言語のスペシャリストでもあったのだった。
「……ア、アステリア……。ル・ベルンの、南……」
男が掠れた、消え入りそうな声で答えたのである。
ヴィクターの眉が、不審げに動いたのだった。
アステリア、ル・ベルン。
世界中の戦場を渡り歩いた彼の膨大な知識にも、アーサーの持つ最新の地球地図にも、そんな地名は一切存在しなかったのである。
その時、囚われの人々の中から、一人の老人がゆっくりと歩み出てきたのである。
ボロボロの衣服に身を包んではいたが、その背筋は驚くほど真っ直ぐに伸び、眼差しには深い知性が宿っていたのだった。
近くの村の村長バルドスと名乗ったその老人は、マッドの持つペンダントの鎖を一瞥し、重苦しく口を開いたのである。
「……異邦の戦士よ。その鎖の持ち主を追っておられるのか。……残念ながら、その幼き者は、もはやここにはおりませんのじゃ」
「お前は、俺たちの言葉が話せるのか?」
「時折、この地には異邦の者が迷い込むことがございますでの、こうして言葉が通じる者も幾人か、細々と生き残っておりますのじゃ」
老人の話す言葉には、片言の英語の他に聞き慣れない外国語が混ざっていたが、マッドたちにはその言わんとすることが、不思議と理解できるレベルだったのである。
マッドは老人に詰め寄り、至近距離で射貫くように睨みつけたのだった。
「……何を見た。隠さず、全てを喋れ」
「……落ち着きなされ。……我らがこの呪われた砦に連れてこられた直後、一匹のゴブリンがここを通り過ぎていきました。……片目を無残に潰し、異様なほど大きな身体をした、群れに属さぬはぐれ者。そ奴が、銀髪の幼子を小脇に抱え、北の都市……『エルドリア』の方角へと消えていったのですじゃ」
「……ローチ……銀色の虫は関係してねぇのか」
マッドが、憎しみを込めて問うたのである。
「銀蝕虫のことですかな。あの呪われた虫と、魔獣と、我ら人間は、お互いに血を流し、戦い合っておりますのじゃ」
「戦っている、だと?」
マッドは、老人の予想外の言葉に眉をひそめたのである。
「銀蝕虫と行動を共にしていれば、ゴブリンなどの魔獣とて生きてはおりますまい。奴らはこの世のあらゆる命を、等しく食らい尽くすだけの悪魔です。ですが、あの片目の手負いは、明らかに別の目的を持って行動しているようでしたのじゃ」
バルドス老人の言葉に、マッドは深く眉根を寄せたのである。
「あの知性の欠片もねえバカどもが、そんな計画的な真似ができるのか?」
「ゴブリンにも種類がございます。コブリン・エリートともなれば、キングやクイーン、場合によってはロードに近衛として仕えるだけの、狡猾な知能があると聞いたことがございますのじゃ」
バルドスはマッドの瞳を真っ直ぐに見据え、おぞましき伝承を口にしたのである。
「……異邦の戦士よ。我らが世界に伝わる古い言い伝えに、こうあります。『門を越えて来たりし者は、強大なる力を受け入れられる器となるだろう』と。……もし、その子が門を越えて来た子供であれば、力を受け入れさせ、その器としてゴブリンの王……状況次第では上位にいる魔獣に捧げる、生け贄とするのでしょう」
「器とは……一体なんなんだ」
「魔力を持たぬ無垢な器は、純粋で強大な力を宿し、そして増幅させると言われております。その器の使い道は様々。満ち溢れる力の触媒とするか、あるいは……その血肉を喰らうことで、喰らった者はさらなる高み、神の如き力へ近づけると……」
バルドスの言葉は、現代科学を信じる者には荒唐無稽な迷信に聞こえたが、ここは既に異世界だったのである。
生け贄として、あるいはリリーの肉を喰らう……その悍ましい言葉は、マッドの心臓を激しく、そして怒りによって鼓動させたのである。
「ゴブリンキングはリーダーがブチ殺したよな。と言うことはその上位の魔獣の元へと向かったってことか?」
バルドスは否定も肯定もせず、ヴィクターの方を見つめるのみであった。
「……エルドリア、と言ったな。そこに行けば、リリーの足取りが掴めるんだな?」」
