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第五章 7 わたしのせい

 足を引きずりながら歩いていたわたしは、暗い森の中で足を止めた。一度足を止めてしまうと、もう動けそうにないと思うほど疲弊していた。ちょうど手の届く位置にあった枝を掴んで空を仰ぐ。


「もう夜か……」


 昼過ぎから始まった、マツさん主催の自然体験ツアー。長くても三時間で終わるはずだったのに、もうとっくにその時間は過ぎていた。きっと子供の親たちが心配しているだろう。腕の捜索は一旦中断して、このことを報告しに行かないと。きっとこのままここで粘っていても、子供たちは、セイは戻ってこない。


「『この術は……」


 声を出すだけでも疲れる。わたしは近くの木にもたれかかって唱えた。


「『此の術は過去と未来をも結び、希望をもたらす。星よ、いつまでも輝き続けろ。我らが世界をとくと見よ。そして叫べ。転移』」


 行先は城下町。視界がぐにゃりと歪んで、わたしは目を閉じた。




 久しぶりに使ったから、自分の転移魔法が下手くそだということを忘れていた。酷い吐き気を堪えながら城下町を歩く。


 マツさんから聞いていた店はすぐに見つかった。その店の前では複数人の男女が何か言い争いをしていた。そのうちの一人がわたしに気づいて声を上げる。


「あなた……!」


 それに反応して、全員がわたしの方を向いた。


「帰ってくるのが遅いじゃないの。本当に心配して……」


 そこで、異変に気が付いたらしい。わたしの背後へと視線を向けた。


「ねえ、うちの子はどこにいるの? ここにはあなた一人しか見えないんだけど?」

「すみません」


 わたしは頭を下げた。わたしの頭でどうにかなるような事態じゃないことはわかっているけど、他にどうしようもない。


「森の中で見失ってしまって、今どこにいるのかわからないんです。マツさんも同じです。またすぐに森に戻って捜索しますが、とりあえず伝えなければと思って……」

「見失った、だと?」


 足音が近づいてきて、視界に靴が映り込んだ。真上から怒声が降ってくる。


「ふざけるな! あの森の入り口周辺は整備されていて、見失うことなどないはずだ! マツも奥までは行かないと話していた! そんなことがあり得るはずないだろう!!」

「あなたは万が一の時に子供たちを守るために同行したんですよね? これはどういうことなんですか? 一体どう責任を取るつもりなんです?」

「あれだけの人数がまとめて迷子になることなんてある? 本当は攫われたんじゃ……!」

「マツさんが大丈夫っていうから何も言わなかったけど、やっぱり姿の違う能力者なんて信用すべきじゃなかったのよ……」


 返す言葉もない。あの森自体にはまったく危険なところはなかったし、セイと話していて子供たちから注意が逸れていたのは確かだ。護衛を頼まれていたというのに、危機感が足りていなかった。


 ただじっと頭を下げていると、そんな声の中に、一つだけすすり泣きが混じっていることに気がついた。それに気が付いたと同時に肩を突き飛ばされ、わたしはその場に尻もちを搗く。


「なんで帰ってきたのがアンタなのよ! どうしてマナトは帰ってこないの!? 子供たちを攫ったのはアンタの仕業なんじゃないの!?」


 顔を上げると、女性が泣き叫んでいた。尻もちをついたまま、わたしは半ば呆然と首を振る。


「違う。わたしじゃない」

「じゃあなんで!? こんなのおかしいじゃない! もっと納得のいく説明をしなさいよ!!」


 この人の剣幕に圧されたのか、他の人たちは黙ってわたし達の様子を見つめていた。宥めようとした旦那さんらしき人の手を振り払って、彼女は続ける。


「そうだ。アンタ、クロスと因縁があるんでしょう? マナトはアンタを狙ったクロスに攫われたんじゃないの? ねえ、やっぱりアンタのせいじゃない」

「それは……っ」

「マナトを返してよ! アンタのせいでマナトは攫われたんでしょう!? どうしてアンタじゃなくてマナトなのよ! アンタが一人で攫われておけばこんなことにはならなかったのに! いなくなったのがアンタだったら、マナトは今も私の隣で笑っていたはずなのに!」


