権能
みんなイカれてて楽しいよね。
この世界の住人はどうにも喧嘩っ早いようで嬉しいぜ。
…………んなこたぁあるわけない。
普通に考えればみんなもっと冷静にことを進めるはずだ。
でも、それは不可能。なぜなら、俺がいるから。
闘争と呪縛の邪神アスラカーズ。
俺がもともと持っている神としての権能はこの世界に来てほとんどが使えなくなった。原因は分からないが、分からないものを考えても仕方ない。
──ただ、一つだけ今でも使えるものがある。
『狂争の闘獄』
ぶっちゃけ大した能力じゃない。
一定範囲内にいる人間を多少喧嘩っ早くするだけの力だ。少し理性的な奴ならかからないし、相手を殺そうと思うほど感情的な昂ぶりも起きない。ただ、この能力には副産物もあり、この効果にかかった奴は問答無用で俺の信徒扱いになる。もっとも、本人が気づいて嫌ですといえば辞められる程度の弱い繋がりだけどさ。
信徒の数が多ければ多いほど神としての力が強くなることを考えれば強制的に信徒を増やせる、この権能は便利と言えば便利なんだけどね。
ただ、使いどころがねぇ、全くないのよ。いや、あるにはあるんだけど、使っても面白い場面がほとんどない。
真昼間の広場で使えば大惨事が見れそうだけどだけど、俺は素人同士が争っているのを見たいわけじゃないしさ。だから、冒険者ギルドみたいな場所でしか使わないようにしている。
「ま、多少、信徒数も増えたし、いろいろとできることも増えたかな」
冒険者ギルドの惨状は放っておこう。それよりも俺にはやることがあるんだった。
俺は上着を着なおし、神器のスカーフを首に巻いた。
「あれ、アスラカーズさん。まだここにいたんですか?」
おや、カイル君、どうしたんだい?
「僕たちはギルドに忘れ物をしてしまって──」
「あぁ、それなら明日以降にした方がいいかな。急に大掃除をやることになったみたいだから、じゃましないように帰った方がいいよ」
不審そうな表情を浮かべるが、まだ若い少年少女を変な荒事に巻き込むのは良心が咎める。あ、そういえば──
「カイル君に聞きたいことがあったんだ、そういえば」
頼られると無下にできないのが表情に出ているお育ちのいい坊ちゃんだなぁ。
「いい靴屋知らない? ビシッと決まるフォーマルでもカジュアルでもいける靴を売ってる店」
尋ねると秒で答えが返ってきて、良さげな店に案内された。
「俺、木靴とか履きたくないんだけど大丈夫?」
「大丈夫です。しっかりと足の型紙をとってオーダーメイドで仕上げてくれます」
実をいうと、俺は今まで裸足だったんだよね。
信じられる? つーか可哀想だと思わない? 誰も気にしてくれないんだぜ?
「俺に似合うビシッとした奴を頼むぜ」
店主は不愛想で俺の言葉を無視して、革を何枚か持ってきた。
「金はあるのかい?」
とりあえずこれで──と持ち出したのは腹パンゲームをやってるときに積み上げられた掛け金だ。それを貰ってきたわけだが、今頃、金はどこへいったと大騒ぎになっているだろう。
「それなら二足はいけるな」
じゃあ、二足だな。俺は靴とかスーツとかネクタイとか時計とか大量にコレクションしてるんだよね。できれば五足くらいほしいところだけど。今は我慢。
「黒革は好きじゃねぇんだよなぁ」
無難だけど、俺の感覚ではちょっと下品に見えるときがある。
「茶色かなぁ、それと、それの二色を組み合わせて。流行りのスタイルよりクラシックが良いんだけど、見本ある?」
見本でも今の流行りと一昔前、二昔前の靴を俺の前に店主が置いた。
悪くないね。今の流行りは好きじゃないが二昔前のスタイルは俺好み。
「ブーツじゃなく、くるぶしまでのハイカットで頼めるかな。足裏のすべり止めも強くして。つま先と踵は補強ができるならしてもらえると嬉しいね」
「二足はデザインは同じに色違いにしてもらおうかな。足形も早く測って」
スーツも靴もオーダーメイドが最高。
まぁ、いろんなトラブルがあって上手くいかなくてもそれはそれで良いじゃない。
「出来上がりは、二週間ほどと考えてください。それと──」
靴屋の店主がサンダルをくれた。流石に裸足で歩いているのは見苦しかったか。
「さて、次は上着も欲しいところだけど……」
カイル君たちは疲れ切った様子だったので解散することにした。
時間も遅くなったし、これ以上は良くないだろう。
「じゃ、今日はありがとね。また、会ったら、何か頼み事するかも」
それは勘弁と表情に出ているのが可愛いなぁ少年少女たち。
まぁ、俺もあんまり人に頼らないようにした方がいいかね。
「あの、寝るところとか大丈夫なんですか」
カイル君が心配そうな顔で聞いてきた。
うーむ、いい人間だなぁ、この少年は。
ぶっちゃけ、俺は食事も睡眠も必要ないから余計なお世話ではあるんだけど、心配する心の温かみが嬉しいね。
「大地を床に、空を天井と考えれば、この世全てが俺の家さ」
心配無用、俺の家は無限に広く、寝床もまた無限に広い。
「それってつまり野宿なんじゃ」
「はははははは」
俺は笑ってごまかしてその場を後にした。
壁を蹴って適当な家の屋根に上ると俺はそこで横になる。
夕方を迎え、街には街灯の明かりが灯り、夕食の匂いが漂う、そこかしこで働き手の家族を迎える声が聞こえ、夕食の団欒の声が聞こえてくる。
──全部、自分が不要と捨て去ったものだ。俺の人生にはいらないと捨てたもの。
でも、その尊さはわかる。今更欲しいとは思わないが、多少なりとも羨んでもいいだろう。
俺は聞こえてくる暖かな声を子守歌代わりにして、異世界にきて一日目の夜を過ごした。
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