第五章 4 ピクニックと笛の音
お腹が満たされると案の定眠くなってきた。わたしは転がりながら奏を見上げる。
「なんでご飯食べた後って眠くなるんだろうね? わたし午後の授業とかずっと寝てたよ」
「先生に怒られなかったの……? 前に眠くなる理由を教えてもらった気がするんだけど、忘れちゃった。とにかく眠いよね」
奏はほわっと笑う。奏は妖精図書館に不足していた癒し成分だ。今までの妖精図書館には癒しが足りなかった。ほわほわ系の子いなかったから、大切にしていこう。
わたしが一人胸に誓っていると、ふいに奏が口を引き結んだ。昼過ぎのダラダラした空気には似合わない真剣な、というより緊張した面持ちで立ち上がる。
「あの、みんないいかな」
わたしは体を起こした。他のみんなも同様に、不思議そうに奏を見上げる。全員の視線を受けて緊張しているように見える奏の手には、前にも見た黒色のケースがあった。
奏はケースを握り、勢いよく頭を下げる。
「今日はわたしのためにありがとうございます! みんなと一緒に美味しいものを食べられて、すごく楽しかったです。なので、あんまり上手じゃないし、喜んでもらえるかわからないんだけど、一曲演奏をしたいと思います。いろいろ考えたけど、わたしに出来ることってこれくらいしかなかったから……」
最後は消え入りそうな声だった。どうやらお礼に演奏してくれるらしい。お礼なんて気にしなくても良かったんだけど、奏が今から何をしてくれるのかは気になる。
コンサートの開演前みたいに、わたし達は拍手を送る。
「ありがとう。聴いてみたいな、奏の演奏」
「! う、うんっ。ちょっと待っててね」
奏はわたし達に背を向けるとケースを開け、中から銀色の笛を取り出した。組み立ててから確かめるように軽く音を出す。音に満足したのか、小さく頷いてまたわたし達の方を向いた。
「えーっと、では、聴いてください」
奏は少し恥ずかしそうに笛を口元に近づける。多分フルートかな、と思った瞬間、辺りに澄んだ音色が響き渡った。思わず息を呑む。それまで考えていたことも全部吹き飛んで、聴こえてくる音に意識を奪われる。音が草木を揺らす。
奏の笛の音は優しいながらも芯があって、聴いている人を震わせるほどの迫力を持っていた。演奏する奏の顔は真剣で、でもどこか楽しそうだ。
ただただ奏の音に圧倒されていると、すぐに曲は終わってしまった。奏は気をつけをしてお辞儀をする。
「ありがとうございましたっ」
少し遅れて、わたし達は立ち上がって拍手をした。手が痛くなるくらいのスタンディングオベーションだ。
「あたし楽器って詳しくないんですけど、すっごく上手でした!」
「素晴らしい演奏だったよ」
「……ダメだ、全っ然いい表現が出てこない。すごく良かったよ。ぜひまた聴きたいな」
もっと洒落た感想を伝えたかったんだけど、わたしの乏しい語彙力じゃこれが限界だ。わたし達の拍手を受けた奏は、なぜか目を丸くしている。
「え、本当? わたしの演奏、よかった?」
「もちろん。もっと自信をもって良いと思うわよ」
ナオが力強く頷く。すると、奏はまるで花が咲くような幸せそうな顔で笑った。それはわたしが今まで見た中で一番幸せそうな奏だった。
「ありがとう。嬉しい」
短いけど、声には喜びがあふれていた。お礼を言うべきはわたし達の方なんだけどな。わたしはセイと顔を見合わせて笑う。
「それじゃ、ちょうどいいしこれを出そうかな」
ふと思い立って、わたしは持ってきたリュックを開けた。ナオが不思議そうにわたしの隣に膝をつく。
「一体何を持ってきたの? しばらく旅に出るような荷物の大きさよね」
「道中で壊したら大変だから厳重に運んできたんだよ。ほら」
わたしは大量のクッションの中から小型の機械を取り出した。長方形で分厚く、ずっしりと重い。
「それは何だい?」
「なんか写真と音声を同時に撮れる機械なんだって。写真は一枚だけ、音声は十秒以内っていう制限がついてるけど。オーガが試作品だからってくれたんだ」
「へえ」
