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空と妖精のコピオーネ (旧:妖精の戯曲、蒼穹の誓い)  作者: 天音色
第四章 過去を乗り越える物語
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第四章 40 『 Ⅲ 』

 魔法界の一連の事件も落ち着いて、わたし達には束の間の平穏な時間が訪れていた。これまでの経験からして、近いうちにまた厄介事が起きるに違いない。みんなそれを想定した上で、各々好きなことに取り組んでいる。


 獣人界と魔法界の協力は取り付けられたから、あとはクロスの本拠地に乗り込むだけだ。ただナオの情報によると、クロスがいるのは獣人界の険しい山脈を越えた先。まずはその山脈を大人数で越える方法を見つけることから始めなければならない。今のわたし達じゃまだ勝てないだろうし。


 というわけで、クロスに対抗するためにはどうすればいいかを考えるのが今のわたしの仕事だ。わたしは本棚の間をゆっくりと歩いていく。


 ただ、これからわたしが探そうとしているのはクロスに関する本じゃない。いや、見つけようとは思っているけど、本当に見つけたいのはそれじゃない。


「『Ⅲ』の本、どこだろう」


 今までⅠ、Ⅱと見つけてきた、手書きのボロボロの本。その続きを見つけるつもりだった。この本を見つけるのは、大体大きな問題が解決したタイミングだ。それなら見つかるんじゃないのか。魔法界のトラブルを解決した今なら。


 半ば確信めいた考えを胸に歩いていると、向こうの方に紙の束が落ちていることに気づいた。駆け寄って拾い上げると、綴じられた紙束の表紙には『Ⅲ』と書かれている。


「まさかこんな露骨な登場の仕方をするとは……」


 もはや本棚を探す必要さえなかったのか。しかも、前にここを通った時はこの本は落ちていなかったはず。


「……なんか作為的なものを感じるなあ……」


 わたしはぼやきながら、薄い表紙をめくった。



『ツカサと奏は、それから長い時間を一緒に過ごしました。朝も昼も夜もないその部屋で過ごした時間は、いつしか二人を強い絆で結びつけていました。

 奏にとって、ツカサはまるで家族のような、いえ、家族よりも大切な存在になっていたのです。


 外の世界では、どれほどの時間が経ったのでしょうか。ある日、ツカサがこんなことを言いました。


「もうすぐ朝ね」


 奏にはその意味が理解できませんでした。だって、この部屋には時間がないのですから。


「朝って、どういうこと? 今は夜なの?」

「そうかもしれない。朝が来たら、貴女は目を覚まさないといけないわ」

「? わたしはずっと起きてるけど……」


 そもそも、この空間に来てからは眠気も空腹も感じたことがありません。困っている奏に、ツカサは真っすぐに向かい合いました。


「奏。私は今までここで貴女を匿ってきたけれど、本当はもう限界なの。ここは生きている人間がいるべき場所ではないし、奏にはもっとふさわしい居場所があるから。貴女はこの夢から覚めて、現実に戻らないと――」

「いやだ!」


 奏は叫んでいました。子供みたいに大きく頭を振って、駄々をこねるように叫びました。


「いやだよ。わたしはずっとここにいる。現実なんてどうでもいい。夢でもいいから、ずっとツカサさんと一緒にいたいの!」

「でも、」

「それにわたし、この部屋にツカサさんをひとりぼっちには出来ないよ」


 その言葉を聞いたとき、ツカサの顔が少し歪んだように見えました。唇を噛んで、ツカサは少し俯きました。


 それから、二人の長い話し合いが始まりました。真反対の二人の気持ちはなかなか折れず、何度も何度も同じ言葉を繰り返しました。


 やがて、ツカサが言いました。


「……私だって、奏と離れるのは寂しいわ。でもそうするしかないの。お願い奏、どうか私の我儘を聞いて。勝手にここへ連れてきた癖に帰れだなんて、酷い我儘だってわかってるわ。それでも貴女に頷いてほしい。でなければ、私は無理やり貴女の目を覚まさせることになるから」


