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宇宙の帳尻合わせ屋 ルーシッドリ・ラスタ号  作者: さんけい


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10/12

第十話 D‐13

 D‐13は、何もない場所だった。


 星図には線がある。古い航路番号もある。

 だが肉眼では、暗い宇宙が続くだけだ。

 航路標識も補給衛星も撤去され、星図の線だけが残っている。ラスが警告表示を消しても、同じ場所へ数世代分の「立ち入り非推奨」が重なっていた。


「ずいぶん念入りですねえ」


 ドギーが古い注記を順に開く。


「最初は戦闘被害。次が機雷。最後は航法異常。閉鎖理由が三回変わってます」

「本当の理由を書けないと、危険だけ増えていくんだな」


 クルトが言うと、ヘルは背もたれに沈んだまま答えた。


「嘘は一個じゃ足りねえからな。前の嘘を守るために次を足す」

「本当にここ?」


 マヤが艦橋の後ろから訊いた。


『本当にここです』


 ラスが答える。


「幽霊船とか出るんですか」

「期待してんのか?」


 ミハエルが振り返る。


「少し」

「若いなあ」

「ミハも若いだろ」

「私は幽霊より殿下のほうが怖い」

「何だそれ」


 ドギーが吹き出す。ヘルだけが笑わなかった。


     *


 最初に見つかったのは、船ではなく「跡」だった。


『跳躍航跡の残響、検知』


 ラスがホログラムへ薄い線を出す。


『同じ周期。同じ質量。同じ方向。何度も繰り返されています』

「ループしてる?」


 クルトが訊く。


『正確には、運行スケジュールだけが生きている可能性があります』

「船は死んでるのに?」

『機械は、人間ほど終戦を理解しませんから』


 ヘルの肩がわずかに動いた。


「それ、昔から嫌いだ」

「何が」

「命令だけ残るやつ」


 誰もその言葉には返さない。

 主機の音だけが床を通り、古い航路の周期と重なる。クルトには違いが分からない。ヘルは何度目かの残響が来る少し前から、右肩を押さえていた。


「背中が痛むのか」

「古傷は天気予報にはならねえよ」


 クルトは窓の外の暗闇を見た。


「ここ、天気ないだろ」

「だから当てにならねえって言ってる」


 冗談にしたかったらしいが、指は離れなかった。


「前に来たことがある?」

「近くまでは。一隻、止めようとして焼かれた」


 それ以上は、探査が始まったため聞けなかった。


     *


 医務室からマリエンの通信が入る。


『ヘルさん』

「何だ」

『髪がざわざわします』


 マリエンの「髪」は、比喩ではない。

 シャンブロウの血を引く彼女の髪は、ときどき人間の感覚器官より先に何かを拾う。


『死んだ逃げ鉱。あと、近いもの。すごくたくさん』

「場所」

『船の前。少し右』


 ラスが探査範囲を絞る。


『微弱ビーコン捕捉。識別、翼級護送ユニット。複数』


 暗闇の中に、点が増えていった。

 一つ、二つ、十。さらにその外側にも。

 マヤの顔から笑いが消えた。


「何隻?」

『現在確認できるだけで、二十七』

「人は?」

『分かりません』


 点の一つ一つへ、途切れた識別番号がついていく。護送用、研究用、医療隔離用。用途は違っても、目的地の欄だけは同じように削られていた。


「二十七隻が、同じ周期で?」

『いえ。七群に分かれています。停止した時計が別々に動き始めている』


 スクリーンの点が七色に分けられる。


「最初に落ちるのは」

『ライン・ユニット37。現在の速度なら七十二時間後』


 七十二時間。その数字が出ると、目の前の暗い点が急に近くなった。

 艦橋が静まる。

 チェイン・リンク07一隻でも、ラスタ号は救出者を選ばなければならなかった。

 二十七。


「全部見るのは無理ですね」


 ドギーが言った。


「分かってる」


 ヘルの声が低い。


「いちばん反応の強い一隻へ寄せる。直接接舷はするな。探査艇だけ出せ」

『了解』


     *


 最も反応の強い船は、《ライン・ユニット37》と名乗った。

 船体の半分が焼けている。

 外側には翼のような冷却フィンが残っていた。

 船体の半分は通常空間にあり、残りは古い跳躍の歪みへ沈みかけている。直接接舷すれば、ラスタ号まで引かれる恐れがあった。ドギーが位置を保ち、カイは機関室で出力の細かな揺れを抑える。


『ルーシ、あと三メートル右。そこなら探査艇を出せます』


 ドギーが船を愛称で呼ぶと、ラスは返事の代わりに進路補正を出した。


「だから、うちの船の名前を勝手に短くするな」

「長いでしょう、ルーシッドリ・ラスタ号」


 ドギーは操舵盤の端に「ルーシ」と入力した。


「決めたのオマエらだろ」


 ヘルがぼやくうちに、探査艇のケーブルがユニット37へ届いた。

 クルトはそれを見て、ヘルの背中を思い出した。


「似てるな」

「何が」

「いや」

「またそれか」


 不機嫌そうに言う。

 ラスが探査艇を接触させる。古い記録が少しずつ戻った。


『内部に低温睡眠ポッド。四百基以上。稼働中、三百前後』


 マヤが息を呑む。


「三百」

『他ユニットも同程度と仮定すると――』

「計算するな」


 ヘルが止めた。


『はい』


 今度はラスも素直だった。


『別件。ユニット37、運行スケジュールが生きています』

「目的地」

『近傍恒星』


 意味を理解するのに一秒かかった。


「焼く気か」


 ドギーの声が変わった。


『規定時刻を超過した場合、廃棄処分へ移行。そう書かれています』

「二十年遅れで?」

『時計だけが止まっていたんでしょう』


 ヘルが立ち上がった。


「止める」


 ドギーが彼を見る。


「一隻を?」

「ラインを」

「できるんですか」

「知らねえ」


 ヘルは即答した。


「だから行く」


     *


 クルトは立った。


「オレも」

「留守番」

「なぜ」

「危ないから」

「N‐74では危険がない場所なんか残ってないって言った」

「言ったな」

「じゃあ」

「今回は俺の昔の仕事だ」


 その言い方で、クルトは少し止まった。ヘルは続ける。


「だからオマエが行く必要はない」

「それは逆だ」

「何が」

「オレの父の署名も、このラインにある」


 ヘルの眉が動く。


「オレにも昔の仕事だ」

「オマエ、二十年前は子供だろ」

「それでも名前は残ってる」


 少しの沈黙。

 ドギーがため息をついた。


「ヘルさん。連れてったほうが早いですよ、この顔」

「ミハ」


 ヘルが振る。


「はいはい。私も行きます」

「オマエに訊いてねえ」

「殿下が行くなら行きます」

「面倒くせえな、王族って」

「元王族です」

「余計面倒だ」


 それで決まった。


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