青年の家 第9話
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青年は家路に着くと、キッチンへと向かった。
キッチンでは母が夕食の支度をしていた。
ポトフだろうか。煮込まれた鍋からは食欲をそそる香りが漂っていた。
「あら、おかえり」
「ただいま。これ、イワシ」
青年は母にイワシの入った袋を手渡すと自室に戻った。
部屋のドアを開けて中に入る。
部屋には夕陽が入り影が伸びていた。
もうじき海の方へ沈んで行く。
青年は壁伝いに歩き迷いなく長方形の台に来ると、祖父の遺した3種のライアーハープをそれぞれ大事そうに抱き指を滑らせた。
満月の夜の出来事は聞き間違いなんかじゃない…。
指先が弦に触れるたび、部屋の空気も僅かに揺れた。
——どれくらいそうしていただろう。
ふと気づくと、熱を帯びた西陽の感覚はなくなっていた。
部屋のドアをノックする音がする。
トントン
「はい」
青年が返事をする。
「夕飯できたわよ。降りてらっしゃい」
***
食卓に着くとすでに父と兄も座っていた。
父と兄はこの時期の木の乾燥具合や、どの木が一番適しているかなどワインを片手に話していた。
青年はその会話を聞き流し、
祈りを終えると——
スプーンやフォークの位置を確かめながら静かに食事を始めた。
イワシのパスタとポトフ。
父と兄の会話は聞こえていたが、心には届いていなかった。
「母さん、このパスタ美味しいね」
「さっきのイワシ、パスタにしたのよ。おかわりもあるわ。」
そんなやり取りを見た父が話しかけてきた。
「お前も、もう少し工房にでたらどうだ?」
「あぁ、まあ…そのうちにでも」
と青年は曖昧な返事をした。
そんなやり取りの中、兄が会話に入ってきた。
「ハープばかり弾いてないで、工房に来いよ」
「今はまだ、いいかな…」
青年は何とも気のない返事をし席を立った。
足音が階段を上がっていくと、食卓には少しだけ沈黙が落ちた。
兄が、手元のグラスを見たまま言う。
「……またか」
父はワインを一口含み
「……まあな」
兄はそれ以上言わず、ナイフを皿に置いた。
金属の小さな音だけが、食卓に落ちた。
母は皿を重ねながら、小さく息をついた。
「……難しい年頃ね」
台所で、ポットの蓋が小さく鳴った。
それきり、誰も何も言わなかった。
***
いつのまにか寝ていたセレナは目を覚ました。
水面から差し込む光が、ゆらゆらと揺れている。
「くわぁ〜」
と大きな欠伸をすると体を起こした。
太陽がだいぶ高い位置にある。
今日は何をしようかな…。
「あっそうだ!ブレスレットの貝殻や珊瑚を集めよう」
小さめの小袋を片手に貝を集めながら満月の夜を思い出していた。
あの夜に見た青年の顔が、ふと蘇る…。
ドクンッと跳ね上がった鼓動…。
セレナは自分の気持ちの正体がなんなのか、説明できずにいた。
リーネに相談しようかな…。
でも、人間を見たと言うの??
それはダメ…できない…。
セレナはひとり、気持ちの正体について悶々と思考を巡らせていた。
「あっ、人間のことを言わなければ……」
セレナは閃き、リーネに会いに行こうと泳ぎ出した。
程なく泳ぐとリーネの姿を見つけた。
「リーネ…」
声をかけようとして、セレナは言葉を飲み込んだ。
視線の先では、リーネとスプラッシュが仲睦まじく笑い合っている。
——今は、やめておこう。
胸の奥が、少しだけ重くなる。
セレナは静かにくるりと向きを変えると、その場を泳ぎ去った。
胸の奥に残るものの正体は、まだ分からない。
それでも——
次の満月が、待ち遠しいと感じていた。
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