同時に撮れるというか、たぶんカメラとレコーダーが一体化しているみたいなものだ。使い方がよくわからないけど使ってみようと思う。
「じゃ、写真撮るから適当に並んでー」
わたしの指示に、みんなはダラダラと立ち上がった。わたしから数メートル離れた正面に立ち、ポジションを決め始める。
「中心は彩と奏ちゃんにするとして、他はどうする?」
「お姉ちゃんの隣がいいですっ。あと奏とも隣がいいです」
「そうやって要望を言ってくれると決めやすくて助かるね。じゃあこんな感じで並ぼうか」
「わたしが真ん中にいていいのかな……?」
カメラを覗くと、ちゃんと枠内に全員が収まっている。左からユーリ、リン、わたし分のスペース、奏、セイ、ナオって感じだ。わたしは一緒に並ぼうと思って、あっと声を上げた。
「ヤバい。わたしが並んだら誰が写真撮るの?」
「何も考えてなかったの?」
「『念動力』で撮れるんじゃないか?」
「その手があったか」
完全に頭から抜けてた。日常生活に能力を使うって発想にまだあまり馴染めていないみたいだ。
わたしは念動力でカメラをちょうどいい位置に浮かせると、リンと奏の間に滑り込んだ。足元に落ちていた小枝を拾い上げ、それも念動力で操る。
「よし、みんな並んだし撮るかー。なんか良いポーズは考えてくれた?」
「考えてないですね。握りこぶしとかどうですか?」
「やだよそんな血の気の多い集合写真。じゃあ、まあ各々好きなポーズで」
バラバラの方がわたし達らしさがあっていいと思う。考えるのが面倒なのもあるけど。
わたしが知っている写真の時のポーズと言えばピーズくらいなので、わたしは顔の横でピーズを掲げて声をかける。
「はい、チーズで撮るからね。みんなちゃんと聞いておいてよ」
「どうしてチーズが登場するんだい?」
「そういえばわたしも知らないなぁ。とにかくチーズって言ったらシャッター切るから、そのつもりでよろしく」
普通に使ってたフレーズだけど、改めて聞かれると理由がわからない。わたしは枝をカメラの方まで持っていき、声を張り上げる。
「じゃあ行くよー。はい、チーズ!」
枝の先でボタンを押す。無反応だけど多分撮れたはずだ。わたしはすぐにカメラに駆け寄って確認する。
「んー……これどうやって確認すればいいんだろう」
「彩ちゃん! カメラから何か出てるよ」
「え?」
奏の声に反応してカメラ本体を見ると、カメラの下から紙が出てきていた。なるほど、その場で印刷してくれるタイプのやつか。数分待って、仕上がった写真をみんなで見る。
淡い色で全体的にぼんやりしているけど、思っていたより綺麗に映っていた。リンが満足そうに頷く。
「これは後で飾らないといけないね。良い思い出だ」
「そうですね! 今日は楽しかったです。みんなで美味しいもの食べられて、奏の笛の演奏も聴けて。すごく充実した時間でした」
写真を見つめながら、セイはどこか名残惜しむような口調で話す。なんとなく思い立って、わたしは手元にあった機械のボタンを押した。
顔を上げたセイが、わたし達に向かって満面の笑みを浮かべる。
「絶対に、またみんなで来ましょうね!」
『絶対に、またみんなで来ましょうね!』
すぐ後に、同じ声が繰り返される。みんなが二つ目の声に驚いたところで、わたしは録音機を持った手をひらひら振った。
「録音しちゃった」
「あーー! 何するんですか彩先輩! 今すぐに消してください!!」
顔を真っ赤にしたセイが飛びついてくる。わたしはすぐに手を背中に回して奪われないようにする。
「そういえば録音もできるって言ってたわね。いい仕事するじゃない、彩」
「でしょ? この写真とこの声を聞いたら、今日が楽しい日だったっていつでも思い出せるよね。だからセイもそんなに怒らないでよー」
「いやです! 消してくれるまで許しませんから!」
セイはポカポカとわたしを叩き続ける。その子供っぽい様子が面白くて、わたし達は声を上げて笑った。
そうして、楽しいピクニックは幕を閉じたのだった。