マッドが北の闇を一瞬睨みバルドスへ視線をずらす。
「……あそこには、この地を治める領主の衛兵たちがおります。……あの方々ならば、国を跨ぐような『はぐれ者』の動向を掴んでいるはずです。……ですが、この地は今、かつてない災厄に見舞われております。……銀蝕虫の悪魔、ローチです。あの虫どもが、この地の全てを破壊しようとしているのですじゃ」
焚き火の爆ぜる音が、しんと静まり返った砦の跡に響き渡ったのである。
アーサーはバルドスの話を聞き終えた後、タクティカル・バイザーに表示される環境データを何度も更新していたが、やがて諦めたように重いため息をついたのだった。
「……マッド。この世界の住人は、我々の常識とは違うエネルギーの概念を持っているようだ。彼らはそれを『魔力や魔法』と呼んでいる。物理法則を局所的に書き換える、未知のエネルギー干渉技術……と言い換えればいいのか」
「魔法だあ?」
マッドはショットガンの薬室を確認しながら、鼻で短く笑ったのである。
「あいにくだが、俺の辞書にそんなお花畑な単語は載ってねえ。杖を振ったら火が出るなんてのは、カートゥーンの中だけの話だ。俺たちの世界じゃ、火を噴くのはこの鉄塊の仕事だぜ」
バルドスは、マッドの持つ冷たい鉄の塊を見つめながら、声を震わせたのだった。
「……我らには、あなた方のその武具こそが魔法に見えます。……ですが、異邦の戦士よ。あなたがたが探しているあの幼き子は、ローチにも狙われる可能性があります。……あの銀色の悪魔どもは執拗に、あなた方と同じ『門の向こうの民』を求めていますのじゃ。……我らこの地の民も苗床にされますが、奴らはあなた方のような『質の高い肉体』を苗床にすることにより、より上位の個体へと脱皮を繰り返すと伝わっております」
ヴィクターが暗闇の中でナイフを弄りながら、冷たく口を開いたのである。
「……ソルジャー級か。セクター9で見たあのアホみたいに硬い外殻の野郎どもが、俺たち人間を苗床にして進化した姿だってのか」
バルドスの言葉に、アーサーが戦慄したのである。
もし、地球人の遺伝子や生命エネルギーが、スター・カスケイダーにとって最高効率の進化触媒だとしたら。エリア55が真っ先に狙われたのも、単なる偶然ではなかったのである。
「……リリーが、進化の道具に使われるってのか」
マッドの声は、地を這うような殺意を帯びていたのである。
「あの片目のゴブリンも、ローチも、どいつもこいつも俺の娘を狙ってやがる……上等だ。まとめてゴミ箱に叩き込んでやるぜ」
マッドは無言で立ち上がると、砦の倉庫から回収した乾いた肉の束と、予備の軍用ナイフを数本、バルドスたちに手渡したのだった。
「……バルドス。これを持ってここから離れろ。……そして、俺たちの『掃除』が終わるまで、どっかの穴ぐらにでも隠れてな」
「……感謝いたします、戦士殿。……どうかエルドリアの街ではお気をつけください。あそこの領主は、魔法の力に固執する冷徹な御方。……あなた方のその異質な力が、不必要な火種にならぬことを祈っております」
夜明けが、刻一刻と近づいていたのである。
紫色の空から二つの月が消え、地平線から白々とした光が差し込み、荒野に広がる蹂躙の跡を照らし出すのだった。
バラバラになったゴブリンの死骸と、焼け焦げた砦。
四人の男たちは、現地人の救出と情報収集という最低限の休息を終え、再び本来の目的へと舵を切ったのである。
「……アーサー、マキシマム、ヴィクター。準備はいいか」
マッドが、朝日を背にして北へと歩き出したのである。
「次の目的地はエルドリアだ。……リリーに手を出した野郎には、この世で一番不愉快な死に方をさせてやる」
「……ハハッ、いつも通りだな。行こうぜ、兄弟」
マキシマムが笑い、ヴィクターは影のようにマッドの隣に並んだのである。
アーサーはバイザーに残る「地球」の座標データを一瞬だけ見つめたが、すぐにモードを変更し、その後に続いたのだった。
彼の視界の先には、未知なる都市「エルドリア」への道が続いていたのである。




