第五章 14 神様に招かれて
扉の向こうには、ひたすら広い空間が広がっていた。天井に明り取り用の窓がついているのか、薄暗い部屋に一筋の光が差し込んでいるなかなか荘厳な雰囲気だ。そして、しばらく進んだ先はベールのようなもので遮られている。
覚悟を決めたわたし達は、恐る恐るながらもベールの前まで進み出た。差し込んだ光がちょうどベールの前を照らしていて少し眩しい。なんとなく横一列に整列すると、ベールの向こうで何かが動いたような気がした。
「ああ、ようやく来たのか。いらっしゃい。歓迎しよう」
聞こえてきたのは、不思議な声だった。声の正体が男であることは間違いないだろう。でも、年齢がわからない。幼い少年のようにも、年老いた老人のようにも聞こえる。とにかく不思議としか形容できない、それでいて「神様」のものだと考えると結構しっくりくる、そんな声だった。
そして、今わたしは意外とフレンドリーな言葉がかけられたことに対して困惑している。もっと重々しい感じで来ると思ってた。とりあえず頭は下げておいた方がいいかな、と膝をつこうとしたところで、「必要ない」と声に止められた。
「そんなありきたりなやり取りをさせるために呼んだわけではないのだよ。いや、やはり頭くらいは垂れさせても良かったな。まあ一度止めてしまったことだ。立ちなさい」
「はい……」
わたしは立ち上がって背筋を伸ばしてから、横目でナオを窺った。これどうすればいいの? と。
ナオもわかっていないらしく、とりあえず前を向け、と言いたげな目線が送られてきた。
「ええと、その、本日は突然の……」
「そのわざとらしい敬語も使わなくて良い。お前の拙い敬語では、思うように話が進まなさそうだからな。まあそれを聞くのも面白そうではあるが」
「す、すいません……」
神様に拙い敬語と言われると、結構辛いものがある。確かにわたしの敬語は酷いものだけども。今まで責められなかったのが不思議なくらいだ。
敬語はいらないと言われたけど、流石に神様にタメ口というのは憚られるので、わざとらしくない程度のですます敬語で尋ねる。
「どうしてわたし達を招いてくださったんですか? もしかして、わたし達の素性や目的はもうすべてご存じなんですか?」
ベールの向こうから、薄い笑い声が聞こえる。
「お前たちがここに来た理由については、それなりに理解しているつもりだよ」
「じゃあ……!」
「その前に」
カツン、と誰かの靴音が響いた。わたし達じゃない、別の誰かの靴音。
とうとう神様が姿を見せるのかと思って背筋を正したけれど、ベールの奥から現れたのは白いローブを纏った女性だった。女性は銀のお盆を手に、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
「試験をしようじゃないか。お前たちが、私の知を授けるに足る者なのか」
神様は、楽しむような口調でそう言った。ナオが一歩前に踏み出す。
「何をしたら合格できるんですか?」
「そう焦るな。試験内容は至って単純、それを手に持つだけだ。ね、安心しただろう」
神様の声に合わせて、女性が銀のお盆を差し出す。その上には黒くて細長い石のようなものが載せられていた。
安心しただろう、と笑う神様とは反対に、ナオの顔は曇っている。いや、ナオだけじゃない。きっとわたしだって晴れない顔をしているだろう。その石を持って一体何をしろというんだ。試練というからには、まさかただの石を持ってはい終了というはずがない。
明確な問題文が与えられるクイズならまだしも、こういう何をしたらいいのかわからない試験というのはどうしようもなさが強い。石に何かしらの仕掛けがあるのか、それともこの石で何かをしなければならないのか。
「えぇ、あたし?」
