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宇宙の帳尻合わせ屋 ルーシッドリ・ラスタ号  作者: さんけい


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第九話 古い鍵

 E‐001の封印を調べる会議は、なぜか食堂で始まった。


「艦橋じゃなくていいんですか」


 マヤが訊く。


「こっちのほうが椅子が多い」


 ドギーが答えた。


「あとマーサさんのお茶が出る」

「それが本音だろ」


 ヘルは嫌そうにマグを受け取った。

 テーブルの中央に、ラスがホログラムを出す。E‐001の内部構造と、重なった認証層。


『まず確認です。中の人は生きています。かなり深い低温状態。起こせるかどうかは、マリエン先生次第』

「起こすだけなら、できますぅ」


 マリエンが果物を剥きながら言う。


「元に戻るかは知りません。身体がどのくらい変わっているか、外からじゃ分からないので」

「変わってる?」


 クルトが訊く。


「普通の人を、こんなに深く眠らせる必要ないんですよぅ」


 マリエンは皮を一本につなげたまま皿へ置いた。


「止めておきたい理由があった。死なせたくない理由もあった。たぶん、両方」


 ホログラムの端に、古い文字列が浮かぶ。


『封印の一層目は帝都軍式。二層目はレーゲンボーゲン総統府式。そして三層目に、個人鍵の断片』

「読み上げるなよ」


 ヘルが先に言った。


『まだ何も言ってません』

「顔が言ってる」

『AIに顔はありません』

「うるせえ」


 ドギーが笑う。


「で、その個人鍵って、ヘルさんの?」

『ほぼ』

「ほぼって何だ」

『あなた本人の鍵を元に、別の用途へ派生させたものです。例えるなら、合鍵というより、同じ金型から別の鍵を作った感じ』

「誰が」

『分かりません』


 ヘルの指がテーブルを一度叩いた。


     *


 クルトは、その沈黙を見ていた。

 ヘルは過去を隠しているわけではない。聞けば答えることも多い。

 だが、答えたくない場所へ来ると、急に扉になる。


「開けないのか」

「中の人間を起こすのはまだだ」

「封印も?」

「外側だけ見る」

「それで何が分かる」

「分からねえから見る」


 珍しく、クルトはそこで納得した。


     *


 貨物区画へ移動し、ラスが接続を始めた。

 カプセル表面の古い端子へ、カイが変換器を三つ噛ませる。


「これ、壊したら?」


 マヤが訊く。


「先生に怒られる」

「そうじゃなくて」

「中身も壊れる可能性ある」

「そっち先に言ってください」


 カイは肩をすくめる。


「だから慎重にやってる」


 ヘルが認証端末へ手を置いた。古い鍵が生きているか確かめるだけだ。


『照合開始』


 数秒。


『一致』


 カプセルの側面で、小さなランプが一つ点いた。誰も声を出さない。


『外部記録層、開きます』


 出てきたのは、名前ではなかった。航路図だった。


「何だ、これ」


 ドギーが身を乗り出す。


 旧航路D‐13。その線上に複数の点。

 古い護送船識別番号が並んでいる。


『《チェイン・リンク07》は、このラインの一部だったようですね』

「ライン?」

『護送船団を自動で回す仕組みです。戦時中、収容者や資材を前線と研究施設の間で輸送していた』

「終戦後は?」

『閉鎖されたことになっています』

「“なっている”」


 ヘルが繰り返した。

 ホログラムの最後に、一文だけ残っていた。


 ――処理未了。規定時刻到達後、全ユニット廃棄。


「規定時刻は」

『もう過ぎています』

「なのに、チェイン・リンク07は残ってた」

『はい』

「他も?」

『可能性があります』

「ファンドは知ってたのか」


 クルトの問いに、ヘルではなくラスが答えた。


『知っていれば、チェイン・リンク07を二十年も漂わせてはいないでしょう。確認しますか』

「テルミンを出せ」


 ヘルは嫌そうだったが、止めなかった。

 数分後、貨物区画の壁にテルミンの姿が映る。襟元はきちんとしているのに、背後の机には端末と飲みかけのカップが積み重なっていた。


『夜中に呼び出す顔じゃないね、みんな』

「そっちは昼だろ」


 テルミンは背後の時計を振り返った。


『だから働いてる。そちらは寝なさい』

「D‐13を見つけた」


 テルミンの手が止まった。


『どこで』

「E‐001の外部記録。護送船ラインの廃棄命令が生きてる」


 ラスが航路図を転送する。テルミンは軽口を挟まず、点の数と識別番号を二度見た。


『帝都の公式記録では、D‐13は終戦時に閉鎖済み。全ユニット処理済みになってる』

「現物は処理されてねえ」


 航路図の点が、テルミンの顔にも淡く重なる。


『そうみたいだね』


 テルミンは額を押さえた。


『ログは全部こちらへ。表の名簿へ戻せる人は戻す。無理な分は、ファンドの影向帳簿に入れる』

「影向帳簿?」


 クルトが訊く。


『公式には載せられない。でも、無かったことにもしないための別棚だよ。誰が見ても正しい名簿じゃない。少なくとも、誰かが探しに来たとき、最初からやり直さずに済む』

「チェイン・リンク07の父の署名も?」


 クルトは画面の端にある父の名を指した。


『入ってる。署名だけで命令の意味までは決めない。その前後の命令が見つかるまで、注記つきでね』


 慰める言い方ではなかった。だからクルトも、礼は言わなかった。


「D‐13へ行く」

『止めても行くだろうね』


 テルミンの視線がヘルへ移る。


『ヘル。今回は依頼書をあとから出す。先に請求項目だけ全部残して。燃料、医療資材、旧軍認証を使った危険手当』

「危険手当なんか取ってたか、俺」


 テルミンは積み上がった端末から一枚を引き抜いた。


『取らないから赤字になるんだよ』


 通信が切れる直前、テルミンは一度だけE‐001を見た。


『その人を、答えを聞くためだけに起こさないで』

「分かってる」


 返事を聞くと、映像が消えた。ヘルは目を閉じる。


「ラス。D‐13、いま航路として使えるか」

『立ち入り非推奨。ですが行けます』

「補給港は」

「逆方向ですねえ」


 ドギーが言う。


「三日余計にかかります」


 マーサの声が、貨物区画のスピーカーから飛んできた。


『食料は?』

「何で聞いてるんだ」

『ラスが食堂にもつないだ』

『共有したほうがいいかと』

「余計な共有するな」

『で、食料は足ります』


 マーサが答えた。


『行くなら行っといで』

「全員、勝手に決めるなよ」


 ヘルがぼやくと、ドギーが笑った。


「ヘルさんが一番行く顔してますよ」


     *


 クルトはE‐001を見た。


「この人は?」

「寝かせとく」

「起こさない?」

「先に、こいつが何を知ってるのか調べる」


 ヘルは航路図を閉じた。


「人間を答え合わせの道具にするのは、最後だ」


 値札をつける男が、そう言うと、クルトは少し笑った。


「何だ」

「別に」

「最近そればっかだな、オマエ」

「聞かない自由があるんだろ」

「覚えなくていいことだけ覚えやがる」


 ラスタ号は補給港への針路を外れた。


 ――D‐13。


 戦争が終わったあとも、誰にも閉じられなかった線へ向かって。


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