王伝編集官 47話
「蛇ですか」
「あぁ、湖底で眠っていた。だがあの姿は・・・」
近づく気配は肌を指す痛みをもたらし、ゆっくり彼は目を開き空を見上げる。日差しは暖かく心地いい。ルシネイラは海に面しているため同じ時期でも少し暑く感じるのだが。ハンスとミア、もう取り繕う必要もないのでラディ王子とリノリスの表情からは甘い空気は消えていた。雲ひとつない空に小さな黒い染みが置かれた。
明るい午後の王都広場の上空にじわじわと広がる黒染み。大気そのものが敵になったかのような肌刺す痛み。10年も前倒ししておびき寄せたこれはなんなのだろう。身体が震え汗が噴きだすのは正直以外なにものでもない。今も戦っているみんなもそうだと思う。いるだけで「恐慌」をもたらす。過剰な戦力だと言われたのは、必須だったのだと知らしめた。
ベルデミン王子が称したものはたしかに蛇に見えるが、否定したい。頭部が。白い
「骨だね」
「生きてるのですか?あれ」
「意思をもってるならそうだろうね、ずいぶん嫌われたようだけど」
ミツケタ
どろりと骨になった頭部から黒いもやがあふれだす。眼のあった場所の奥には赤黒い瞬きと深い蔑み。それはもやに乗ってしなやかな胴体を包んでいく。鱗の輪郭が融けるようにふやけていき、換わりにぷよぷよとふくらみだした。はじめは小さな変化がしだいにぶよぶよと不快な音をだす。
「風船みたいですねぇ」
「ふふ、その中にはこの世のすべての毒が入ってるからね」
「それでカラフルなんですねぇ」
カラフルといっても「貧血のような赤色」とか「不味そうな煮物の色」など口にしたくはない色とりどり満載ですが。さっきまでの緊張感どこ行ったと言われそうですがその通りです。防護は完璧ですからね。さらに目の前でどう見ても手が生え足が生えてる光景が異様でもへっちゃらです。なんかいろいろ生えるし胴体はあらぬ曲線、これは
「・・・竜に焦がれたか。でもこのままじゃ倒しがいがないね」
ラディ王子はそうつぶやくとそれに手をかざした。ぷよんぷよんのどろんどろんな形に圧がかかる。10mは離れていたのに思わず後ずさりしそうです。なので次のシフト。跪いて祈りのポーズ。うん、楽です。というか出番はこれだけなんですけどね。
圧と共に風が巻き上がり黒もやが不味そうな身体にまとわりつく。そういえばこの黒もや、いわゆる魔素というものですが、ラディ王子が「こんなもの黒もやで十分です」と一蹴。知り合いなんでしょうか。魔素の知り合い?「観察」でもさっぱりですよ。「王印」でも不可クラスだろうし。うーん。ま、丸なげですね。
文字通り「みーてーるーだーけー」の間に、ぶよぶよしたお腹は割れた腹筋に。たるんだ二の腕はすっきりシャープに。垂れたアゴ下に立派なくびれが。すばらしいですよ、奥様。と、まぁ。この先は危険な薫りが。筋肉のついた指先から刺さると痛そうな長い爪が四肢に生えそろいました。丸みがあった口元はごつごつと角ばり、かじられると痛そうな牙。頭からは
「もっと角増やそうか。いやあまりモデルに似すぎると後で文句が・・・」
両手を使って指をさ迷わせながらぶつぶつ言うラディ王子は、ここの肉付きがどうのとかドレスの着付けかいと突っ込みたくなる念の入れよう。色は黒でいいいかと言ったあたりからどこのラスボスだと思うのですよ。最後の目元も丸っとしたラインは跡形もなく、切れ長でにらまれてるー。もはや面影は眼って赤黒かったっけという色しかなーい。
「ふー、こんなとこかな。うん、いい仕事した」
「ここまで凝る必要ありますかねぇ」
「後で『わしはこんなんじゃないぞー』ってクレームがくるからね」
「あぁ、あの方ですか。これ」
黒もやはすべて口の中に押し込まれ、クリアになった視界に広がる全体像。なんともすさまじいが身体は拘束されているため、苦し紛れの咆哮が轟く。なにも洩れないように張られた防壁だけど振動までは完璧でなかったらしい。後日、その話を聞いたときはわざと洩らしたのだという仕業に苦笑しましたよ。だって舌は蛇のままでしたし。発声器官だけだから恨み言も思念のみ。やはりラディ王子のいう「仕事」にも毒ありますよねぇ。
「さぁ、切ってしまおうか」
ケーキですか!
いままで書いた中で一番早く仕上がったのは、苦手なものは先に食べる性分だからでしょう。
書きだすまでが長かったですが。寄り道したくらいですし。
ということで「王女と補佐官」という別腹はじめました。どうぞ召し上がれ。