思考から離れて声の聞こえた方を見ると、女性がユーリに向かってお盆を差し出しているところだった。ユーリは警戒しているようで、嫌そうな顔をして後ずさっている。隣のリンがお盆を覗き込んだ。
「とりあえず手に取ってみたらどうだい? 順番に隣に渡していこうよ。そうしたら何か起こるかもしれない」
「……まあ、リンがそう言うなら」
リンに言われて、ユーリはしぶしぶといった風に石を持ち上げた。特に変化はない。めちゃくちゃ重かったりするわけではないみたいだ。
ユーリはしばらくじっと石を見つめていたけれど、やがてリンにパスした。
今のわたし達は、ベールの前に、ユーリ、リン、ナオ、わたし、奏の順に横一列に並んでいる。リン、ナオの手に渡っても石が変化することはなく、だいぶ状況は絶望的になってきた。
一通り石をいじり終えたナオが、焦りを隠せない様子でわたしに突き出してくる。
「とにかく思いつくことならなんでもやってみて。能力を使ってみるとか」
「わかった」
正直、能力を使ってみることは考えていた。わたしは頷いて石を受け取る。
するとその直後、手の中で石がぐにゃりと歪んだような気がした。いや、歪んだというより、溶けた? とにかくその妙な感覚に、思わず取り落としそうになってしまう。
「うわ、なんか今ぐにゃってしたっ」
「ちゃんと見ていたよ。でも、今は元に戻ってるね」
リンの言う通り、一度変化したように思えた石は、また元の細長い形に戻ってしまっていた。床に置いて、風魔や氷魔、幻惑など使えそうな能力は全部試してみたけど、特に様子は変わらない。
「能力は別に関係ないんだろうな」
「みたいだね。となると、持つ人とか。変化したのには、もしくは一瞬しか変化しなかったのは、何か理由があるはず。それを考えないと」
じゃないと、セイに会えない。わたしは焦る気持ちを落ち着けるように息を吐きだすと、隣の奏に向かって石を差し出した。
「はい。じゃあ、奏に」
「わ、わたし!?」
自分に回ってくるとは思っていなかったらしい。心配そうにわたしの手元を見つめていた奏が、裏返った声を上げた。
「そりゃそうだよ。奏もチームの一員なんだから。持つだけでいいからさ」
「じゃあ……」
奏は曖昧に頷いて、そっとこちらに両手を伸ばす。わたしが奏の手に石を置いた瞬間、部屋の中に青色の光が弾けた。
「きゃあっ!? なに、なにこれっ」
奏の声が聞こえてくるけど、本人の姿は溢れだす青色の光であまり見えない。やがてゆっくりと光はひいていき、部屋は元の薄暗さを取り戻した。
「奏ちゃん、今の」
ナオが呆然と奏を見つめている。奏の手の中に既に石はなく、代わりに輝く笛が握られていた。
奏も状況が飲み込めていないようで、ぽかんとベールの方を見つめている。
「笛に、変わっちゃったんですけど……」
「ふむ」
神様は、心底面白そうに呟く。
「本当に笛に変わったのか?」
「は、はい。何もしていないんですけど、勝手に……」
「そうだろうな。よし、合格だ。試験合格の祝いに、その笛はお前にやろう」
神様は弾んだ口調でそう言った。何だか楽しそうというか、嬉しそうというか、そんな感じだ。奏は「ありがとうございます」とぺこっと礼をしてから、また笛に視線を落とした。
「それ、カナデ君が前に演奏してくれた笛と同じ形だよね。何か関係があるのかな」
「変化したのが彩と奏ちゃんってところも重要じゃない? ……たとえば、これは人間を炙り出す道具だった、とか」
「その理屈だとわたしの人間性が揺らがない?」
わたし、最初の一瞬しか変化してないんだけど。
何気なく、いつものノリでそう返したとき、ベールの向こうの影が動いた。
「驚いた」
わたしは顔をベールへと向けた。何も見えない。でも、確実に、神様がわたしを見つめているような気がした。
ベールの向こうの神様は、わたしに向かって言う。
「お前は、まだ自分が人間だと思っているのか」
え、と喉から微かな声が洩れた。




