第五章 5 自然体験ツアー
楽しいピクニックの翌日、わたしとセイは城下町近くの森に来ていた。ユーリを探して彷徨ったあの森だ。そしてこの場にいるのはわたし達二人だけではない。
「すみません。こんなことを頼んでしまって」
前を歩くマツさんが、眉を下げて謝ってきた。マツさんの周りには何人かの子供たちがいて、はしゃぎながら虫とかを取っている。
どうしてわたし達がこんな森の中にいるのかというと、時は遡って数日前。ピクニックを計画して、何かいい場所を知らないかとタケに聞きに行った時のことだ。
あの公園を教えてくれたマツさんは、わたしに申し訳なさそうに切り出してきた。
『実は、彩さんに一つ頼みたいことがあるのですが……』
その内容というのが、子供たちを対象に自然体験ツアーを行うので、その護衛をしてほしいというものだった。護衛なんて大層なものがわたしに務まるのかも不安だったけど、マツさんにはお世話になってるしすぐに引き受けた。
そして、今こうしてこの場にいるというわけだ。
「大丈夫です。暇でしたし、たまには運動するのも悪くないですしね。でもこの森ってそんなに危険でしたっけ?」
この森に住んでた魔女もいなくなったし、コースを確認したら森の奥まで入っていくわけでもない。正直わたし達がついていく必要もないくらいだと思うんだけど。
そう思って尋ねると、マツさんは「実はですね」と声を潜めた。楽しんでいる子供たちに聞こえないように配慮しているのだろう。
「最近、各地で動物が消えているんです」
「消える?」
その予想外の内容に、わたしとセイは揃って目を丸くする。
「はい。主に中型の動物が忽然と姿を消しているんです。時々こういうことはあるそうですが、今回は特に被害が大きいので……。この森にも動物はいますし、もしそういった良からぬ連中に出くわしてしまったらどうしようと思って、皆さんに護衛を頼んだんです」
なるほど、そういうことだったか。中型の動物って、多分キツネとかウサギとかだよね。生態系のバランスが崩れそうだ。
「大量に狩られているってことですか?」
「うーん、どうなんでしょう。何もわかっていないんですよね。早く犯人を突き止められると良いのですが」
マツさんも事件の詳しい内容は知らないらしい。マツさんの返事を聞いたセイは、何やら難しい顔をして考え込んでいる。
「おじさーん、こっちこっち!」
少し先で虫取りをしていた男の子たちが、大声でマツさんを呼んだ。マツさんは「面白いものでも見つけたかい?」と尋ねながらその子たちの方へ向かっていく。
「そういえば、今日はタケくんいないんですか? 他の村の子たちも姿が見えませんけど」
その後ろ姿を見ながら、セイが小さく首を傾げた。
「うん。研究所で働いてた人たちの子供らしいよ。親御さんたちは城下町で飲み会してるんだってさ」
「そういうことでしたか。道理で知らない子ばっかりのはずです」
マツさんはお酒があまり飲めないから、子供の面倒を見る役を自ら買って出たらしい。意外と子供好きだよね、あの人。
セイは子供たちの方を見つめたままぼーっとしている。心ここにあらずといった様子で、また何か考え込んでいるようだ。
わたしはそんなセイの頬に指を突き刺した。
「わっ!? いきなり何するんですか!」
「珍しく考え込んでたから。どうしたのかなと思って」
「珍しくとは失礼な。さては彩先輩、あたしがいつも何も考えずに過ごしてると思ってますね」
セイはぷくーっと頬を膨らませる。別にそこまでは言ってない。
それに、とわたしは付け加えた。
「今日わたしに付いてきてよかったの? 奏と遊びに行く約束してたって聞いたよ」
本来なら、大した仕事じゃないと聞かされていたから、今日はわたし一人で来るつもりだった。それなのに昨日の深夜にセイがわたしの部屋に飛び込んできて、いきなり「明日あたしも連れて行ってください!」と頼み込んできたのだ。暇だったならまだしも奏との約束をドタキャンしたっていうし、セイの行動の意味がわからない。
