第11話 ゴブリン砦! 生ゴミ野郎大清掃作戦!!!
二つの歪な月が冷たく照らし出す、異世界の果てしない荒野。
その青白い月光の下で、マッドたちは死神のような不気味な静けさを保ちながら、着実に移動を続けていたのである。
セクター9の死闘において、ソルジャー級ローチから剥ぎ取ったドロドロの脳漿は、既に乾燥してどす黒い不気味な皮膜となり、彼らの装備の至る所を覆い尽くしていたのだった。
その鼻を突く強烈な悪臭は、皮肉にも彼らが持つ「人間としての生命活動の臭い」を完全に遮断し、異世界の魔獣たちの鋭敏な嗅覚さえも完璧に欺いていたのである。
「……見えてきたぜ。汚ねえツラが拝める距離だ」
ヴィクターが岩陰に深く身を沈めながら、低い、冷徹な声で呟いたのだった。
前方、約三百メートルの地点。
そこには巨大な丸太を乱雑に、だが圧倒的な質量として組み上げた「ゴブリンの砦」が不気味にそびえ立っていたのである。
至近距離で観察すればするほど、その建造物の成り立ちは異常極まりなかったのだった。
砦の土台を支える数メートル級の巨木は、ゴブリンのような小柄な種族が人力で運べるような重さではないのである。
それが、物理法則を真っ向から無視したような歪な角度で、傲慢に垂直に屹立していたのだった。
「……アーサー。お前のその『科学の目』で見て、どう思う。あいつらにあんなモンが作れるか?」
マッドが、愛銃ショットガンの機関部を指先で確認しながら、静かに尋ねたのである。
アーサーはパワードスーツの各部から漏れ出す駆動音を最小限にまで絞り込み、タクティカル・バイザーに表示される解析データを、食い入るように見つめていたのだった。
「……ありえない。断言するよ、マッド。あそこにいる個体たちの脳容量と前頭葉の発達具合を精密にスキャンしたが、彼らには『設計図』という概念を理解する知性も、協調して巨大建築を行う社会性も、何一つ備わっていない」
「ようするに、救いようのないバカってことだな」
バイザーが捉えた視界の先では、数体のゴブリンが砦の入り口付近に転がっていた、仲間の死骸の肉を巡って、互いの喉笛を突き刺し合うような醜悪な争いを繰り広げていたのである。
一匹が仲間の首を強引に食いちぎり、勝ち誇ったように汚らしい叫び声を夜空に上げる。
その振る舞いは、文明とは程遠い「狂った獣」そのものだったのである。
「だというのに、この砦の構造強度は異常だ。丸太の接合部から、未知のエネルギー反応……いや、これが地球外のデータにあった魔力というやつか? あるいは未知の魔法なのか? 計測不能な『結合圧力』が検知されている。何者かがこの獣どもを単なる労働力《奴隷》として使い、強引にこの砦を築き上げさせた……そう考えるのが科学的に妥当だ」
「誰が作ったかなんてのは、今の俺たちには関係ねぇ。要は、俺たちの武器でぶっ壊せるかどうかだ」
マッドが静かに立ち上がり、銀色に輝くナックルガードを力強く握り込んだのである。
「ヴィクター。お前は左の監視塔から順に片付けろ。俺は正面から堂々と行く」
「了解だ、リーダー。……久しぶりに、サイレント・キルが楽しめそうだぜ」
ヴィクターが、二振りの超硬ナイフを逆手に持ち、月光の届かない影の中に溶け込むように音もなく走り出したのだった。
「待て! 二人とも、正気か!?」
アーサーが、通信機のボリュームを最小限に絞りながら、悲鳴に近い焦燥の声を上げるのである。
「敵の数は推定で五百を優に超えているんだぞ! まずはマキシマムの重機関銃で遠距離から施設を破壊し、敵の指揮系統を混乱させるのが戦術的なセオリーだ。慎重に行けと言っているだろう!」
「……セオリーだあ? アーサー、お前はまだ戦場を分かってねえな」
マッドが、一度も振り返らずに吐き捨てるように言い捨てたのである。
「慎重に動いてる間に、リリーはもっと遠くへ連れ去られちまう。……あいつらが言葉を持たない『獣』なら、交渉する時間など一秒も無駄だ。群れの中で一番強え野郎の首を真っ先に狩る。それが、俺たちの唯一のやり方だ」
マッドはアーサーの制止を完全に無視し、堂々と砦の正面正門へと歩みを進めたのだった。
背後では、マキシマムが重機関銃の堅牢な三脚を地面にどっしりと据え、重厚な給弾ベルトをジャラリと不吉に鳴らしていたのである。
「……ハハッ、仕方ねえなあ。リーダーがああ言ってるんだ、アーサー。俺はここで、砦から飛び出してきたゴミ虫どもを、片っ端から豪華な花火に変えてやるよ。バックアップは任せな」
マキシマムは、火のついていない葉巻を力強く噛み締め、射線上に立ち塞がるあらゆる障害物を、頭の中の戦術コンピューターで計算し始めたのである。
