第五章 12 見えてきた希望
目を覚ますと、妖精図書館の高い天井が見えた。照明の光に少し目を細めながら体を起こす。どうやらその場で倒れていたらしい。わたしの隣には、「星の導き」が落ちていた。
表紙をそっと指先で撫でてみる。ざらりとした布の感触。そして、何かが指に貼りついたような感触もした。
「?」
指を目の前まで持ち上げてみる。貼りついていたのは髪の毛だった。白っぽくて短い髪の毛。深く考えるまでもなく、リンのものだとわかる。
「リンもここに来たってことか」
わたしが本に飲み込まれた後、リンもここへやってきた。そして何故か、落ちている本をそのままにしてまた戻っていった。多分そういうことだ。
まあ、今はそんなことどうでもいい。わたしは表紙を開いた。リンに渡された移動用の本とは違い、ちゃんと文字が並んでいる。その内容にわたしは目を瞠った。
ページには、セリフだけが淡々と並んでいる。
「ああ……よく、ここまで来てくれたわね」
「自己紹介がまだだったわね。私はステラ。そして、ここは星の力を求めた人が訪れる場所よ」
「わあ冷めてる。そんなに警戒しなくてもいいのよ」……。
それは、わたしがステラさんと交わした会話と一言一句違わなかった。ざっと最後まで目を通す。間違いない。セイの居場所のヒントまで、ステラさんの言葉がすべて正確に記されている。
「これって……」
わたしの頭に、ある一つの推測が浮かぶ。
わたしは、この本の中に入っていたのではないか。わたしは今現在のステラさんと会話していたわけじゃなくて、わたしの言動を予知した過去のステラさんと話していたんじゃないか。普通に考えたらありえないけど、未来を知る星詠みなら可能なはずだ。未来を予知して、それにぴったりの返事を用意しておくことが。
とんでもない能力で、震える。でもこれで信じるしかなくなった。「星詠み」という能力を。
わたしは本を抱えて立ち上がると、すぐに走り出した。星の導きをみんなに伝えるために。
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わたし達は自分の定位置に着く。こうして改めてテーブルを囲むと、セイだけがいないという事実が重くのしかかってくる。空気が重い。わたしはすぐに本をテーブルに置くと、みんなを見回した。
「信じられないかもしれないけど、わたしはさっきまでこの本の中に入ってた。それで、そこにいたエルフの女の人からセイのことを聞いた」
わたしの話を聞いた全員が、訝し気に眉をひそめた。
「セイのことを……? セイにエルフの知り合いなんていないでしょ。一体何を聞いてきたの?」
一番に突っ込んできたのは、ナオだ。いつもよりも声のトーンが低い。そのもっともな指摘にわたしは頷く。
「わたしも詳しいことは聞けてないんだけど、その人は自分のことを星詠みだって名乗ってた。妖精に伝わる能力で、星の声を聞いて未来を知ることが出来るって。リン、この話は本当?」
「事実だよ。妖精の里には、代々星詠みの能力を授けられたエルフが生まれる。彼女がエルフなら嘘はついていないんじゃないかな」
「よかった。星詠みなんて存在しなくて、全部あの人の出まかせだったら拍子抜けもいいところだもんね」
とは言いつつも、今のは本当に一応しただけの確認だ。もう星詠みの存在は疑っていない。
奏が不安そうにわたしを見る。
「それで、その導きっていうのは……?」
「セイはまだ生きてる。今ならまだ助けられるって話」
えっ、と奏が大きく目を見開いた。ナオも俯きがちだった顔をぴくりと僅かに上げる。
「……それ、本当なの?」
「わたしはそう信じてるよ。星の声によれば、獣人界の城下町から北、草木も生物もいない寂れた場所に行けって。そこで何かが起こるらしい。そこにセイがいるかどうかはわからないけど、間違いなく状況は動くはず」
何の手がかりも掴めていないこの状況からは抜け出せるはずだ。
わたしが断言すると、隣でナオがゆらりと顔を上げた。疲れたような笑みを微かに浮かべ、「いいの?」と首を傾げる。
「そんなこと言われたら、信じちゃうわよ? セイが生きてるって。また会えるって。私、信じていいの?」
セイが生きていると信じたとして、もしそれが嘘だったら。そんな残酷な可能性を捨てきれないから、ナオはこうしてわたしに聞いてきたんだろう。それならわたしが返すべき言葉は一つだ。
「もちろん。信じてほしい。セイは絶対にわたし達の手で連れ戻す」
「責任取ってよ」
「もちろん」
セイは生きているんだから、わたしが責任を取るようなことにはならないだろう。……なんて強気なことを言ってみたけど、テーブルの下で握りしめている手は震えている。情けないなあ。
震える手を一層強く握りしめて、わたしは立ち上がった。壁際へと歩み寄り、そこへ飾られていた写真のフレームを外す。背後で、奏が小さく声を上げた。
「彩ちゃん、それ……」
「うん。ピクニックの時の写真」
あんまり見ないようにしていたけど。
わたしは、ピースを掲げて能天気に笑う自分の顔を見つめた。写真の中のわたし達は楽しそうだ。たった数日前の出来事のはずなのに、やけに遠い日のことに感じる。
大きく深呼吸をして。心を落ち着かせて、覚悟を決めて、わたしはフレームに付いている小さなボタンを押し込んだ。
『絶対に、またみんなで来ましょうね!』
セイの明るい声が再生される。わたしはテーブルにいるみんなを振り返ると、写真を突きだした。
「絶対にセイを連れ戻して、またみんなでピクニックに行こう」
みんなが、一瞬だけ顔を見合わせて、すぐに大きく頷く。その中でナオが微笑んで言った。
「そうね。今度はもう一回り大きいお弁当を作ってあげる」
「ナオは食い意地が張ってるなあ」
「それ、もう一回言ってみなさい」
「とにかく。これで決まりだね」
ケンカに発展しそうになったところを、リンが手を叩いて軌道修正する。こういう仕事はいつだってリンの役割だ。
「出来る限り早く、出来る限り万全の支度をして向かおう。目指すは城下町の北だ」
わたし達四人のバラバラな返事が重なった。




