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第五章 1 もう一人の生き残り

「何が起きたの!?」


 扉が開く音とナオの声が聞こえて、わたしはハッと現実に引き戻された。振り向けば、部屋から駆けつけてきたらしいナオとセイが驚いた様子で立っていた。リンとユーリもすぐに顔を出す。


「急に辺りが青く光って……一体何があったんだろうと思って、慌てて駆けつけてきたんです。みんなも見ましたか?」

「ボクも見たよ。みんなが同じタイミングで同じ光を見たということだ。同じ建物内とはいえ、それぞれが違う部屋にいたというのに……」

「ねえ、彩」


 考え込むリンを遮って、ナオが一歩こっちへ踏み出した。


「そこにいるの、誰?」


 ナオの目は、ソファで横たわる「立花奏」を捉えていた。少し遅れて反応した残りの三人も、あっと声を上げる。


「彩が連れてきたの? 一体どこから?」

「……違う。わたしが見つけた時には、もうここにいた」


 答えた声は掠れていた。心臓がバクバクと跳ねている。なんとなく、本当になんとなく、あの三冊の本のことはまだ秘密にしておきたいと思った。


「ここにいたって、どういうことですか? 急に迷い込んできちゃったんでしょうか」

「詳しい事情は知らない。でも、この子の服には見覚えがある。わたしと同じ県内の中学校、そこの制服」


 薄い茶色のセーラー服、胸にスカーフを付けたその制服は珍しく、「制服がかわいい学校」として杏奈から話を聞いたことがあった。検索してみて、確かにうちの制服とは大違いだなと驚いた記憶が今も鮮明に残っている。


 わたしの話を聞いて、ナオがハッとした顔をする。


「待って。それって」


 わたしはゆっくりと頷く。


「間違いない。この子は、もう一人の人間界の生き残りだよ」


 この場にいる人たちが息を呑んだのがわかった。ユーリが奏を一瞥して、リンに尋ねる。


「もう一人って、彩の他に生き残りはいなかったんじゃないのか?」

「ボクが確認した限りでは、人間界に人間は存在していなかったよ。ボクは全知全能じゃないし間違いだったことも十分にあり得るけど、それでも今のこの状況には納得がいかない。いなかったはずなんだ、本当に」