 ガツンと、頭を殴られたような衝撃だった。


 もしあの時、わたしが一番にあの腕に捕まっていたら。そしたら、誰もいなくなることはなかった? わからない。でも、そうかもしれない。あの腕はわたしを探していたんだ。わたしが初めから大人しく捕まっていれば、セイだってわたしを庇う必要なんてなかった。


「そ、っか」


 止むことのない糾弾の雨の中で、わたしは呟いた。


 全部、わたしのせいか。




『あらあら、随分と酷い言われようねぇ』




 不意に、頭の中に女の声が響いた。わたしはハッとして周囲を見回す。


『そんなところを見ても誰もいないわよ? どうせ探しても見つけられないんだし、無駄なことはやめた方がいいわ』


 魔女の声がわたしを嘲笑う。魔女の言う通り、どれだけ見回しても魔女の姿は見つからない。伝達魔法で遠くから声を届けているのだろう。どうして魔女が獣人界に? いや、このタイミングで話しかけてくるってことは……。


『そんな怖い顔しないで。ワタシはアンタに良いことを教えにきてあげたんだから』


 良いこと。聞くまでもなくその内容には見当がつくけれど。わたしは唇を噛んで次の言葉を待つ。


『ワタシは、アンタの探している子たちの居場所を知っている。連れ戻したいんだったら、ワタシがそこまで案内してあげるわ。もちろん信じるか信じないかはアンタにお任せするけどね』


 魔女の言葉は、予想通りの内容だった。信じるか信じないか、なんてよく言ってくれる。わたしには一択しか残されていないことを知っておきながら。


 わたしは大きく息を吐きだすと立ち上がった。親たちに向き直る。


「……今、犯人から連絡がありました。その場所まで案内するって。罠かもしれませんけど今から行ってきます。絶対に、お子さんを連れ戻してきますから」


 どう伝えるべきかわからなかったけど、頭も回らなくて正直に伝えた。急に話し始めたわたしに親たちは困惑していたようだったけど、やがて一番ガタイのいい男が一歩前に出た。


「じゃあ、俺も行かせてもらおうか。お前が逃げる可能性も十分にある。見張っておかねえとな」

「僕も同行しますよ。僕たちが戻らなかったら、まあそういうことです。適切な行動をとってください」


 それなら私も、という風にどんどんと同行者が増えていく。数人の女の人だけを残して、十人ほどがわたしに付いてくることになった。

 予想外の人数を前に、わたしは「ええと」と困惑する。


「もし行った先に罠があったら、無事には帰ってこられないかもしれません。それでも……」

「覚悟の上だ。そもそもお前に付いていくこと自体が危険なんだよ、俺たちにとってはな」

「あの子のいない人生に意味なんてないんです!」

「……わかりました。余計な口出しをして、すみません」


 わたしは頭を下げて謝った。たとえこの人たちが覚悟の上だとしても、わたしは守り抜かないといけない。わたしのせいで攫われてしまった子供たちのためにも。でも、あの子たちを守れなかったわたしに誰かを守ることなんて出来るのだろうか。


 そう考えていた頭に、魔女の笑い声が響く。


『決まりね。じゃあ、早速案内してあげる。まずは子供たちが消えた森に向かいなさい』


 わたしは周りの人に気づかれない程度に頷くと、振り返って「出発します」と言った。


「森に行きます。何か異変に気付いたりしたらすぐに教えてください」

『ああ、それと』


 魔女が楽しそうに付け加える。


『アンタのお友達にはこのことを知らせないようにね。アンタはワタシが見えないでしょうけど、ワタシにはアンタがちゃーんと見えてるんだから。何か妙なことをしたら、あの子たちの命はないと思って?』

「……わかってるよ」


 わたしは口の中で小さく呟くと、重い足を一歩踏み出した。



 

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