第五章 3 みんなでピクニック
奏がやってきてから数日が経った。この数日の間に、空いている部屋を片付けたり家具や服を買いに行ったりしたから、奏が図書館で暮らす準備は大体整ったと思う。経済的な余裕が出来たのもあって、みんな好きなものを全部カゴに突っ込んだから荷物が大変なことになっていた。まあ、ユーリの能力で荷物なんてどうとでも運べるんだけどね。
それでもまだ奏との距離を感じるってことで、わたし達はある企画を立てた。
「それこそが、妖精図書館主催の『みんなでワクワクピクニック』ー!」
わたしはエアマイクを握り、空いている方の手を高く突き上げた。セイがいえーいと拍手をして盛り上げてくれる。ありがとう。
何も知らないイベントの主役は首を傾げる。
「ピクニック?」
「そう、ピクニック。奏、買い物以外で外に出てないでしょ? 買い物は魔法界でしたから、次は獣人界に一緒に行こうと思ってさ」
「ピクニックって言っても、ちょっと歩いて弁当食べるだけだけどね。奏ちゃん、どう?」
ナオに尋ねられた奏は、慌てたようにぶんぶんと頭を縦に振った。
「行く! 行きたい、です!」
奏の目はきらきらと輝いている。思っていたよりノリノリみたいだ。もしかしたら怯えられるかもしれないと思っていたから、ちょっとほっとした。
「じゃあ明日にでも行こうか。流石に今日は急すぎるでしょ。ナオ弁当よろしく」
「わかってる。私一人だと厳しいから、セイも手伝ってもらえる?」
「了解ですっ」
「わ、わたしも!」
名乗りを上げたのは奏だった。奏は手を上げて、控えめにわたし達を見回す。
「わたしもお手伝いしたいんだけど、いいかな? 今まで何もしてなくて申し訳ないし、料理なら少しは力になれると思うから……」
「私は大歓迎だけど、本当にいいの? これ奏ちゃんの歓迎会も兼ねてるんだけど」
ナオがきょとんとしながら尋ねる。わたし達も予想外の申し出に驚きだ。でも奏は大きく頷いた。
「手伝わせてほしい。えーっと……そうだ、人間界の美味しい食べ物とかも知ってもらいたいし」
「面白そう! 奏、三人でおいしい弁当作りましょうね!」
「うん」
セイが奏の両手をぱっと取り、奏も嬉しそうに笑う。何だかんだこの二人は仲がいい。確か同い年だったし、それも関係しているのだろうか。
二人のほのぼのとしたやり取りを眺めながら、ぼんやりとそう考えた。
そして翌日。
「うわー、いい天気だね」
空を仰げば雲一つない快晴。獣人界の気候的にもしばらく雨は降らないらしい。気温も暑すぎるほどではなく、ピクニックには絶好の天気だ。
「それで、今日はどこへ行くんだい?」
「マツさんから教えてもらった公園。あんまり人もいないらしいし、弁当食べるだけだからちょうどいいかなって」
アクセスが良くてあまり人で賑わっていないところといえばそれくらいしかなかった。わたし達は歩いて公園へと向かう。
「弁当ありがとう。重そうだけど持とうか?」
「大きいだけで重くはないから大丈夫よ。あんたの方こそデカいリュック背負ってるけど、何持ってきたの?」
バスケットを抱えたナオが、不思議そうにわたしのリュックを見る。わたしはニヤリと笑って人差し指を立てた。
「秘密。後のお楽しみってことで」
「怖っ……。奏ちゃんに変なことしないでよ」
「信用なさすぎない?」
「あはは、まあまあ……」
困り眉の奏に宥められた。
そんな感じでわいわいと話しながら歩いていると、二十分ほどで公園に着いた。前情報の通りで人は少ない……というか、いない。公園と言ってもだだっ広い芝生広場みたいな感じで遊具も何もないから、普通に遊びに来るには物足りないのかもしれない。
「せっかく獣人界に来たけど、誰もいないから異世界成分が薄いね。もっと他の場所に行けばよかった?」
「ううん、そんなことないよ。なんだか空気も良い気がするし、ほら、不思議な形の木もあって見てて面白い」
