亀様、再び 第13話
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海の流れが、いつもと違った。
逃げるように泳いでいたはずなのに、ふと尾が止まる。
「……セレナ」
低く、重たい声が響いた。
「亀様…」
逃げることも、声を出すこともできない。
「そなた、禁忌を犯したな」
見られているだけで、動けなかった。
その声には、怒りはなかった。
ただ、逃れようのない“決まり”を告げる響きだった。
抗うことのできない重さが、全身を縛りつける。
「ついて参れ」
水の流れに押し流される。
逃げたいのに、身体が言うことをきかない。
流れに導かれるまま、亀様の後を追っていた。
海は静まり返っていた。
いつも賑やかな小魚たちの姿も、クラゲの影すら見えない。
それが、どれほど重いことなのか――
セレナは、まだ知らなかった。
海神様の城が近づくにつれ、知らず、顔がこわばっていく。
重厚な門を潜り、中へと入る。
扉が硬く閉ざされる。
その音が、やけに長く耳に残った。
胸の奥が、理由もなくざわついた。
長い廊下を抜け、階段を上がる。
珊瑚でできた部屋に通された。
中には窓があり、机と椅子が置かれているだけの、殺風景な部屋だった。
音が、ほとんどしない。
外の気配も、遠くに遮られているようだった。
窓の外では、オルカ族の警備隊が静かに巡回していた。
その動きに、隙はなかった。
セレナは立ち尽くしたまま、しばらく動けなかった。
「何をしたというのだろう…」
考えても答えは出なかった。
どのくらいの時間が過ぎたのか、感覚そのものが曖昧になっていた。
扉の外で微かな気配がすると、扉が開いた。
そこには、イッカクが立っていた。
長く伸びた一本の角が、わずかに光を受けている。
視線が重なった瞬間、セレナは気づけば一歩を踏み出していた。
部屋から出るとイッカクに挟まれながら移動する。
誰も何も教えてくれない。
大きな扉の前に来ると、扉が開いた。
中には海神マレアルス様を中心にそれぞれの族長が鎮座していた。
セレナは恐れ慄き、中に入るのを躊躇したが
気づいたときには、すでにその場の中心に立っていた。
視線だけが、円を描くように彼女に集まっている。
入った瞬間、沈黙が一度だけ乱れる。
「……痛ましいな」
「我らの海から、またひとつ」
「起きてしまったか」
ここがどんな場所なのか、セレナにはまだ分からなかった。けれど、ただならぬ気配だけは感じていた。
マレアルスが杖で床ををトンと叩くと、ざわめきはピタリと止まった。
「セレナよ、どうしてここに呼ばれたのか分かるな」
はっと顔を上げか細い声で答える
「いいえ…」
会場はまたもや沈黙が乱れた。
「おお、哀れな」
「知らぬままとは」
「……それも罪」
マレアルスは先程より強めに杖を床に叩く。
「ドン」という重い音が場のすべてを沈めると
静寂がさらに深まったあと、マレアルスは言った。
「そなたは、人間の目を治した。それが罪なのだ」
知らなかった…。
セレナは衝撃を受け言い返す事も、動く事もできなった。
人魚族の長が発言をする。
「この者は何も知らなかったのです。知らずにしてしまった事。マレアルス様どうか穏便におすませ下さい。」
マレアルスは一喝する。
「それでも、人魚を危険に晒す行為には代わりあるまい」
そこへオルカ族の長が告げる。
「報告によりますと、海に落ちた物を返そうとしていただけと上がっています。」
亀の長、亀様も
「セレナ自ら触れた訳ではありませぬ」
マレアルスは頬杖をつきわずかに沈黙した。
他の族長たちはその場を見守るしかなかった。
そこへ海蛇の長が口を開く。
「……お忘れではあるまい」
「かつて、人魚の姫は禁忌を越えた」
一体、何の話をしているのかセレナには理解できなかった。
マレアルスは目を瞑ったまま、海蛇族長の言葉に耳を傾けると、セレナに一瞬だけ視線を長く向けた。
海蛇族長は続けた。
「脚を求め、陸へ上がった者がいた」
「恋は叶わず……泡となって消えた」
「……それでもなお、繰り返すか」
「何よりマレアルス様の…」
と言いかけた所で、亀様が割って入る。
「もう、よさぬか」
場はしばらく沈黙した。
マレアルスは、セレナを見た。
わずかな間のあと――静かに口を開く。
「……如何なる理由があろうとも」
「禁忌は、禁忌だ」
「よって、セレナを海から空へと追放する。」
杖が――ドン、と響いた。
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