ライアーハープ 第11話
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ついに満月の夜が来た。
あの人と会える保証はないけれど、セレナはライアーハープを片手に泳ぎを進める。
今日こそは、これを返せるといいな。
そんな事を思い満月に照らされキラキラ光る水面を薄紫の尾鰭をゆらし泳いで行く。
あと少しで沖を超える。街の明かりが小さく見えてきた。
今日こそ会えますように。
祈るような気持ちで、あのデッキ近くの岩場へ近いて行く。
岩場へ着くデッキから影になり見えない位置に座り様子を伺う。
何の音も聞こえて来ない。
聞こえるのは海のざわめきだけ。
しばらくすると、ギシ、ギシと軋む音が聞こえ誰がデッキを歩いている。
セレナの心臓はバクっバクっと高鳴った。
お願いこっちに顔を出して。
祈るような気待ちでデッキをみるセレナ。
デッキの端に誰かが立った。
月明かりに照らされた、その顔は青年だった。
手すりに捕まり、ぼんやり海に顔を向けてる。
セレナは急いで海に入るとデッキの下まで泳いだ。
そして、爪で優しくハープの弦を弾いた。
ポロンと音が溢れる。
その音に青年は、はっと顔をあげ、青年は耳を澄ませたまま、海の方へ顔を向けた。
「……そこに、誰かいるのか?」
波が揺れる。
セレナは一度だけ、ハープの弦を弾いた。
ポロン。
その音に、青年の肩がわずかに動いた。
「今の……」
彼は手すりを強く握る。
セレナは息を整えるように、声を落とした。
「……これを、返しに来ました」
その言葉は海に溶け、はっきりとは届かない。
それでも青年は、確かに“何か”を感じていた。
青年はその場に立ち尽くしたまま、海の気配に耳を澄ませていた。
——そこに音が、確かにある。
ただの波音ではない。
もっと近くで聞いたことのある、あの響き。
「……まさか」
掠れた声が漏れる。
彼はゆっくりと手すりから身を乗り出した。
「それは……」
言葉が続かない。
胸の奥がざわつく。
失ったはずのものに触れているような、説明のつかない感覚。
セレナはもう一度だけ、そっと弦を弾いた。
ポロン。
その一音で、青年の表情がわずかに変わる。
確信には届かない。
それでも“何かが戻ってきている”と感じてしまうほどに。
「……その音を、どこで」
青年の声は途中で途切れた。
まるで、答えを聞くのが怖いように。
セレナは、言葉を探すように一度間を置いた。
「……海に、落ちました」
それだけで精一杯だった。
もう一度、そっと弦を鳴らす。
ポロン。
まるで“そこにある”と伝えるように。
青年はデッキ横の階段から降りられる桟橋の方を指さし、
「……あっちに、降りられる場所がある」
と、静かに言った。
その声は落ち着いているのに、どこか震えていた。
セレナは一瞬戸惑った。
海の中からでは、直接デッキに上がることはできない。
けれど――“行けば、近づける”。
そう理解すると、彼女はゆっくりとその方向へ泳ぎ出した。
波の音が、少しだけ大きくなる。
桟橋の気配を頼りに進んできた青年は、足を止めた。
そのまま進めば海へ落ちる。
わずかに向きを変え、横に広がる砂浜へと足を向けた。
波が、静かに足元へ触れる。
「……そこに、いるのか」
青年はゆっくりと手を伸ばした。
目には何も映らない。
けれど、海の中に確かにそれがある”と感じていた。
音。
たった一つの音。
それが、胸の奥を締めつけて離さない。
「……そのハープ」
言いかけて、青年は口をつぐむ。
違うかもしれない。
そう思う自分と、間違いなく“あれだ”と叫ぶ自分がいる。
セレナはそっとハープを水面に浮かせたまま、近づいた。
波が、二人の間で揺れる。
青年は波打ち際ぎりぎりに膝をつき、手を伸ばした。
だが、その指先は、まだ届かない。
セレナは、ためらいながらもハープを少しだけ傾けて差し出した。
青年の指先が、ハープの先に触れた。
かすかな震えが、指から腕へと伝わる。
それは冷たい水の感触ではなく、
確かに“形のあるもの”だった。
青年は両手で受け取り、そっとそれを抱え直した。
砂浜に腰を下ろし
指先が、ゆっくりと表面をなぞっていく。
滑らかな木肌。
そして、細やかに施された彫り細工。
その模様は、装飾というより――まるで物語のようだった。
「……これは……」
青年の声が、喉の奥で途切れる。
指が、ある一点で止まる。
そこには、触り覚えのある紋様。
祖父が宮中で奏でていた頃から変わらない、特別な意匠。
彼の呼吸が浅くなる。
そして、そっと弦に触れた。
ポロン。
その音が、胸の奥を撃つ。
一瞬、時が止まる。
「……これだ」
今度は、確信になった。
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