第十一話 十二人
《ライン・ユニット37》の内部は、巨大な冷凍庫だった。
カプセルが壁一面に積まれている。
窓の向こうには、人間に見えるもの、人間とは言い切れないもの、どちらとも分からないもの。
「研究素材・Bロット」
ミハエルが表示を読み、顔をしかめた。
「人の名前じゃない」
「だから残したくなかったんだろ」
ヘルが言った。
クルトの手袋の中で、逃げ鉱の欠片がひやりと冷えた。
近い。何かが多すぎる。
『マリエン先生につなぎます』
「先生」
『見えてますぅ』
医務室にいるマリエンの声は、いつもより低かった。
『喉に鍵がある子。髪に残ってる子。逃げ鉱とくっついたまま眠ってる人。……いろいろいますねぇ』
「起こせる?」
『“起こす”だけなら』
「またそれか」
『生きるところまで連れていくのは、別の仕事ですから』
クルトはカプセルの列を見上げた。
「ラスタ号に積めるのは」
『十二』
ラスが答えた。
「最大?」
『安全を無視すれば十四。おすすめは十』
「十二にしよう」
ヘルが言った。
「何で十二?」
クルトが訊く。
「気分」
「そんなので」
「十じゃ少ない。十四じゃドギーが泣く」
『泣きませんけどねえ』
遠隔のドギーが割り込む。
『でも十二なら帰れます』
『補足。十二基積む場合、帰路は生活用電力を一割落とします』
「食堂の加熱器は?」
マーサが通信へ入ってきた。
『使えます』
「ならいい」
食堂側で注文表をめくる音がした。
「風呂は?」
レオの声もする。
『短時間なら』
「なら十二で」
生死を分ける計算の途中へ、鍋と風呂が入り込む。この船では生活に戻せない数字を、扱ったことにはしないらしい。
*
選ぶ作業が一番つらかった。
年齢――身体状態――覚醒見込み――船への適応可能性。
マリエンから送られてくる判定は、色だけではなかった。
呼吸器が自力で動く、急な重力差に耐えられる、必要な薬がラスタ号にある。
反対に、いま動かせば出血する、専用設備が要る、解凍に数か月かかる。
「助かりそう」という一言では決められない。連れて帰ったあと、食べさせ、眠らせ、次の朝まで生かす条件が一人ずつ違う。
結局、数字を見る。クルトはそれが嫌だった。
「値札と同じだな」
自分でも気づかないうちに口にしていたらしい。ヘルが隣を見る。
「何が」
「生かす人間を選ぶために数字を見る」
「そうだな」
「嫌じゃないのか」
「嫌だよ」
ヘルはすぐ答えた。
「嫌だからって、見ないと全員死ぬ」
それで会話は終わった。
クルトは一つずつタグをつける。選ばれなかったカプセルにも目を向けた。名前のない窓が、何百も続く。
ミハエルは一基ごとに固定具を確かめ、マヤは番号の横へ選定理由を書いた。
「若いから」ではなく、「心肺反応が安定」「薬剤在庫あり」「移送時の負荷に耐える」。
選ばなかったものにも、「不可」だけで済ませず、動かせない理由を残す。
「あとで誰かが来るかもしれないから?」
クルトが訊く。
「来なかったとしても、わたしたちが見たでしょう」
マヤは次の行へ移った。十二という数は変わらない。それでも、その外側を空白のまま捨てないことはできる。
そのうち一つに、銀色の髪の少女がいた。喉に細い線がある。
『その子、持ちます』
マリエンが言った。
『完全に起こせるかは分からないけど。身体は強い』
「この子にする」
クルトがタグをつけた。
「理由は?」
ミハエルが訊く。
「先生が言った」
「それだけ?」
「それだけでいいだろ」
次に選んだのは、腕に鉱脈状の斑点がある青年だった。逃げ鉱との融合が進んでいるが、心肺は強い。
三人目は片脚のない老女。低温睡眠前の手術が済んでおり、マリエンが「起きたら文句を言う体力があります」と判定した。