 声は震えていましたが、ツカサの気持ちに迷いがないことはその口調から伝わってきました。奏は目元をごしごしと拭った後、悲しそうに微笑みました。


「それって、わたしが頷いても頷かなくても、ここを離れないといけないってことだよね」

「……えぇ」

「それなら……いいよ。わたし、目を覚ます。最後にケンカして別れるなんて、そんな悲しいことしたくないもん」


 ようやく頷いた奏に、ツカサは絞り出すような声で「ありがとう」と言いました。次にツカサが手を叩いた瞬間、奏は自分の体が薄く透明になり始めていることに気が付きました。『朝』が来たのです。


「……奏!」


 堪えきれなくなったように叫んだツカサが、奏を強く抱きしめました。透明になっていく体でも、ツカサの温かい体温は伝わってくるようでした。


「ごめんなさい。ごめんなさい。奏が来てくれて楽しかった。ありがとう。本当に、ごめんなさい……」

「わたしも、ツカサさんに会えてよかった。だからそんなに謝らないでよ」

「いいえ。何度謝ったって償えない。どうかお願い。私を許さないで」


 奏には、ツカサがどうしてここまで謝っているのかがわかりませんでした。でも、だから、代わりにツカサの腕の中で言いました。


「また会いに来るね。きっと」


 そう言い残して、奏の体はふっと消えてしまいました。最後に奏が零した一粒の涙だけが、ツカサの服の袖を濡らしていました。


 一人きりの部屋の中で、ツカサはそっと祈るように呟きました。


「奏をお願いね」


 これは、もう一つの物語。いつか繋がり、彼女が目覚めるための物語。』



 読み終えたわたしは、最後のページと裏表紙の間に数枚の紙が挟まっていることに気づいた。同じ筆跡で書かれた紙。すぐにわかった。これが『Ⅰ』で切り取られていた分のページだと。


 わたしはすぐに、切り取られた紙に目を落とす。



『人間の女の子は、気が付くと知らない部屋にいました。困惑している女の子に、ツカサは声をかけました。


「良かった。気が付いたのね」

「ひっ……!?」

「怯えないで。私は貴女に危害を加えるつもりはないわ。むしろ、貴女を助けるためにここへ呼んだの」


 ツカサはそう宥めて、女の子に事情を伝えました。女の子が住んでいた人間の世界が、悪い竜の手によって奪われてしまったこと。その悲劇から女の子を守るため、この部屋に呼んだこと。これからしばらくの間ここで過ごしてもらうこと。


 人と話すのは久しぶりで、話すことが多くて大変でしたが、ツカサはわかってもらえるように一生懸命話をしました。』



 切り取られたページに書かれていた内容は、これで終わりだった。短いけど、決定的な内容。確定した情報に混乱する。


「え、どういうこと?」


 この物語の背景では、クロスによる人間界の乗っ取りが起こっている。あの忌まわしい事件が起こったのは数カ月前。でも紙の劣化の仕方から見ても、この本が数カ月前に書かれたとは思えない。何十年、下手したらもっと昔に書かれたように見える。ずっとずっと前から、クロスが人間界を襲うことはわかっていた? いや、獣人界も魔法界もそんなことは知らなかった。たまたま空想の内容が現実になってしまっただけ? そんなまさか。


 でも、わたしの頭に浮かんだのはもっと馬鹿げた想像だった。


「もしかしたら」


 わたしがその想像を口に出そうとしたとき、突然青の光が図書館を照らした。かなりの明るさだったはずなのに、不思議と眩しさは感じなかった。どこか懐かしささえ覚える光だ。


「――!」


 その光に導かれるように、わたしの足は勝手に動き出していた。


 わからない。わからない。本の内容も、今の光の原因も。何もわからないのに、この先に進めば何かがわかることだけはわかる。


 本棚を抜けて、いつもわたし達が集まっているテーブルの方に着いた。息を切らしながら辺りを見回す。心臓が跳ねているのは、走ったからだけではないだろう。


「…………いた」


 そしてわたしは、いつも通りの空間の中に、一つだけいつもと違う存在を見つけた。




 ソファの上で眠る、セーラー服の少女。その胸には学校の名札が付いていた。書かれた名前は「立花奏」。




 ぞわっと全身が粟立った。


 わたしがさっきまで読んでいた本。あれはただの空想じゃなかった。あれは本当の話だった。しかもきっと、『Ⅲ』に書かれていたことはついさっき起こったばかりで……。


 最後に書かれていた一文が、わたしの脳裏に蘇る。



『これは、もう一つの物語。いつか繋がり、彼女が目覚めるための物語』



 繋がった、とわたしは呟いた。



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