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第五章 15 人間の定義

 神様の言っている意味がわからない。


 呆然とベールを見つめるわたしに、神様は問いかけてきた。


「お前は、この世界における人間という存在の意味を知っているか? 獣人や魔法使い、そして能力の関りを絶った者たちのことだ」

「それは、知ってますけど……」

「それなら、私の言っていることを理解出来ないはずがないだろう?」


 わたしは何も答えなかった。今返すべき言葉が見つからない。周りのみんなも何も言わず、さっきまでの興奮とは違った異様な空気が漂っていた。


「お前は、複数の能力を使用できるらしい。しかも常に新たな力を求めているようだ。異常なまでに低い能力に対する耐性が、それを可能にしているとかなんとか……。私も長いことこの世界を見ているが、お前のような能力者は見たことがないよ」


 神様は悠然と語る。


「その異常な能力耐性がなかったら、お前はとうの昔に死んでいただろうね。お前が今も生きているのは、致命傷を負ったとしても、一度そこの妖精に能力を使ってもらえばすぐに元通りになるからだ。自分でも化け物じみていると思わないか? 私は思うよ。この世界を知っているからこそ、強くそう思う」

「何よ、それ」


 ナオが、足を踏み鳴らして一歩前に進み出た。その目は、ベールの向こうにいる神様を真っすぐに睨みつけている。


「彩が化け物? 私はそうは思いません。あなたが私たちをここへ招いたのは、こんな話をするためだったんですか」

「まあ、それもあるね。神として、私の力を求めている者たちに手を差し伸べないのは如何なものかと思ったというのが一番の理由だが、お前という不可解な存在を一度この目で見たかったのも確かだ」

「…………」


 まだ何か言いたそうなナオを手で制し、わたしは黙ってベールを見つめる。聞かなければいけないと思った。それがどんな内容でも、神様から直接話が聞ける機会なんてそう訪れるものじゃない。


「お前の能力は、本来ならばこの世界に存在してはいけないはずの力だ。一人が複数の能力を操ることが出来る。それは、この世界にとってどれほどの脅威になろう? 我らに能力を授けた龍神は、一体何をお考えなのだろう? 何故そのような能力の存在が許されたのだろう? なあ、吉田彩。お前は一体、自分のことをどう思っているのだろう?」


 無意識のうちに、息を止めていたようだった。ゆっくりと息を吐きだして、考える。


 摩訶不思議な世界との関わりを絶ったのが人間だという定義なら、わたしはその定義から外れている。そんな状態の自分を人間だと呼べるのか。

 初めに神様が投げかけてきた問いだ。これに対しては特に何も思うことはない。確かに言われてみれば、くらいの感想だ。それよりも気にかかっているのは、二つ目の問いの方だった。


 どうして「コピー」なんて反則じみた能力が、わたしに宿っているのか。


 わたしも、今まで考えなかったわけじゃない。でも、神様という存在に指摘されたことでようやく確信できた。神様をして「存在してはいけない」と言わしめた能力がこうしてわたしの手にあるのには、間違いなく何か理由がある。龍神の気まぐれなんかじゃないはずだ。明確な理由があって、そしてこの神様もその理由を求めている。そんなことわたしに聞かれても答えられるはずがないけど。


 そこまで考えて、だめだ、と心の中で首を振った。確かにわたしの能力については気になる。でも、今考えるべきはそこじゃないだろ。


 わたしは短く息を吸って顔を上げる。


「今のわたしにとっては、人間だとか人間じゃないとか、そんなことはどうでもいいです」


 隣で奏が目を丸くした。わたしはベールを見据えて続ける。


「わたしにとって何よりも重要なのは、大切な人を連れ戻すこと。そのためならどれだけでもこの能力を使う。化け物って呼ばれてもいい。これがわたしの答えです。正直、今はセイを連れ戻す以外のことはどうだっていい」


