知った顔を打つ
夕方頃、俺は辺境伯の領都イクサスの富裕層向け区画をブラブラと歩いていた。モレー男爵の屋敷について、どこにあるかは富裕層区画と一般区画を分ける門にいた衛兵に聞いている。男爵に届け物があるといったら簡単に教えてくれたので、この世界のコンプライアンス意識は俺にとって極めて都合がよい。
「さて、家の前についたわけだが──」
だいぶ立派な屋敷だ。領地を持たない官僚貴族の割には儲けているようで何より。
時間は夕方、夕食にお邪魔するのも悪くはないだろう。
屋敷の前には門番が立っているが、ぶっちゃけ木偶だ。俺なら秒殺だろう。
「ちょいと、サーセン」
俺は門番に声をかける、そしてこっちを向いた瞬間に顎先に右フックを叩き込み、意識を刈り取り、もう一人も上段回し蹴りで意識を吹っ飛ばす。
暴力的? でも最速だぜ?
俺は扉を開けて屋敷の中に入る。外の騒動が聞こえたのか、護衛の兵士が五人やってきた。
一人目、真っ直ぐストレートの拳を顔面に当てて気絶。
二人目、背後に回ったので後ろ回し蹴りを鳩尾に当てる。
三人目、踏み込んでボディブロー、
四人目、振るってきた剣を持ち手を抑えることでいなして、返す刀で顎先に右フックを入れて脳を揺らし、意識を刈り取る。
五人目、逃げようとしたので襟首をつかんで引きずり倒し、鳩尾を踏み抜いた。
「木偶共が」
相手になんねぇよ、カス。もっと鍛えろ。
メイドの悲鳴も聞こえてきたが、そっちはメイドの方を見て──
「キミらには痛いことをするつもりはないから帰っていいよ。三十分くらいしたら戻ってきてくれると嬉しいね」
そう言って屋敷から追い出した。
さて、目標の男爵だが、どこにいるのかと思い、食堂の扉を開けると、お食事中のようであった。優雅で良いね。俺もそういう生活をしたいもんだ。
「き、貴様、何者だ!?」
はいはい、静かに、動かないでね。
立ち上がろうとした男爵の両腕、両足に真紅の縄が巻き付き、椅子のひじ掛けと脚に男爵の体を固定する。ついでに猿轡もしておこうか。真紅の縄は俺の神器で出し入れ自由、大きさも形も自由な布。どんなに頑張ってもまともな人間に引きちぎれる代物じゃない。
「おお、すごい。ガラス瓶に入ったワインがあるじゃないか」
このくらいの文明だと結構な貴重品なんじゃない?
俺はすでに結構減っている中身を瓶に直接口をつけて飲む。ついでにつまみとして、皿の上にあった鴨肉のローストを手づかみし、ソースをべっとりつけて口に運ぶ。
「奥さんとか、娘さんは? いるなら同じ目に合わせないといけないんだけど──」
机には男爵の食事しか無いので、そっちを気にする必要はなさそうだ。
俺はワインの中身を飲み干す。あじは、まぁ現代とかのワインを飲んでる俺からすれば微妙だが、エールよりかはマシだった。
俺は空になったワイン瓶をもって、男爵に近づく。
「さて──」
俺は空になったワイン瓶で男爵の鼻先を叩いた。
映画とかドラマと違って、ガラス瓶はそこまで簡単に割れない。
鼻を殴られた、男爵が驚愕と憎しみを込めた目で俺を見る。
「そんな怖い顔をするなよ。俺はキミと話をしに来ただけなんだからさ」
俺は近くにあった椅子に腰かけ、なんとなく何本かのカトラリーを手に取る。
テーブルナイフにフォークにスプーン。
「これもアイスブレイクってやつさ。初対面での緊張をほぐすためにやる奴ね」
研修会やミーティングなどで始まる前に隣の席に座る人と自己紹介をする時間があるが、それと同じと俺はうそぶいた。
「じゃ、猿轡を外すからわめかないでね」
口許の紅い縄が消え去ると、その直後だった。
「──誰か!」
俺はガラス瓶で男爵の頭を殴った。
わめかないでねって言ったじゃん。駄目だよ、約束やぶっちゃさ。
額が切れたのか血が流れるが、俺の知ったことじゃない。
完全に怯え切った表情で男爵が俺を見ている。
なんだろうな、既視感があるぞ。よく見たら顔もかなり若いし──
「──あ、キミ、俺を召喚した邪教の坊ちゃんじゃん」
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