「……君たちは、本当に救いようのない脳筋集団だ……」
アーサーは絶望的なため息をついたが、その手はすでにパワードスーツのパルスレーザーを、マッドの進路を正確に援護するための最適化モードへと切り替えていたのだった。
砦の入り口で、同族の肉を貪っていたゴブリンの一匹が、不自然にその動きを止めたのである。
ローチの脳漿による悪臭でカモフラージュしているはずだが、マッドが全身から放つ、抜き放たれた抜き身の剣のような鋭い「殺気」までは、隠しきれなかったのだった。
ゴブリンが、濁った黄色い目を剥き、月光の中に立つマッドの巨大な姿を捉えたのである。
「ギギッ……ギギャァァァァッ!!」
その耳をつんざくような警告音が、静寂に包まれていた夜の荒野に、激しく響き渡ったのだった。
「……気付くのが遅えんだよ、ゴミ野郎が」
マッドの低い呟きと同時に、頭上の監視塔から、一匹のゴブリンが声もなく崩れ落ちたのである。
ヴィクターの放った超硬ナイフが、その喉元を正確に、そして音もなく貫いていたのだった。
それが、凄絶なる大乱戦の火蓋を切る、開戦の合図だったのである。
マッドは一気に加速した。
パワードスーツの出力を一気に引き上げ、重戦車のごとき質量で突進を開始したのである。
正面から錆びた棍棒を振り上げて襲いかかってきた三匹のゴブリンを、マッドは避けることすら、あるいは防御することすらしなかったのだった。
「どけッ!!」
ドゴォ!! ヴァキィ!
銀色に輝くナックルガードが、極大の衝撃と共に空気を激しく爆ぜさせたのである。
先頭にいたゴブリンの胸部を正面から跡形もなくぶち抜いたのだった。
異世界の大気に呼応するように、ナックルはさらに神々《こうごう》しい銀色の輝きを放ち、その余波である衝撃波だけで、背後に控えていた二匹のゴブリンの四肢をバラバラに弾き飛ばしたのである。
砦の奥からは、地響きのような唸り声と、数え切れないほどの軍勢の足音が聞こえてきたのだった。
推定五百もの飢えた獣たちが、ただ一人の男を飲み込もうと、雪崩を打って押し寄せてきたのである。
「……マキシマム! 掃除を開始しろ!」
マッドの猛々《たけだけ》しい怒号が、通信機を通じて荒野に響いたのだった。
「待ってましたぜッ!! ひゃはははははっ! 全員まとめて、最高のミンチにしてやるよォ!!」
次の瞬間、後方に陣取っていたマキシマムのM60機関銃が、夜の闇を無慈悲に切り裂く巨大な火柱を上げたのである。
「ひゃはははははっ! 踊れ、踊れぇ!! ゴミ虫どもがッ!!」
マキシマム・コルトの狂気じみた絶叫と共に、7.6ミリ口径の銃口から一メートル近いマズルフラッシュが噴き出したのである。
ドッドッドッドッドッ!! という、地面を震わせ、人間の心臓を直接叩くような暴力的な連続音が荒野に鳴り響いたのだった。
その破壊力は、もはや「射撃」という生易しい概念ではなかったのである。
弾帯に込められた、極めて殺傷能力の高い特殊なハイドラショック弾が、未知の暴力を生み出していたのだった。
放たれたハイドラショック弾の嵐は、魔法的な結合を誇っていたはずの砦の丸太を、まるで腐った林檎のように容易く粉砕していったのである。
乾燥した巨大な木片が、爆発したかのような凄まじい勢いで内側へと飛び散り、そこに身を隠していたゴブリンたちの軟らかい肉体を、容赦なくズタズタに引き裂いていくのだった。
「ギ、ギギッ……ギギィィィィアッ!?」
砦の正面に陣取っていた五十体近いゴブリンの群れは、自らの身に何が起きたのかを理解する時間さえ与えられなかったのである。
マキシマムが水平に、そして正確に掃射を繰り返すたび、ゴブリンの群れは腰のあたりから無残に真っ二つに千切れ飛んだのだった。
緑色の内臓と緑赤色の不気味な鮮血を周囲にまき散らしながら、一瞬にして物言わぬ肉塊の山へと変わり果てていくのである。
「……計算外だ! 砦の強固な構造材が、まるで脆弱な紙細工のように弾け飛んでいる!」
アーサーはバイザー越しに展開される、あまりに一方的で凄惨な光景に、パワードスーツの肩を激しく震わせたのだった。
ヴィクターは、既に制圧した櫓の上から、その地獄のような蹂躙を冷ややかに眺めていたのである。
「マキシマムの奴、これ以上ないほど調子に乗っていやがるな……。オイオイ、ダムダム(ハイドラショック)弾かよ。ずいぶん趣味の悪い物まで隠し持っていたんだな……。まあ、陸戦条約なんかこの世界じゃクソの役にも立たねえ。勝てば官軍だ、仕事に戻るか」
ヴィクターは次の冷酷なターゲットを定めると、再び夜の闇の中に溶け込むように消えていったのである。