 そう一息で言いきって、少し苦しくなって息を吸った。


 今は、わたしのことを気にしている余裕なんてない。それにどうせ考えたところで何もわからない。こうしてわたし達が話をしている最中にも、セイの身に何か起こっていたら……。想像するだけでぞっとする。


 少し経って、押し殺したような低い笑い声が部屋に響いた。笑い声は床を這うようにわたし達へと伸びてくる。


「そうか。どうでもいい、か。どうやら私はお前のことを勘違いしていたようだね。なかなか面白い話を聞けたよ。吉田彩」

「面白い話をしたつもりはないんですけど」

「いいや、十分に興味深かった。そうだな。お前が知り得るはずがない。お望み通り、本題へ移るとしよう」


 パン、と神様が手を叩く。この話はここでおしまいだ、と句点を打つ。


「せ、セイちゃんがいなくなってしまったことは、もう知っているんですよね?」

「当然だ。その娘の行方を探しているということも。ときに、その姉よ」

「……え? ええと、はい」


 急に話を振られたナオが、戸惑いながら返事をする。自分に来るとは思っていなかったのだろう。


「お前と妹の、一番心に残っている場所とはどこだ? 共通する大切な場所だ。一つだけ答えなさい」

「一番、心に残っている場所……」


 ナオは呟いて視線を落とす。でも、特に迷っている様子ではなかった。すぐに顔を上げて答える。


「奈落の谷。いえ、その近くの花畑。今もあるかどうかはわからないけど……」


 だんだんと歯切れが悪くなる。しかし、その言葉を受けた神様はあっけらかんと言い放った。


「ふむ。それなら、支度を整えてそこへ向かえば良い。そこにお前の妹はいるだろう」


 え、と全員の声が重なった。あまりにも話が早い。試練やさっきまでの話が馬鹿みたいに感じるほどだ。


「す、少し待ってください。セイ君は何者かによって攫われました。それは、セイ君がもう解放されているということですか? それとも、セイ君を攫った何者かがそこにいるということですか?」

「さあ。それは自分の目で確かめれば良い事なのではないか? そもそも、私は迷える者を正しく導くのであって、答えを教えるわけではないからね」


 神様は平然と答えた。確かにその通りだ。進むべき道を示してもらえただけでもありがたい。わたし達はお礼と挨拶を言って、ナオを見る。


「ここからはナオに案内をしてもらおうか。その場所はナオとセイしか知らないわけだし」

「そうね、わかった。それじゃ……」

「ああ、そうだ。お前達には特別に、良いことを教えよう」


 既に部屋を出ようと背を向けていたわたし達は、揃って振り返った。ベールを隔てた先にいる神様が、わたし達を見ている。


「この世界はじきに真の姿を取り戻すだろう。それまで自らの持てる力を尽くしなさい」


 ……よく意味がわからない。眉を顰めていると、奏が困ったように笑った。


「それが、『真世界』ってことですか?」


 神様も笑う。はっきりとした答えの代わりに、「また会える日を楽しみにしているよ」とだけ残して。そして、部屋に鎮座していた大きな気配はふっと消えてしまった。


「これで話は終わりみたいだね。ボク達も早くここを出ようか」


 訳がわからず立ち尽くしていたわたし達に、リンがそう声をかけてきた。来た道を覚えているというリンに従って、部屋を出る。なんだか不思議な体験だったなあ、と考えながら、ふと廊下の向こうへと視線を向ける。


 大勢の教徒たちが行き来している廊下。教徒たちは数人組になって何かを運んでいるようだった。どれもそれなりの大きさだ。

 運搬用の台には布がかかっていて何を運んでいるのかはわからないけど、布の隙間から動物の角が見えたような気がした。


「彩、ボーっとしてたら置いてくわよ」


 ナオの声にハッとして前を向くと、いつの間にかみんなは随分先を歩いていた。わたしも慌ててみんなを追う。


「ごめん、待って待って」


 そうして、神のお告げを受けたわたし達は、真世界の拠点を後にしたのだった。



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