あの音の元へ 第5話
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新月の夜、海面をゆらゆらと泳ぐ人魚がいた。
セレナはあの音にもう一度会いたくて来たのだ。
耳をすませても波の音しか返ってこない。
――それもそのはず。
あの音は、満月の夜にしか聞こえない。
水面に顔を出し、目を閉じてじっと耳を澄ませる。
でも、あの音はしない。
潮騒と、鳥の鳴き声と、遠くの街のざわめき。
――あの夜みたいな音色は、どこにもない。
(あれは…満月の夜だけ?)
ふと、夜空を見上げてセレナは気づく。
あの音が聴こえたのも、
空が丸く、金色に光っていた晩だった。
セレナは静かに海の中へ戻っていった。
***
でも――気持ちまで沈んでしまわないように、今日はみんなと泳ぐんだ。
朝日がサンサンと輝く水面。
セレナたちは、イルカ族のアクアたちとどちらが早く泳げるか競走をしていた。
「今度はこの海流に乗って競走しようよ」
イルカ族のマリンが楽しそうにくるくると宙を舞う様にまわりながらスプラッシュを遊びに誘う。
「いいぜ!人魚の意地を見せてやる!」
と意気込みを見せるスプラッシュ。
勢いよく尾びれで水を蹴ると、海流に身体を乗せて加速する。
マリンも負けじと滑るように泳ぎ出し、二人は波のトンネルの中を縫うように並んで進んでいく。
「うひゃー!はやっ!」
スプラッシュが笑いながら叫ぶ。
「うふふ、海流を読むのがコツよ〜」
マリンはすいすいと進路を変え、スプラッシュのすぐ前に出る。
遠くから見ていたセレナは、楽しそうに笑う二人を見ながら、リーネに話しかけた。
「私達も思いっきり泳ごう!」
セレナは勢いよく尾を打った。
水を切る速さに、胸の奥が少しだけ軽くなり
イルカ族のピコとアクアに対決を申し込む。
「今日は本気よ!」
「セレナの本気が見れるの?私も負けられないわ!」
リーネはにやりと笑って、尾ひれをひと振りした。
ピコとアクアもすぐに察して、待っていましたとばかりに並びかける。
それぞれのペアが波間に位置を取る。
スタートの合図は、マリンの高らかな鳴き声。
「いくよーっ、よーい――ドンッ!」
水面がぱしゃっと跳ねて、四つの影が一斉に海流へと飛び出した。
セレナは水の抵抗を感じながらも、水中で景色がブレるようなスピードで泳ぐ。
すぐ隣にはリーネがいる。互いに笑い合いながら、競い合いながら、ただまっすぐに――
朝の海を、走るように泳いでいった。
***
それから幾つかの夜が過ぎ去り満月の夜となったある日。
発光性プランクトンの光がキラキラと揺れる夜の訪れを告げていた。
セレナは自宅の貝殻で出来たソファーに座りどことなくソワソワしていた。
(ダメ、落ち着いて。あの音を聞きに行くだけなんだから…。)
そう自分に言い聞かせていた。
ふと、目をやると珊瑚のテーブルに置かれたユニコーンカラーにきらめく二枚貝のジュエリーボックスが目に入った
あの、名前を刻んだ貝のブレスレットをそっと手に取り、セレナは手首に巻きつけた。
次に、龍涎香を練って作ったバニラに似た甘い香りを腕や首にさっとつける。
深呼吸すると、ほんの少しだけ気持ちが落ち着いた気がした。
「大丈夫…」
自分自身にそう言い聞かせ一人、夜の海へと出かけて行った。
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