攻勢(イルスデン)
黒装束に身を包んだ一団が馬を走らせる。それはカザラス帝国内に侵入し、調略を行っていたヴェルメラの一行だった。
ヴェルメラたちが目指しているのは帝都イルスデンの手前にある大きな町だ。広大なカザラス帝国の領内を全て回るわけにもいかないため、ダルフェニア軍の予想される進軍ルート上の貴族たちを狙って調略を行っていた。
「この町を抑えることが出来れば、イルスデン攻略の足がかりとなるわね」
ヴェルメラたちは馬の足を止め、遠くから町の様子を眺めた。
「では行きましょう」
「待て」
馬を進めようとするヴェルメラをダークエルフのリスティドが静止する。
「なんですか?」
ヴェルメラはリスティドを振り返り、眉をひそめる。
「……町の様子がおかしい」
リスティドは町を睨みながら言った。
「どこがおかしいのだ?」
アデルの父、ドレイクが町を眺めながら尋ねる。
「昼時にもかかわらず、煙が全く上がっていない」
「言われてみれば……」
リスティドの言葉にドレイクは唸った。確かに町の上空には青空が広がっており、煙のひとつも上がっていなかった。
「つまり、住民が消えているということですね」
ヴェルメラは険しい顔になる。
「こんな帝都のお膝元でか?」
ドレイクは首をかしげた。
「もちろんラーベル教会の仕業でしょうね。帝都の近くでも見境なく人々を消費するほど切羽詰まっているのか……」
ヴェルメラは悔し気に言う。
「もしくは、すでに人目を気にする必要がないほどの力を手に入れているのかもしれん」
リスティドが町を睨んだ。
「とにかく一旦引きましょう。この先は危険だわ」
ヴェルメラたちはそっとその場を後にした。
「人質……ですか」
呆気にとられた様子で男が言う。その男はヤナス――カザラス帝国の将の一人だった。
そこはイルスデン城の一室。皇帝ジークムントの執務室だった。ヤナスの前にはジークムントが座っている。
「ええ。最近、将軍たちの忠誠が疑われる事態がしばしば起こりますからね。彼らの親族を人質として確保していました。まあ主目的は神への捧げものの確保ですがね」
ジークムントは当然と言った様子で話す。
「しかし……これほどまでに国民を減らしてしまって、国が成り立つのでしょうか?」
ヤナスは恐る恐る言った。
「……何か不満でも?」
ジークムントはヤナスを冷たい目で見据える。
「い、いえ! ただ、軍人として兵士の数が足らなくなるのが心配でして……」
ヤナスは慌てて首を振り、言い訳を始めた。
「心配は無用です。もはや人間の兵など無意味。これから世界は神の力にひれ伏すことになるでしょう」
ジークムントはうっとりとした表情になった。
「な、なるほど。それなら人質など要らないのでは……」
「……」
ジークムントが無言で睨みつけると、ヤナスは言葉の途中で押し黙った。
「神に逆らうことなど許されません。悪魔の手先であるダルフェニア軍に寝返るなどもってのほか。将軍たちの気の迷いを晴らして差し上げているだけですよ」
「さ、流石のご配慮です。痛み入りました」
ヤナスは深々と頭を下げた。
「ドローレン要塞の将兵たちに伝えなさい。彼らの家族を人質に取ったことを。そしてこれから我々は攻勢に転じます」
「承知いたしました」
再び頭を下げ、ヤナスは執務室を出る。
「やれやれ、攻勢か。またろくでもない手立てを講じるのではないだろうな……」
ヤナスは不安げに呟くと、イルスデン城の廊下を歩き始めた。
お読みいただきありがとうございました。




