↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宇宙の帳尻合わせ屋 ルーシッドリ・ラスタ号  作者: さんけい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/12

第十二話 一線を引く

 D‐13を離れた翌日、食堂の椅子が足りなくなった。


 もちろん、救出した十二人が全員起きたわけではない。

 医務室へ運び込まれたスタッフと、様子を見に来るクルーで、人が増えただけだ。

 貨物区画の一部には仮設の医療隔壁が立ち、空調は十二基分に合わせて組み直された。カイは一晩で配線を二本増やし、レオは倉庫から毛布を運び、マーサは補給港へ出す注文を三度書き直している。


「粥用の穀物が、今の四倍。柔らかい根菜。塩。消化剤」

「果物も」


 マリエンが横から口を挟む。


「あんたが食べる分を引いて言ってる?」

「もちろんですぅ」


 マーサは注文数の横へ太い線を足した。


「じゃあ六倍だね」


 注文欄が一行増えた。


「だから折りたたみ椅子を捨てるなって言ったんだよ」


 マーサがカイを睨む。


「壊れてました」

「直せば使える」

「直すのオレなんですけど」

「じゃあ直しな」


 カイは諦めて工具を取りに行き、マヤが笑いながら皿を並べる。


「S‐14より賑やか」

「比べる相手が暗い」


 クルトが言う。


「でも本当です」


 マヤは手を止めた。


「こういうの、久しぶり」


 何を指しているのか、聞かなかった。


     *


 ヘルは食堂の端で、ファンドへ送る報告書を睨んでいた。


「まだ終わらないんですか」


 ドギーが後ろから覗く。


「終わらせたくない奴が多すぎる」

「報告書を?」

「戦争を」

「そりゃ二十年遅いですよ」

「知ってる」


 ヘルは一行消して、また打ち直す。

 D‐13ライン――廃棄命令停止――航路変更――救出十二――残存ユニットは外周楕円軌道へ。

 最後に「処理完了」と入力する。

 指が止まった。


「書きたくない?」


 クルトが向かいに座る。


「書かないと金が出ねえ」

「それだけ?」

「あと、上の連中が安心する」

「本当には終わってないのに」

「本当に終わる仕事なんか、そんなにねえよ」


 ヘルは送信した。

 ほどなく、テルミンから受領通知が返った。


 ――D‐13関連ログ、影向帳簿へ収容。

 ――救出者十二名、身柄保全費用を承認。

 ――残存ユニットは「現物未確認・廃棄停止」として継続保管。


 最後の一行だけ、公式の「処理済み」と食い違っている。


「わざと残したな」

「何を」


 クルトは通知の最後の行を指で囲んだ。


「次に誰かが見つけたとき、続きから始められるように」


 クルトが指すと、ヘルは通知を閉じた。


「あいつの趣味だ」

「悪くない趣味だ」


 ヘルは受領通知を報告書の後ろへ送った。


「本人に言え。喜んで仕事を増やすぞ」

「ラインを引くんだ。ここまでは俺らがやった。ここから先は、俺らだけじゃ無理だって」


 クルトはテーブルの木目を見た。


「王子だったころは、一線を引くのは逃げだと思ってた」

「今は?」

「まだ、少し思う」

「そうか」

「でも、全部持ったら沈むのも分かった」

「船ごとな」


 クルトは笑った。


     *


 医務室では、銀髪の少女が一度だけ目を開けた。

 声は出なかった。喉にある細い鍵は、まだ閉じたままだ。


「こんにちはぁ」


 マリエンが言うと、少女の目が動く。


「ここはラスタ号。急いで何か思い出さなくていいですよぅ」


 髪の先が、少女の手首にそっと触れる。


「名前も、あとでいいです」


 少女は目を閉じる。眠り直しただけだった。

 マリエンはモニターを確認し、少し笑う。


「あとで、でいいものが増えましたねぇ」


 隣の区画では、片脚のない老女が眠ったまま指を動かした。

 さらに奥で、鉱脈模様の青年の脈が少し速くなる。

