王伝編集官 54話
「いいにおいがする」
「おやすみー」
据わった目をしてドアにもたれてるテラさんの横を通り、リノリスはそそくさと自分の部屋に逃げる。うん、それが正しい。なのに・・・なぜ僕は世間の酔っ払ったお父さんみたいな気分になるのだろう。遅くなると言ってあったのに。とてもとても不本意だ。
「ふーん、そうなんだ。揚げ物、それも海産物。イカね・・・(他にも食べてるねぇ)」
きこえないきこえない。テラさん、ここぞと嗅覚全開にしないでー。以前聞いた話によると、服や口臭は魔法できれいにできるけど胃の中までは対応してないと。呼吸とともにそのにおいはでてくるのよって、笑顔全開で言ってたのです。こわ・・・
次の日の朝。明日にはルシネイラに帰ると思うと、恒例になった庭の水やりの鼻歌もやや浮かれてきております。ふと、隣を見るとユジーさんの姿があった。後ろ姿でそこから動かない。驚かせないよう少し離れたところから声をかけた。
「ユジーさん、おはよーございますー」
今日の髪型はポニーテールで彼女が振り向くとそれはふわんと跳ねた。そして背後にあるのはキャンバス。朝日が満ちてくる庭を描いていたのだ。筆を持つ手を止め笑顔を見せた。ん?
「おはよう、リノリス君」
なにか昨日までとどこか様子がちがう。どこと言われるとはっきりしないなぁ。そういえば、こんな時はラディ王子のスペシャルスキル『口八丁』(それウソだし)
「今日も清々しい朝ですね(ニコッ)。紙と筆の使い心地はいかがですか?」
「ええ、とてもすばらしいわ。絵の具を使わなくても描けるなんて。さすが王子さまね」
絵のことをうれしそうに話す彼女に絵に関する憂いはなさそうだ。となると・・・あれかな。
「この紙と絵筆は望むままの色を出せますが、心の内も映し出します。今ユジーさんには心を沈ませる何かがあるのでしょうか?」
絵について話すとユジーさんはわかりやすくうろたえた。頬をほの赤く染め、絵に出ていた感じとはちがう。あれ?絵には迷いとか戸惑いがあるように見えたけど・・・
じっと僕を見つめ何か言いたげな顔で、でもなかなか言えない。心の葛藤が済むまで待つと、やがてどこの戦地に行くのだろうかという決意の表情で口にする。
「リノリス君は・・・・ミアさんて方知ってる?」
うっ、胸がちくちく痛みます。ほんとのことは言えないので。うっかり顔にでてしまいましたが、ユジーさんはぎゅっと目を閉じていたのでセーフ。
「僕は直接はお会いしていませんが、その人は昨日帰られたと聞きました」
「え?そうなの。ごめんなさいね、変なこと聞いて」
聞いた当人が困った顔をした。続く言葉がなく、沈黙が漂う。背後のキャンバスには淡く温かな色彩。でもまだ完成には至ってないようだ。これまでの見たまま描く画風からさらに昇華し、描いた人の心象も絵に込められる。それゆえ開発したはいいが使える人が限られるのが現状なのです。ユジーさんも試行錯誤で描かれてますね。
「僕も明日帰りますが、完成した絵は留学した時見せてくださいね」
ここは遠く南方群島の海の中。今しがた届いた包みにサリューレ姫はどきどきした。ゆっくりと広げるとそこには紙の束と絵筆。メッセージカードに書かれていたのは
『あなたが見ている景色を私たちにもぜひ見せてください。 R 』
見上げると揺らめく水の先には彼の人を想わせる空の色。「どうしよう、全部あの色になってしまいそう」と姫はつぶやいた。いえいえ、むしろその頬の色になってしまいそうですと、お付の女官方は思っていたようですよ。
この頃確立した新しい画風が「印象派」と後世に呼ばれる。代表作を一つあげよと言われるとかならず出るのが先駆者でもあるユジーナリ・メルエ作『初恋』。光あふれる庭に身長差のある2つの人影。その破壊力は強面のハゲ親父をきゅんきゅんときめかせるらしい。
これにて7章完。
次回からルシネイラに戻りますよ。
間に異伝はいります。