わたしの呟きに、奏は首を振った。遠くに生えている奇妙にねじれた木を指さして笑う。そう言ってもらえると何よりだ。本当に奏はいい子だなあ。
「じゃあ適当な場所でも探して座りましょうか。何もしてないけどお腹は減ったわよね」
わたし達は木陰を探し、その下に敷物を広げた。あるだけの敷物をかき集めてきたからか、余裕で寝転がれる広さだ。自分のテリトリーって感じがしてちょっとテンションが上がる。
「こっからここまでがわたしの領土ね! 他の人は入ってこないでよ」
「じゃあここからがあたしの領土です」
「ボクはここ一帯の上空をボクのものとするよ」
「飛べるからってそれはずるくない?」
「バカなことやってないで昼ごはんの準備しなさいよ。ほら、彩ジャマ」
「あっ、やめて」
ナオに転がされ、わたしは自分の領土から追い出される。服に付いた芝生を払いながら立ち上がると、ナオと奏が中心でお昼ご飯を広げているところだった。色とりどりの料理が詰められた容器がいくつも並んでいる。
「おいしそう!」
思わず前のめりになって叫んでいた。「当たり前でしょ」とナオが得意げに笑う。
「あ、あのね彩ちゃん。見てほしいものがあるの」
奏はいそいそと小さな容器の蓋を開ける。そこには綺麗な黄色の厚焼き玉子が並んでいた。
「厚焼き玉子! すごっ、このビジュアル久しぶりに見た気がする……」
「今日は上手に焼けた気がするんだ。ナオさんに聞いたらこっちの世界にはないって言ってたから、彩ちゃんに喜んでもらえるかなって……」
「大喜びだよ奏! わたしこんな器用なこと出来ないからなあ、本当に尊敬する」
今すぐにでも食べたい気分だけど、みんなで乾杯をするまでぐっと堪える。それぞれのコップに持ってきたジュースを注いで、わたしは満を持してコップを持ち上げた。
「挨拶はわたしが。ゴホン。改めまして奏、妖精図書館へようこそ。大変なこともあるとは思うけど、わたし達が全力でサポートするから安心してね。これからもっともっと仲良くしていきましょう、カンパイ!」
乾杯、とみんなもわたしの後に続いてコップを持ち上げた。ここまでの道中で意外と喉が渇いていたらしく、流し込んだキンキンのジュースが美味い。コップ一杯一気に飲み干し、ぷはーっと息を吐いた。
「乾杯も済んだし、奏、玉子食べてもいい?」
「うんっ。どうぞ」
奏が嬉しそうに頷いて容器を差し出してくれる。わたしはその中の一つを摘まむと口の中に放り込んだ。柔らかくて、口の中にどこか懐かしい甘さが広がる。
「美味しい。奏の家の玉子焼きは甘めなんだね。すごくほっとする味」
「ほんと? よかったぁ……」
「あたしも食べます!」
セイも元気に厚焼き玉子に手を伸ばした。もぐもぐと口を動かしながら目を輝かせる。
「おいしいですよ奏! あたし気に入っちゃいました!」
「人間界の料理を食べるのは初めてかもしれないね。アヤ君が作ってくれないから」
リンはセイから玉子の欠片をもらい、興味深そうに観察している。ただこれにはちょっと文句があった。
「いや、わたしは作ろうとしたよ? その度にみんなに止められただけで」
「彩の料理は想像が及ばないからな。下手に食ったら死ぬかもしれない」
「不老不死を殺せる料理ってなんだよ。わたしそこまでヤバくないよ」
「料理に関してはアンタたち二人とも信用してないから。ほら、こっちのがパンね。野菜とお肉、果物の三種類が挟んであるから好きに食べて」
「食べる食べる!」
三人が作ってくれた料理は完璧に美味しかった。毎日食べてるから間違いないってことはわかってたんだけど、いつもよりもメニューに力が入ってたから頑張ってくれたんだろう。わたしも今度何らかの形でお返ししなきゃな、と思う。
青空の下、ピクニックの時間は穏やかに過ぎて行った。




