その頃、外では
「終わったか」
ゼルティウスは辺境伯の城館の中から外へと放たれた真紅の奔流を見て決着を確信した。
ゼルティウスの周りには辺境伯に仕える衛兵や騎士たちが大量に倒れており、その数は軽く百を上回っていた。
『百神斬り』の異名を持つゼルティウスにとって、ただの人間の百人や二百人、千人や二千人など剣一本で相手にできる数であった。
今頃、誰かがアスラカーズに一生ものの心の傷を負わされている頃だろうと思うと哀れに思わないでもなかったが、心の底ではゼルティウスはどうでもよかった。
ゼルティウスにとって大事なのは自分の故郷を滅ぼした仇を殺すことであり、それ以外は多少なりとも心が動くが重要なことではない。
「……隙あり!」
ゼルティウスは倒れた兵に紛れて襲い掛かってきた騎士の腕を振り返りもせずに切り飛ばした。
「っうあぁぁぁぁ! 俺の腕ぇぇぇっ!」
叫んでいたのは衛兵隊長のギースレインであった。
ギースレインはゼルティウスの戦いぶりを見るなり、早々にまともに戦うことを諦め、倒れた兵士の中に隠れ、隙を伺っていたのだった。
「あぁ、すまんな。邪気を感じたもので、手加減ができなかった」
ゼルティウスはそう言いながらもギースレインを見ることはしない。
どうでもいい相手をどうでもよく斬っただけなので、何も気にしていなかったのである。
「すぐに止血すれば死ぬこともないのではないか? まぁ、死んでも構わんが」
ゼルティウスはアスラカーズと違い。敵を生かしておこうとは思わない。
殺すほどの相手でもないから、大量の兵士は生きて倒れているだけで、死んでいてもどうでもよかった。
「……面倒なことになりそうだな」
辺りが騒がしくなってきた。
兵士が倒れたせいで戦いが終わったと思ったのか、住民が道に姿を現し始めたのだ。
「迎えに行くか」
ここにいても仕方ない。そう思い、ゼルティウスはアスラカーズを迎えに行くことにし、城館へと向かうのだった。
──城館の前に着くと、見るも無残に半壊した建物があった。
城館の前には豪華な見た目の馬車と美しい姫君が顔色の悪い男二人と一緒に立っていた。
「ちょっと、失礼」
ゼルティウスは面倒なことになりそうな予感がしたので、関わらずに城館の中に入ろうとしたが──
「よう、ゼティ」
ゼルティウスが入ろうと思った矢先にアスラカーズがイズヴァルトを抱えて廃墟の中から出てきた。
アスラカーズはご機嫌だ。その様を見て嫌な予感を覚えるゼルティウス。こういう時にトラブルを起こさずにはいられない男なのだ、この男はという確信が長い付き合いのゼルティウスにはあった。
「オラ、パパとお兄ちゃんに泣きつきな!」
アスラカーズは抱えていたイズヴァルトをラスティーナのそばにいた男二人に向かって投げつける。当然、毒によって体を病んだ二人──辺境伯とイズヴァルトの兄には、イズヴァルトを受け止める力などなく、飛んできたイズヴァルトを受け止めきれずに倒れこむ。
「ストライクっ! いや、ボウリングだったらスペアか? まぁ、どうでもいいわな」
アスラカーズは大きく伸びをするとイズヴァルトへの関心は完全に失ったようでゼルティウスに向き直る。
「あの坊ちゃんから聞いたんだけど、俺を召喚するように指示を出したのは白神教会の宣教師だとか。でもって、業術も教えてもらったらしいぜ。なぁ?」
アスラカーズはイズヴァルトに向かって声をかける。
イズヴァルトはというと焦点を失った目でブツブツと──
「殺してやる……貴様だけは殺してやる……」
そうアスラカーズへの殺意を呟いていた。
それを受けても不敵な笑みを浮かべるアスラカーズにゼルティウスはウンザリするのだった。
「ひひ、完全に出来上がってやがる」
「また一人ぶっ壊したな」
アスラカーズへの復讐しか考えられない狂人をまた一人作り上げたことにゼルティウスは毎度のことのように呆れていた。
「──で、ゼティよう。その宣教師がアードの町ってところに向かったんだとさ。一緒に行こうぜ?」
確かな情報なのか? と疑問を抱くが他にあてもないとゼルティウスはアスラカーズに同行することにした。
さて、そうして、廃墟になった城館を後にしようとする二人だが、そうは問屋が卸さない。
「待ちなさい!」
ラスティーナがアスラカーズを呼び止める。
「私を助けていただいたことには感謝をしています。しかし、容疑者のイズヴァルト殿に対しては……」
ラスティーナはイズヴァルトを見下ろし、それからアスラカーズを見る。
「やりすぎではないですか? それに館の損壊も……」
「──知らねぇ、知らねぇ、どうでもいい。倒した奴は復讐しに来るまで興味がないし、建物なんかまた建てればいいじゃん。そこのポンコツ二人が頑張ってさぁ。だから、俺には関係ないし、どうでもいいし、なんでもいい」
アスラカーズは多少なりとも満足をしているようだ。
あまり良くない傾向だとゼルティウスは思う。この男は満足しているときより不満足の時の方が話が通じる。
ゼルティウスも他者への関心が薄い方だが、それは普段は自分の代わりにアスラカーズが他者へ関心を持ってくれているからであり、そうでなければ自分が気を遣わなければ周りと問題が生じることを理解していた。
「なんという言い草か!」
ラスティーナが手で合図するとラスティーナの護衛の騎士たちがアスラカーズ達を取り囲んだ。
「つまんね、つまんね、つまんねぇぇぇ!」
取り囲んだ瞬間にアスラカーズが周りの騎士たちに襲い掛かり、ほぼ一瞬で全員を打ち倒してしまった。
「雑魚連れてくんなよ。後味が悪くなんだろ! 俺はそこの坊ちゃんのイカレ顔でフィニッシュ決めたかったのによぉ!」
「殺す! 絶対に殺す!」
「OK、OK。殺しに来な、絶賛ウェルカムだぜ。ははははは」
高笑いをあげながら立ち去るアスラカーズとゼルティウス。
その背を見ながら、叫ぶのはラスティーナだった。
「このままで済むと思っているのですか!」
「これを今までやってきたから、俺はここにいるんだぜ?」
傍若無人の化身。人面獣心の怪物。闘いの地獄に生き敵を求めて彷徨う闘獄のアスラカーズ。呼び名は数あれど、アスラカーズはこうして生きてきた。
全ての存在を敵に回す男は一国の姫だろうと関係ない。
「俺に文句があるなら、俺の敵になるといい。敵の話はちゃんと聞いてやるんだ、俺はさぁ」
ラスティーナは不敵に笑う男を追うこともできず、その背を睨み付けることしかできなかった。
こうしてイクサスの町でのアスラカーズの冒険は終わりを迎えるのであった。




