人望(エルゾ ミドルン)
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「ダーヴィッデ様!」
エルゾの町にガスパーの声が響く。
「おぉ、帰ったか」
ダーヴィッデは部下であるガスパーを見て言った。
「輸送任務、終了いたしました」
ガスパーが頭を下げる。その後には空になった馬車の列と護衛の兵士たちが連なっていた。ダーヴィッデの周囲には箱や樽に入った物資が積み重なっている。大陸各地から買い付けた物だ。その中にはカザラス帝国領内から買い付けたものもある。ダーヴィッデは商人としての経験を活かし、神竜王国ダルフェニアを裏から支えていた。
「ふっ、ヨシュア殿にはたっぷり恩を売りつけておかねばな」
ダーヴィッデは笑みを浮かべる。ヨシュアはカザラス軍が駐留するドローレン要塞の指揮官だ。そんなヨシュアになぜダーヴィッデが物資を送ったのか。
それは物資に困窮するカザラス兵たちを救うためだった。ドローレン要塞にはいまなおたくさんのカザラス兵が駐留しているが、カザラス帝国からの補給が滞っていた。そこでアデルは友好の意を示すためにドローレン要塞へと食糧を送っていたのだ。
「しかしまた物資を集めておられるのですな。今度はどこへ?」
ガスパーが集められた物資を眺めながら尋ねる。
「いや、これは我々が使う分だ。いよいよカザラス帝国との決戦が近いようだ」
「ほう、いよいよですか……」
ガスパーの表情に緊張が走った。
「なるべく矢面には立ちたくないな。何しろ我々は弱い」
ダーヴィッデが臆面もなく言い放つ。ダーヴィッデが率いる元第四平定軍の兵士たちはカザラス軍の中で精鋭だったわけではない。実戦経験が豊富なわけでもない。装備は整っており一端の軍勢に見えるが、治安維持のための軍であり正面切っての戦いでは他の軍に劣る。
だがそれも過去の話だ。消耗と補充を繰り返す他の軍とは違い、ダーヴィッデの軍は戦力を温存してきている。練度も平均的に高く、新兵とベテランが入り混じったカザラス軍よりも組織的な強さがあった。しかし戦いに苦手意識のあるダーヴィッデは自身の兵たちを過小評価しているのだ。
「ははは、その辺はダーヴィッデ様の立ち回りの妙が生きるでしょう」
ガスパーが笑う。ガスパーはダーヴィッデの卑怯さをよく知っていた。ダーヴィッデは決して自分が損をするような動きはしない。だからこそここまで生き残ってきたのだ。
「だがいざとなれば覚悟を決めねばならぬだろう。失敗を恐れて一攫千金のチャンスを逃すことほど愚かなことはない」
ダーヴィッデは真剣な面持ちで言った。狡猾さとここぞという時の大胆さ。それがダーヴィッデの武器だ。
「いまのうちに兵士には休養を取らせろ。大きな戦が始まれば、休む暇などないぞ」
「承知しました」
ダーヴィッデの指示を受け、ガスパーは任務から帰った兵たちに解散を命じた。
「ふぅ」
アデルは大きく息をつく。目の前にはミドルンの町が迫っていた。
(帰って来たって感じがするなぁ……)
馬を歩かせながらアデルは笑顔でミドルンの街並みを見つめる。ミドルンを本拠地としてまだ一年ほどだが、すっかり「我が家」という言葉がふさわしい場所となっていた。
春を過ぎ、陽もだいぶ長くなっている。昼過ぎの現在も太陽がさんさんと輝いており、日向ぼっこするデスドラゴンの巨体が見えた。
敬礼する衛兵の前をペコペコしながら通り過ぎ、アデルは町へと入る。メイン通りは多くの人でにぎわっていた。
「おっ、アデルはんや!」
「ほんとだ!」
アデルの姿を見て、人間の子供とムラビットの子供が目を輝かせる。手には立派なズッキーニを持っていた。それを剣に見立てて遊んでいたのだろう。
「ははは……」
どういう反応をしてよいかわからず、アデルは愛想笑いを浮かべる。
「もっと自信満々に手でも振ってやればよいのだ。お前は皆が尊敬する王なのだからな」
イルアーナが馬を近づけ、アデルに小声で言う。
アデルが言われた通り手を振ると、子供たちはワイワイ喜んで走り去っていった。
「わぁ、アデル様ゴブ!」
また別の方向から声が聞こえる。アデルが振り向くとゴブリンの子供たちがアデルを見上げていた。その手にはムカデや大きなクモが握られている。恐らく彼らのオヤツになる運命なのだろう。
「あっ……ははは……」
アデルは少し顔を引きつさせながら手を振った。
「アデル様! これ差し上げますゴブ!」
喜んだゴブリンたちは手にした虫をアデルに差し出す。ムカデが手から逃れようともがいていた。
「い、い、いやいや! 大丈夫だよ! 欲しかったら自分で取れるからね!」
アデルはブンブンと顔を振りながら言う。
「そうだな。アデルならもっと大きな虫を狩って来るぞ。お前たちも頑張れ」
イルアーナが優しい笑顔でフォローする。
「おい、もう着いたティマか?」
アデルたちの後にいた馬車の幌から、彩ティアマが顔を出す。
「うわぁ、すげぇゴブ!」
「あれはドジョウ? ヒル?」
「は?」
ゴブリンたちが何を言ってるかわからず、彩ティアマは首を傾げた。
「俺たちもあんなデカイ獲物を採れるように頑張りますゴブ!」
子供たちは騒ぎながらアデルの元を走り去った。
「ふふふ、賑やかな町ですね」
破魔妖狐たちはその様子を見ながら微笑んだ。
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