王伝編集官 55話
9章 闇鍋とドロボー
新しく知ったこと、あるいは見たことで、それまで見知っていたものが違って見える。リノリスはそんな感覚を知る。まもなくルシネイラに帰り着く、その先に。
カララララ
トテテテテ
すん、と一息するとかすかに慣れた潮風。まだ視界にないけど湧き上がる焦燥。同時に乗っている乗り物の速度が鈍る。顔を見ても彼?の表情は変わらない。でもそろそろ限界だろう。
「もう少しがんばってね」
そう声をかけて首元をやさしくなでた。感触はごわごわとしていまいちだ。帰国の途についているリノリスたちが乗っているのは馬車ではない。見た目はいわゆるカピバラでサイズはロバくらい。名前はカピリーと言いアラスティでは標準的な乗り物だ。おとなしく持久力があるのが売りだけど、ルシネイラにはいなかったりする。
「フンッス」
気の抜ける鼻息、これが同意なのか不満なのか常に無表情なため判断できない。『観察』はあくまで視るだけで判断は経験によるのです。ルシネイラから出るのが初めてだった僕もカピリーさんは初対面ですよ。そんなカピリーさんと帰ることになったのは、うしろの「わらベッド」で寝ているミレーナ、テラ、サフィ3名の涙ながらのお願いによるものだった。(実にウソくさかったけど)
海の潮風が苦手なカピリーさんにはルシネイラに帰れば会えなくなる。アラスティに来てすぐに人慣れしている彼らの虜となり、そんな気持ちも折り込み済みなお土産『カピリーさんぬいぐるみ』を3人とも抱えて寝てる。ふかふかでもこもこだ。実物はいまいちな手触りのカピリーさん、ぬいぐるみは総ウール100%なのです。山頂を万年雪で覆われているクレステア山のふもとの高原は酪農が盛ん。暑がりで寒がりのカピリーさんの毛皮は防寒用でも残念。肉質も不味くないけど、他に美味しい牛さんや豚さんもいるし。顔も無表情。
(なのにもてるのは不思議なんだなぁ)
リノリス君は知らない。かわいい以外にもてる要素が色々あることを。それって不運だろうか。ごわごわの背中をなでるリノ君の目がやさしいので無問題。知らなくてもわかっていればいいのです。
さて御者席のリノ君のとなりにはアクアがいます。なにやら彼女もにこにこ顔です。作るのが好きなアクアさん、色々やってますが今はこれ。アラスティで毛糸や刺繍糸を買い込んで・・・
(編む?縫う?どっちにも見えるなぁ)
編むなら棒針かかぎ針、縫うなら刺繍針。もちろんそれも買ったけどなぜか使ってない。曰く
「このふわふわ感、棒もかぎも使わず作りたいのよ。」
という謎の回答。そこで魔力操作で一時的に糸を硬化させて作ることにしたようで。どんなのができるのか楽しみ。慣れない作業で作っては解き、作っては解きをくり返していたけど。さっきから様子が変ですよ。アクアさん、普段とちがい今日は髪をポニーテールにしているから横顔でばれてます。かすかに手が震え何かをがまんしてるような感じ。いえ、お手洗いではないですよね。いいんですよ。笑ってくれても。
「・・・ねぇアクア。無理しなくていいよ」
「・・・ごめんね」
そうつぶやくと、それでも声を抑えて笑ってくれた。ちょっと涙目になってる。笑われたことはいやじゃない。なんというか、仕方ない?んだし
(これは試練。うん、そうだ。乗り越えられないことはないって)
頭の上で感じるあたたかさとポリポリという音。
先輩、そろそろ降りてくれませんか・・・
新章と謎先輩のお出ましです。
活躍?するんですかね。