年齢や見た目で揃えることはしなかった。医務室へ戻したあとに何ができるか、それだけを一基ずつ見た。
以前なら、もっと理由を探したかもしれない。王子として妥当な説明を。
今は、十二人しか運べないという事実の前で、立派な言葉をつける気になれなかった。
*
一方、ヘルは通信ノードへ向かった。
旧式の物理鍵――総統府の認証――ラスが復元した鍵の断片。
通信ノードは多層装甲の奥にあり、物理鍵が七本残っていた。三本は折れ、二本は規格が違う。ヘルは使える鍵を一本ずつ試し、最後に自分の旧認証を重ねる。
『ユーザーHELM‐07』
「その呼び方、まだ残ってたのか」
ヘルの手が認証盤の上で止まる。
『消したのは表の名簿だけだったようですね』
古い命令文が開く。
――対象、回収不能。
――規定時刻超過後、移送。
――公開記録上は戦時死亡。
「回収する気のねえ奴が、回収不能って書くなよ」
ヘルの指が次の画面を開いた。
『隊長。ライン制御へ入れます』
「落下を止めろ」
『一隻なら簡単。全体は難しいです』
「難しいで止めるな」
『止めてません。説明しています』
「じゃあ方法」
『全船の目的地を書き換える。燃料不足で遠距離へは出せない。辺境外周の楕円軌道なら、何隻かは乗る』
「何隻」
『全部。ただし、千年単位で回り続けます』
「それでいい」
『救助ではありませんよ』
「知ってる」
『起こせません。戻せません。船が壊れれば、そのままです』
「分かってる」
ヘルの声が荒くなる。
「焼くよりましだ」
ラスが黙った。
数秒後。
『了解。全ユニット、廃棄航路から外します』
ヘルは目を閉じた。
「記録は」
『どうします』
「処理済み、実行完了」
『嘘ですね』
「知ってる」
『帳簿上は終わる』
「そういう仕事だ」
*
十二基を牽引し、シャトルへ積み込む。
最後の一基が固定されたところで、船体が大きく揺れた。
ユニット37のスラスターが起動し、床の傾きが変わる。固定前の台車が一台滑り、ミハエルが肩で受け止めた。
「みっちゃん、右!」
「作業中はミハエルと――分かっています!」
クルトが反対側の留め具を倒す。二人で台車をレールへ戻し、最後のロックが緑に変わった。
「あとで肩、見せてくださいねぇ」
マリエンの声が通信から飛ぶ。
「殿下を見てからにしてください」
「オレはぶつけてない」
ミハエルは肩を押さえたままクルトを見る。
「殿下は後から痛いと言うでしょう」
「二人とも見ますぅ。そこで争わない」
『ライン航路、変更開始。全船のスラスターが順次点火しています』
クルトは縦穴の奥を見る。運べなかったカプセルが何百も残っている。
「行こう」
ミハエルが言った。
「……ああ」
足がすぐには動かなかった。
「殿下」
「分かってる」
「全部は無理です」
「それも分かってる」
「では」
「分かってるから、少し待て」
ミハエルは黙った。
クルトは十秒だけ、そこにいた。
何か言うためではない。覚えるためでもない。
ただ、置いていくものから目を逸らさないために。
それから背を向けた。
*
ラスタ号へ戻ると、医務室は大騒ぎになった。
「十二も!」
マリエンが珍しく声を上げる。
「ヘルさん、十って言ったじゃないですかぁ」
「俺は言ってねえ」
「顔が十でした」
「顔で読むな」
マーサまでやって来た。
「食べられるようになったら、何人分増える?」
「十二」
「そりゃそうだ」
「聞く意味あった?」
「鍋の大きさ考えてんだよ」
ドギーが壁にもたれ、笑い出した。
「帰ってきたなあ、って感じしますねえ」
クルトはその騒ぎの中で、ようやく肩の力が抜けた。
十二人。
選んだ十二人。
それが正しかったかは、まだ分からない。
たぶん、ずっと分からない。
それでも十二席分、これから食堂が狭くなる。
その事実だけは、妙に具体的だった。