わたしの質問に、セイはぎゅっと眉間に皺を寄せた。少し考え込んだ後、「よくわかりません」と呟いた。
「自分でもよくわからないんですけど、今日は彩先輩についていかないといけない気がしたんです。えっと……なんだろう。星にそう言われている気がして」
「セイって結構ロマンチストだね」
「どうせ信じてもらえないと思ってましたよ。いいんです。奏も納得してくれましたし、遊びに行くのはいつだって行けますからね」
セイはにこっと満面の笑顔を浮かべる。まあ、年下の子にこんなことを言ってもらえるのは悪い気はしない。奏には申し訳ないけど。わたしも思わずニコニコしてしまう。
「セイは星好きなの?」
「詳しくはないんですけど、見るのは好きです。あたしのお母さんが星が大好きで、よく一緒に見ていたので」
「ふーん。じゃあ……いや、ただの偶然か」
「どうかしたんですか?」
口にするギリギリで思いとどまったわたしに、セイが不思議そうに声をかけてくる。
「わたしが前に住んでたところでは、『星』って字の別の読み方に『セイ』があるんだよ。星好きのお母さんならそれを考えて名前を付けたのかなって言おうとしたんだけど、そもそもこっちの世界に漢字なんてなかったなと思って」
「あはは、彩先輩ってばうっかりさんですね。でも、偶然だとしても嬉しいです。お姉ちゃんの名前には、何かそういうのないんですか?」
「ナオ? ……あー、『直』とか? まっすぐとか、素直、正す、みたいな意味があった気がする。ちょっとわかるかも。でも素直ではないなあ」
他二つならわからないでもないけど、素直だけは絶対にない。まあわたしが勝手に漢字に当てはめてるだけだから、合わなくても何もおかしくはないんだけど。
「確かにお姉ちゃんは素直ではないですけど、妖精図書館にいるときは自然体って感じがしますよ」
木の幹にもたれかかったセイが、目を閉じながらそう言った。口元には穏やかな笑みが浮かんでいる。
「お姉ちゃん、結構人との間に壁を作るタイプの人なんです。ううん、かなり自然に自分を偽れちゃうといった方がいいかもしれません。そんなお姉ちゃんが素の自分を出してのびのび出来る妖精図書館は、すごく良い場所だなっていつも思ってます」
子供たちの笑い声に重なって、遠くから小鳥のさえずりが聞こえてくる。私もセイの隣に並んだ。
「なんか、セイと二人の時はナオの話しがちな気がする。セイってお姉ちゃんのこと好きなの?」
「だいすきですよ。お姉ちゃんには幸せに過ごしてほしいんです」
セイは伏し目がちに笑った。
「お姉ちゃんをそんな風にしちゃったのは、あたしだから」
不意を突かれた気持ちだった。ナオとセイの間に何があったのかは今でも何もわかっていない。これは踏み込んでいいものなのか、と躊躇っていると、セイが「あれ?」と声を上げた。
「みんな、どこへ行っちゃったんでしょうか」
「え?」
わたしもはっとして辺りを見回す。さっきまで目の前で遊んでいた子供たちの姿は見えず、声さえもまったく聞こえない。しんと静まり返った森に聞こえるのは、時折吹く風が枝や葉を揺らす音だけだ。
「いつの間に? 全然気が付かなかった」
セイの発言に気を取られていろいろ考えていたのもあるけど、それにしてもあの人数が移動するのに気が付かないことがあるだろうか。
唖然とするわたしを、セイが不安そうに見上げてくる。
「これって職務怠慢なのでは……?」
「間違いないね」
護衛を任されてここにいるのに、その護衛役が対象を見失っていたら元も子もないだろう。気を抜いてお喋りしている場合じゃなかった。
「行くよ、セイ。早く見つけないと」
わたしはそう声をかけて、森の中を走り出した。