 十二人はまだ一人として食堂の椅子へ座っていないが、洗濯物と薬の袋と、夜間の見回りだけはもう十二人分増えていた。


     *


 E‐001は、まだ眠ったままだった。マヤのノートには、こう書かれている。

 E‐001――氏名不明――生存――封印外層解除――D‐13ラインへの接続記録あり――覚醒は保留。

 その下には、少し大きな空欄。


「まだ空けてるのか」


 クルトが訊く。


「はい」

「名前が分からないままかもしれない」

「それでもいいです」

「何で」

「空いてるほうが、まだ書けるでしょう」


 マヤは当然のように言う。クルトは笑った。


「それ、好きだな」

「クルトも最近、空欄多いですよ」

「オレ?」

「冬の星へ戻るか。何になるか。ラスタ号をいつ降りるか」

「勝手に書くなよ」

「書いてません。空けてあります」


 また笑った。


     *


 夕食は、根菜のスープだった。

 エイはまだ医務室から出られず、マリエンが後で持っていく。

 救出者たちも眠っている。

 食堂にいる顔ぶれは、つい数週間前とほとんど変わらない。

 それでも、船の中身は変わった。

 壁際には直した折りたたみ椅子が六脚重ねてある。残りは補給港で買う。マヤとレオが、どこへ置けば通路を塞がないか言い合った末の場所だった。


「次の港まで三日」


 ドギーがパンをちぎりながら言う。


「今度こそ補給しますよ。燃料も食料も医療品も、全部減りましたからねえ」


『口座残高も減りました』


 ラスが付け足す。


「それ言うな」

「ファンドへ請求してくださいよ」

「する」

「救出十二名分も」

「する」

「E‐001保管料も」

「する」

「王子様の船賃も」

「それはもう入ってる」

「ミハエルさんの分は?」


 レオが訊いた。


「従者一名で一緒くた」


 ヘルが答えると、ミハエルはパンを置いた。


「異議があります。私にも個別の食費と危険手当を」

「そこかよ」


 ミハエルは自分の皿をクルトの隣へ並べた。


「殿下のおまけ扱いは慣れていますが、食費までまとめられるのは困ります」

「食べる量、殿下より多いもんね」


 マヤの指摘に、ミハエルは否定せずパンをもう一つ取った。


「ラス。分けて請求しろ」

『項目名は“みっちゃん費”で?』


 ミハエルのパンが途中で止まった。


「ミハエルです」


 ヘルが笑いを噛み殺している。呼び始めた本人だけは責任を取る気がない。

 クルトが顔を上げた。


「まだ値札ついてるのか、オレ」

「外す理由がねえ」

「少しくらい上がった?」


 ヘルはスープを飲んだ。


「自分で見ろ」

「教えろよ」

「嫌だね」


 クルトは舌打ちした。ミハエルが笑う。


「殿下。気になるんですね」

「気になるだろ」

「最初は怒っていたのに」

「今も気に入ってない」

「それでも?」

「それでもだ」


 ヘルが、ほんの少しだけ笑った。

 外の宇宙では、D‐13の護送船群が、長い楕円軌道へ入り始めている。

 救助ではない。解放でもない。

 ただ、星の火へ落ちるはずだった道から外れただけだ。

 その程度のことをするために、ラスタ号は燃料を使い、食料を使い、人手を使った。

 帳簿には赤字と黒字が残り、医務室には十二人が増えた。

 食堂には、これから必要になる椅子の数が増えた。

 クルトはスープを飲む。

 王子としての行き先は、まだ決まっていない。

 E‐001の名前も分からない。

 父の署名が何を意味したのかも、答えはない。空欄ばかりだ。

 けれど、空欄があることと、何もないことは同じではない。


「次、どこ行くんだ」


 クルトは訊ねる。ドギーが端末を見る。


「補給港。その後は、まだ未定」

「また未定か」

『うちの通常運転です』


 ラスが答える。


「そうか」


 クルトはそれ以上聞かなかった。



 ラスタ号は、静かに進んでいく。

 行き先の決まっていないものをいくつも積んで。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。