 リンはハッキリとそう言い切った。リンは嘘を吐いていない。だって、奏は人間界じゃなくて異空間に匿われていたのだから。


「ん……」


 そのとき、小さな声が聞こえた。奏に視線を戻すと、奏が目を覚ましたところだった。うっすらと目を開けた奏は、すぐに驚いたように目を大きく見開く。


「えっ、えっ?」


 体を起こした奏は、混乱した様子で辺りを見回す。


「ど、どこ。ここどこ」

「あー、ごめんね。訳わかんないと思うけど落ち着いて」


 怯えきっている奏と目線を合わせるように、わたしはしゃがみこんだ。奏は恐る恐るといったふうにわたしを見る。


「わたしがここに来たらあなたがいたんだけど、あなたも自分の意志で来たってワケじゃなさそうだね。どうしてここにいるのか覚えてない?」

「……お、覚えてない、です。いつも通りに、学校から家に帰ろうとしてました。こんなところ初めて来ましたし、そもそもここがどこかすらも知らなくて……!」


 奏は震えた声でそう話すと、すぐに俯いてしまった。その口ぶりや様子からして、嘘をついているようには思えない。でも今の話を聞く限り、一つ引っかかる点がある。


 あの物語が本当なら、奏は既にツカサと数カ月間を共にしているはず。それなのに奏の記憶はクロスの襲撃直前で止まっている。とりあえずそこを確認しておきたい。


 わたしは少し考えたあと、ゆっくりと立ち上がった。奏に向かって手を差し伸べる。


「何もわからなくて不安だと思うから、今からわたしが知っている限りのことを伝えたいと思う。ここじゃなんだし、奥の部屋で二人で話さない?」


 我ながら怪しさ満点の誘いだ。でも、奏は戸惑いながらも小さく頷く。


「わ、かりました」

「良かった。それじゃ早速……」

「ちょっと、なんで彩先輩だけなんですか! さっきから先輩だけ喋ってずるいですよ!」


 そこで、思わぬ茶々を入れてきたのがセイだった。セイは腰に両手を当て、頬を膨らませている。わたしは大きくため息を吐いた。


「そりゃ、起き抜けに妖精と会話させるわけにもいかないでしょ。ただでさえ知らない場所で混乱してるんだし」

「よ、妖精? やっぱりそこにいるのって妖精なんですか?」

「もちろん妖精だよ。ボクは妖精のリン。ここ妖精図書館の……」

「あー、勝手に自己紹介を始めるな! 余計な混乱を招く!」


 だいぶ外見がファンタジーな奴らが多いから、普通の人間にとってはかなり混乱が大きいだろう。わたしだって何も知らない状態でこの空間に放り出されたらパニックになる。たとえ相手が友好的だったとしても。


「いいんじゃない? 彩の好きにさせましょうよ」


 自己紹介を始めようとしたリンとセイに声をかけたのは、ナオだった。ナオはひらひらと軽く手を振る。


「彩の言う通り、私たちが出しゃばったら混乱させるだろうし、それに彩がいつになくしっかりしてるのよ? 只事じゃないわ」

「…………」

「それに彩が上手く説明してくれれば、そのあとで話す時間はたっぷりあるはず。焦って余計なことをしない方がいいでしょ」


 ね、とナオがわたしに視線を流す。何か見透かされてる感じだ。それに、わたしは大切な場面ではしっかりしてるつもりなんだけど。

 

 いろいろ思うことはありつつも、わたしはドンと胸を叩いてみせた。


「その通り。とりあえずわたしに任せてよ。久しぶりに会えた人間だし、いろいろ話したい事があるんだよね」


 わたしとナオに止められ、セイはまだ少し不満そうながらも頷いた。


「そういうことなら……焦ってごめんなさい。あたしの分もよろしくお願いしますね、彩先輩!」

「はいはい。じゃあ行こっか。ついてきて」


 わたしはテキトーに手を振ると、扉を開けて廊下へと出た。奏も戸惑いがちに、わたしの後を数歩遅れてついてくる。


 わたしは自分の部屋のドアを開けると、明かりを点けて奏に中に入るように促した。奏が座れるようにローテーブルの脇にクッションを置く。わたしはベッドに腰かけた。


「そこに座って。ごめん、もっといい座布団でも用意しておけばよかったね」

「い、いえ。大丈夫です」


 奏はクッションの上にちょこんと座り、首をふるふると横に振った。その手にはいつの間に持っていたのか、黒くて細長いケースが握られている。


 何から話せばいいのかわからなくて、少し迷ってから口を開いた。


「とりあえず名乗った方がいいよね。わたしは吉田彩。一応まだ中学三年生だよ」

「あ……わたしは、立花奏っていいます。中学二年生、です」

「一個下か。年が近くて良かった。もう一回だけ確認しておきたいんだけど、奏は帰宅途中で記憶が途切れてるんだよね?」

「はい」

「その時、何時くらいだったかは覚えてる?」


 わたしの質問に、奏は少し俯いた。


「公園にいたので……最後に時計を見た時は、夕方の五時半過ぎくらいだったと思います」

「ありがとう。それで、気が付いたらここにいて、ここにいる理由も何もわからないと」

「はい……」


 やっぱり、奏の記憶はクロスの襲撃で止まっているらしい。それならツカサに説明してもらったこの現状も何も覚えていないだろう。


 わたしは手を握りしめると、真っすぐに奏の目を見つめた。


「それじゃ、わたしが知ってることを話そうと思うんだけど……多分長くなるだろうし、辛い話だと思う。でも耳を塞がずに聞いてほしい。わたしも理解してもらえるように頑張るから」


 奏はこくんと小さく頷く。今から伝える内容を思うと、重苦しいプレッシャーがのしかかってくるようだ。意を決して言った。


「まず、人間界から人間が消えた」


 ほんの微かな声で、奏が息を呑んだ。ゆっくりと瞳が大きく見開かれていく。


「……え?」


 ずきりと胸が痛む。伝えたくなかった。もっと普通に自己紹介して、他愛のない話をして仲良くなりたかった。


 わたしは強く手を握る。


 どうして奏みたいな普通の女の子に、こんな残酷な真実を突きつけなければならないのだろう。どうしてわたし達は、人間界で平穏に暮らせなくなってしまったんだろう。

 


 

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