騒乱罪
高ランク冒険者と思しきシュレイドはゆったりとした構えで俺の前に立っている。
腰に帯びた剣にはまだ、手を伸ばす気配はない。
抜き打ちの一撃で俺を仕留めるつもりなのだろう。対して、俺は右手にエールのジョッキ。こりゃあ不利だね。泣けてくるよ。
「シュレイド、殺すなよ」
ギルドマスターのドランが怒鳴っている。
その声に肩を竦めると同時に、シュレイドの体が僅かに揺れた。
「行くよ」
どうぞ、答えるより先に俺は手に持っていたエールのジョッキをシュレイドが腰に帯びていた剣の柄に被せた。
これで剣は掴めない。ジョッキを払いのけなきゃ無理だ。その無駄な動作が致命的な隙を生む。
「のろいぜ、全てがな」
抜き打ちも何もかもが遅すぎる。
俺はシュレイドに最速の一撃をお見舞いしてやった。
最短距離からノーモーションで放たれる一撃──つまり鼻っ柱への頭突きだ。
ジャブだ縦拳だの言ってるけど俺はこれが至近距離最速だと思っている。
鼻への頭突きを食らったシュレイドは体をのけぞらせ、その反動で剣の柄に被さっていたジョッキが落ちるが、やはり遅い。
俺は剣を振るうどころか抜く余裕がない間合いまで、既に距離を詰めた。
この距離だと俺も腕を振ってパンチは不可能。じゃあ、どうするかっていうと、肘打ちがある。俺は腕を限界までコンパクトに折りたたみ、勢いよく肘を振り上げた。
パンチで言えばアッパーカットに当たる縦肘打ちはシュレイドの顎先にクリーンヒットし、その意識を刈り取ってギルドの汚れた床の上にその体を転がす。
──直後、俺は弾かれたような勢いでその場を飛びのき、近くにあった酒場のテーブルを横に倒し、盾にした。
「よくも!」
でか帽子の女魔術師がぶちぎれて俺に火球の魔術を撃ってきた。
シュレイドに惚れてるかなんかしてんだろう。無様にやられたところを見てキレたらしい。
火球の魔術は盾にしたテーブルに直撃するとテーブルを粉砕し、火の燃え移った破片が辺りに飛び散る。
「や、やめろ、アンナ。魔術は──」
火の燃え移った破片の飛び散った先はあちこちで──
「ああ、書類に火が!」
「あっちちちち」
「ぎゃあ、俺の服に火が!」
「髪が燃えているぅぅ!」
あははははは
俺は横に跳び別のテーブルに隠れる。
「下手くそぉ!」
テーブルに隠れながらアンナといった魔術師に向けて中指を突き立てて見せる。
意味が通じるかは分からないが、挑発というのはわかったらしい、またしても火球が飛んできて、周囲が大惨事になる。
「ぎゃあああ、ぜんぶ燃えるぅぅ」
「てめぇ、俺にぶつかりやがったな」
「あっちぃ、こっちよんなボケ」
「ボケとはなんだヘボが!」
小火が広がる中、冒険者ギルドはしっちゃかめっちゃか、遂には冒険者同士の喧嘩まで始まる始末。
「落ち着け、落ち着け、貴様ら!」
ギルドマスターのドランが事態の収拾にあたるが、そこに冒険者が倒れきて巻き添えを食って何人もの冒険者の下敷きになる。そしてついにドランもキレた。
「こんのクソ冒険者どもが、全員根性叩き直してやる」
ギルドマスターも喧嘩に参戦。おっと、アンナの方は仲間の冒険者に押さえつけられてやがる。つまんねぇなぁ、もっとぶっ壊してくれてもいいのに。
そう思った矢先、弓使いの男の矢が俺に襲い掛かるが俺は軽くそれを掴み取った。
殺す気じゃねぇか。まぁ、こんな状況を作ったのは俺だから、俺を狙うのは間違いじゃねぇんだけどさ。いやぁ、その殺意にウケるよ、だって殺していいの? 俺のこと。傷の一つや二つで済ませるんじゃなかったっけ?
「ははははは、あはははははは」
みんな良い感じにイカれてきてるじゃないか、楽しいだろう。
正気じゃないのは、争うのは、混沌としているのは、面白い。
もう、誰も俺なんか眼中にない。
目の前の闘争に没頭している。いいね、こういうの好きよ。
さて、騒がしいうちにお暇しましょうか。
──こうして、冒険者ギルドから抜け出した俺は無事に平和な街中へと──
「貴様、冒険者ギルドから出てきたな」
紛れ込むことはできませんでしたと。いいねぇ、トラブル続き、人生はこうでなくちゃ。
「我らは辺境伯領都衛兵隊である。冒険者ギルドで騒ぎがあったと通報があった故、関係者は逃すわけにはいかぬ」
「関係者じゃないですぅ。ただの依頼客ですぅ」
──と言った瞬間、細剣の一撃が俺のほほを掠めた。
「知ったことか。そんなこと」
ひでぇなぁ、正気かよ。一般人を殺す気かい?
まぁ、実のところ、一般人じゃねぇんだけどさ。
「そもそも俺の剣を避けられる奴が一般人のわけがない」
ま、確かに鋭かったけどさ。でも、そんなに自信を持つほどじゃないと思うけどな。
「弱い奴をいたぶってきた剣って感じだなぁ。キミ、本当の戦闘したことある?」
俺は目の前の衛兵を挑発するように言った。
多分、ニヤッと笑ってんだろうな、俺。いつも自信満々で不敵な笑みを浮かべてるって言われるしさ。
「き、貴様、この俺を衛兵隊長──ギースレインを馬鹿にするつもりか!」
叫んだと同時に俺は足元の砂を蹴り上げた。
目と口に砂が入ったのか、ギースレインと名乗った男は怯んだ様子を見せ、俺はすかさず顔面にパンチを叩き込んだ。
その衝撃で歯が折れたのか白いものが宙を舞うのが見えた。
「しょぼ、こんな手に引っかかるとかガキ以下じゃん」
俺は口元を抑えるギースレインを見下ろす。ただ、勘だろうが、パンチが当たる際に頭を動かしてダメージを軽減させるセンスは褒めてもいいだろう。褒めないけど。
「きひゃまら、なにをみへいる、ほれがやられたのだぞ。いまふぐほいつをほりおさへろ」
口が回っていないから伝わっていないのか、それともそもそも後ろにいた部下が従う気が無いのかがわからないが、部下の一人が言う。
「我々は冒険者ギルドの騒動を鎮圧に来たのでは? ここにいる男一人に時間を勝かけている暇などないはずでは」
その言葉を聞いてギースレインもハッとした様子を見せ、立ち上がると俺をにらみつけた。
「ふんはよかっはな。ひょうのところはみのはしてはる」
そう言って、ギースレインは部下と一緒に冒険者ギルドの中に乗り込んでいった。
「衛兵隊だ。騒動があったと通報があったぞ!」
まぁ、小火も起きてるし、みんな喧嘩してるしねぇ。
俺は窓の外から中の様子を見ると今まさにギルドマスターのドランがバックドロップで冒険者の一人を床に沈めているところだった。
「うるせぇ、衛兵隊が冒険者のことに口を出すな!」
「なんだと、我々は辺境伯閣下から領都の治安を預かっているのだぞ!」
「うるせぇ、こっちにはこっちのルールがあるんだよ」
「貴様らぁ、全員、騒乱罪で逮捕してやる!」
今度は冒険者ギルド対衛兵隊の喧嘩だ。
いやぁ、見どころ一杯で楽しいねぇ。
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