王伝編集官 50話
「あらまぁ、こんなにいただいちゃっていいんです?」
「では料理は騎士達が取りに来ますのでよろしくお願いします」
いつからちゃりちゃりという音に心ときめくようになったのだろう。そんな記憶はないのに。ハンスとミアでお世話になった酒場のおかみさんが、うっとりとその袋を受け取る姿に共感を覚える自分におどろきだ。ご主人に依頼書を手渡し、ここで最後とほっと一息。ただおかみさんの表情にほんの少しもやもやを感じたりもした。もとの姿で会うとどちらに見られるかとドキドキしたんです。なぜってハンスは僕の成長したイメージだから。結果はというと・・・
時間を少し前に戻しましょうか
一瞬、扉をノックしようとしたリノリスの手が止まった。さして意味のなさそうな身だしなみのチェックをしたり、そわそわ感が青い春の子みたい。大丈夫、ちゃんといいとこの坊ちゃんに見えてますって。たとえ本人が「重要なのそこじゃないから!」と嘆こうが。確認、今日の服。真っ白な半そでシャツ。ベストとスラックスは明るいグレー地に黒と濃緑のチェック柄。+同生地のベレー帽。でもこの服装が後に騒動の元になったとはさすがにわからなかった。母がコーデしたものなのでリノリスに責任ないとはいえ。
「だれだ、あいつ」
「見たことないね」
離れたところから数人の人影に不躾な目で見られていたが、街中でそこまでの警戒もしてないリノリスにはそれどころでなかった。『観察』はそこまで便利ではなく、それなら『警戒』のほうが使いやすいものだろう。それ以前に彼には危機感が足りないのだけど。同世代の男児の見苦しい嫉妬心など、まだわからなくていいよね。ハンスとミアの働いた酒場にはそれはかわいらしい看板娘がいるのを知るのは、リノリスがラディ王子と留学してくる2年後だし。
「調べるか・・・みんなに連絡を」
「わかった」
見知らぬものに不安や不信、そして警戒はあるだろう。彼らが見たのはななめ後ろから見たリノリス。正面から向き合えば気づいたはず。彼の胸元にある黒い革紐で留められたループタイを。それの金属部分にある紋章、開いた本に交差する羽ペンと剣。それを見れば誰でもすぐに彼の肩書きがわかるのだけど。言ったのは彼の人。休みにしたのも彼の人。リノ君が部屋を出た後、つぶやいた言い訳はこうだ。
「せっかくリノの母君が手がけた子供服ブランド、しっかり宣伝してあげなさい」
どうやらリノ君の頭の中から、「えっ、いまさら僕が宣伝するまでもなくがっつり世間に浸透してますぅ」という言葉は抜け落ちていたようです。まさか私服で出歩いておもしろそうなネタ拾ってらっしゃいと匂わせたのをスルーしたとは。休みとは言ったが私服でとは言ってない。にもかかわらずこの事態。
「ん?なんだか背中に寒気が・・・冷えたかなぁ」
そこは大通りから横道に入った場所なので建物の影で日は当たらない。なのでそう思えなくもないかな。ピンポイントで鈍いリノ君は気づかず酒場に入っていった。じーーーっと見つめる目があったのだけど。
で
おかみさんとご対面です
「まぁぁ、ルシネイラの王子様が私費で慰労会をなさるなんて。さっきまでの外出禁止令で今日は売り上げなしかと思ってたんだよ。助かるわねぇ」
「それでこちらが代金です」
すると、明らかに見たことがある表情になった。すなわちハンスを初めて見たときの顔だ。え、やだ、うそ、ときめく乙女顔がこの袋と同じって。リノリスはさらに動揺した。いや、まて。そもそも何を張り合っていたんだ。中身がラディ王子なのだ。姉を思い出せ、自分と同じ容姿なのに、ちがう周囲の反応。これから数年過ぎたにしてもおかみさんにこんな顔させられるか?中身の差は大きい・・・というか、もうこの袋に対抗してる気がして虚しくなったよ。
営業スマイルを残し酒場を後にしたリノリスは欲しくない言葉を聞かずに済んだ。
「それにしてもかわいい子だったねぇ。ミアちゃんのご親戚かしら」
先に進めるべきか。小ネタが多いので詰め込もうかな・・・
すぐに割り込もうとする方々がいて軌道修正に難儀しております。
次回から寄り道が続きます。それも仕事なんですよ?




